16
大通りから横道に抜けて歩いていると、子ども達の明るい声が聞こえてきて、顔をほころばせるリベルテ。
「ここもだいぶ変わりましたね」
以前はボロボロでいつ崩れてもおかしくはないのではないかと思われた孤児院が、今では建て直しされ白い壁が目を引くようになっていた。
給付金も正しく届くようになり、子ども達にまだまだ十分とは言えなくとも、以前のように飢えを我慢させることが無くなっていることがなにより大きなことだった。
「レッド! リベルテさん!」
二人に気づいた少年が少女を連れて近寄ってくる。
以前にリベルテからお金を盗んだ少年とエルナである。
「なんで俺は呼び捨てなんだよ……」
怒鳴りつけてやりたいところだが、相手は子どもとグッと我慢するレッドとそれを横目で見て笑うリベルテ。
「ふふ、子どもは相手をちゃんと見てるんですよ」
その子ども達がリベルテには緊張気味であるのが、年上の女性への緊張なのか本能で危険を感じたのかは、子ども達にもわからない。
「そういや、おまえの名前って聞いてなかったな」
少年の方を見て、そういやとばかりに話題を振る。
「言ってなかったっけ? 俺はアルトって言うんだ。よろしく、おじさん」
「おじ!?」
「あははははは」
あまりの突然な呼び名に反応できないレッドとそれを爆笑するリベルテ。
「俺はまだそんな年じゃねぇ! つか、お前も笑ってんじゃねぇよ。そんなに年変わらな……」
「え? なんですか?」
女性に年齢の話を振ってはいけないというのは、世の鉄則である。
リベルテの年齢に言及しようとした瞬間の雰囲気に、言葉が続かなくなったレッドがそれを実証している。
「あ~、俺はまだ26なんだ。おじさんじゃない、お兄さんと呼びなさい」
恐怖から逃れるように話を続けるレッド。若干、口調が丁寧風なのはまだ恐怖から抜けないためだろう。
「え~、俺まだ10だから、かなり年上じゃんか。おじさんだろ」
今度こそ絶句するレッド。
そっと空を見上げ、自分も小さい時はそんなんだったかなと過去を振り返って反省する次第である。
「それでおじさんたちはここに何のよう? あ、孤児院綺麗になったんだよ」
「……孤児院が綺麗になったことは知ってる。よかったな」
レッドはおじさん呼びが定着したことに苦悩しながら飲み込んで、そこに触れないように話続ける。
「様子を見にきただけですよ。あれからどうなったかなって。あら?」
相手の目線に合わせて話すリベルテに、きゅっと抱きつくエルナ。
「お仕事で来たんですよね? ここじゃないけど、亡くなっちゃった子がいるから……」
顔を上げてリベルテにそんなことを言ってくるエルナ。
この子は聡すぎる、と心配になるレッドとリベルテ。
子どもながらに聡すぎるということは、決してよいことではない。
社会の悪意にも敏感であるということ。
押しつぶされて壊れてしまわないか心配になるのも当然である。
それが今回の二人の仕事に関わっていれば、なおさらのことである。
「そう、ですね。最近、心が壊れてしまったように亡くなった子どもの事件がありましたから。心配になって見に来ちゃったんですよ。二人の周りはそんな様子の子どもやおかしなことはありませんでしたか?」
エルナの聡さにあまり隠し事をしないほうが良いと判断したリベルテが、ここにきた理由を話す。
「俺達のところはそんな様子はないけど……この前、あやしいやつは見たかも」
アルトの言葉に、視線を交わす二人。
「そいつ、どんなやつだったか覚えてるか?」
「ん~、どうだろ? 変な格好とかじゃなくて普通だったから、覚えてないや」
「じゃあ、なんであやしいって思ったんですか?」
「なんかじっとこっちを見てるだけで、いつのまにか居なくなってたから。あやしいだろ?」
「それは、あやしいな。そういうあやしい奴には近づくなよ」
「わかってる!」
孤児院の管理人に呼ばれて戻っていく2人を見送るレッドとリベルテ。
「さっきの見たって言ったやつが、今回のか?」
「可能性は高いでしょうね。また来るでしょうか?」
「子ども狙ってるからな。来るかもな」
二人が請け負った依頼は、別の孤児院からの依頼である。
その孤児院にいた子どもが、あるときを境に言動がおかしくなり始め、最後は高いところから飛び降りて亡くなってしまったのだ。
その子どもが孤児院で奇病になったとか、なにかの呪いがかけられただとか話題になってしまったのだ。
その孤児院にいるほかの子ども達は怯えてしまい、孤児院の雰囲気も暗くなってしまったのも想像に難くない。
その孤児院の管理人がなんとかしようと子ども達に声をかけ続け、亡くなった子どもは大人から何かをもらってから変になったという証言を得たものの、国の機関にそのことを届け出たが、確証はない子どものたわごととして処理されてしまう。
それでも孤児院の評判と子ども達を守るためにと、ギルドに依頼を出したというのが今回の依頼の次第である。
数日、この孤児院に張り込み続けたレッドとリベルテであるが、一向にそのあやしい男は姿を現さなかった。
そして、別のところで子どもが同様に亡くなったとの話が流れた。
「くそっ!」
完全に空振りで終わってしまい、また別のところで子どもを死なせてしまったことに憤るレッド。
今回は孤児院ではなく、普通に暮らしていた子どもであった。
木工細工の職人の子どもで、親譲りの腕前で将来を有望視されていて、成人になるのが待ち遠しいとされていた子だった。
この国では16で成人と扱われるのだが、その成人を前にして亡くしてしまったというのは、その両親にとってどれほどの悲しみか分かるものではない。
「その亡くなった子どもですが、少しだけ親や周りが言っていることに差異がありました」
情報収集に行っていたリベルテが戻ってきて集めた情報を話し始める。
「親が腕の良い職人で、子どもも将来を有望視されているのはその通りだったようですが、その子は悩んでいたというのもありました。
親の背中が大きすぎた、のでしょうね。何かを作っても「その親の子どもだから」という言葉が付いて回っていたようです。その悩みにつけ込まれた、というところでしょう」
重すぎる期待は苦しいものであるが、期待されたいものである。
だれかに認めてもらいたいというのは誰しもが抱いているもので、その子どもは個人として認めてもらいたかったのだろう。
だが、周囲は「その親の子ども」として賞賛し続けた。
そんなつもりはなかったとしても、親の付随品としてしか見ていなかった、ということになってしまったのだ。
「悩んで心が弱っているのが対象ってわけか。子どもは多いし、その中から該当しそうなのを探すってのは無理だな」
「だからといってそう繕ってもらっておびき出す、というのも怖いですね」
「必ずしもその場で何かしてるってわけじゃないだろ。どこか渡している場所があると思うんだ」
「それで情報を集めてみます」
ただ適当に子どもを探して何かを渡してまわっても、当人に利益があるように思われない。
何かの実験だというのであれば、対象を選ばずに渡せばよい。
悩んでいるような相手に売っている、と考えるのが自然である。
黄昏時の横道で少し奥まった場所。
そこで片づけをしている男が一人居た。
「何か用ですか?」
足音を聞きつけたその男性が振り返って問いかける。
「お前が売ってるものを買いにきた」
ぞんざいに用件を切り出したのはレッドであった。
「売れるようなものは取り扱ってませんよ」
周囲に視線をやり、両手を肩のところまであげた男は、何も持ってないと告げる。
「その着てる服の内側の布の中に仕込んでるんだろ。わかってんだよ」
国の機関も一度は調べている相手であったが、布袋やポケットを調べても何も確認できず、不審なものを持っていないとして解放していた。
だが実際は、服の生地と生地の間に縫いこんであったのだ。
さすがに服を切り裂いてまで調べるということは、確証があった場合以外にはありえない。
実行して何もなければ、取調べを行った側が傷害の罪で問われる有様になるのであれば服を切り裂くなどするわけがないのである。
「仮に私が何かを売っているとして、それがなんだというのでしょう? 毒物なんて持っているわけ無いじゃないですか」
そういって男はあげていた手をおろし、周囲に気を配り始める。
「気分を高揚させ、幻覚を見せるような代物は毒って言えんじゃねぇか?」
レッドがそういった瞬間、男は逃げだす。
だが、逃げ出した方にはリベルテが控えており、走ってきた男の勢いを利用して男の手を取って投げ飛ばす。
気を失った男の服に短剣を刺し、引き裂くリベルテ。
すると、紙袋に包まれたものが零れ落ちてくる。
紙袋を開くと中身は粉であった。
さすがにそれを舐める、などという危ないことはしない。
物を確認したリベルテは紙を畳んで仕舞う。
「これが人をおかしくする魔の薬、ですかね」
この粉がどういったものかは、相応の知識と調べる道具があるところが分析を行わなければわからないものであるが、少なくとも国に出回ってはいけないものだというのは感じられた。
これを売っていたのはこの男であるが、どこから入手したのか、だれが作ったのかはまでは定かになっていない。
いましばらくはこれを売るものがいなくなるので、命を落とすものはいなくなるだろうが、いつかまた出てくるかもしれない。
この一件で全てが終わったと思えないため、レッドとリベルテの表情は晴れない。
陽が沈んだ街の陰は、より一層暗いように感じられた。
ここまで目通しいただき、ありがとうございます。