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「おっし、ちゃんときたな」
今日は冒険者ギルドの一角を借りての座学である。
冒険者ギルドは本来、部屋といってもギルドマスターが詰める部屋くらいしか持たない。
ギルド内で極秘や機密とされる話はギルドマスターを交えるのだから、ギルマスの部屋があれば事が足り、そこそこの人数が入る部屋など使い道がほぼないためである。
オルグラント王国は国民を無為に死なせないための政策を採り、ギルドも意識改革が行われ、今回のような知識の共有、後輩達に伝達することを目的とした部屋を設けるようになったのである。
そこそこ機能するようにしているが、知識は自分の武器となるため、他者に積極的に教えようとする冒険者は少なく、知らないために損害を受けるのは無知が悪いという風潮はまだ根強く残っている。
それでもギルドが根気よく講習を実施しているため、知っていることで助かったという話は増え、災害や不意にモンスターが出ない限りにおいてではあるが、冒険者の死亡者数はこれまでより減少してきている。
「今日教えるのは、何かあったときに怪我の治療に役立つ薬草などの知識と、モンスターの分布と注意事項だ。各モンスターとの戦い方ってのは教えない。というより教えられないというのが正しい。教え通りにやって倒せるなら苦労は無いし、討伐の依頼なんて無くなるってもんだ」
たとえばボアは突進が強力であるが、このタイミングでかわして斬ればいいと言われてその通りに動ける者などそうそういるわけがない。
個体によって速さは違うし、冒険者によって目測のズレは生じるものだ。
また、立っている場所が動きやすいのかどうか、周囲に木々があるのかないのか、状況によっては教えのように動けないこともある。
となれば倒し方を教えても、あくまで自分はそうやって倒した、という自慢話の類にしかならない。
昨日の一件がちゃんと効いており、レッドの話をしっかりと聞く新たな冒険者達。
「薬草は畑で育てている人もいるが、森などにも自生している。もし手持ちに怪我の治療に使えるものが無く、街まで遠い場合、薬草を探した方が助かることもある代物だ。それに余程困ったときに食べることもできる草でもある」
「助かることがあるとの話でしたが、薬草自体に傷を治す力はなかったと思いますが?」
質問があるということはちゃんと聞いているということで、レッドもリベルテも幸先が良いと満足げな表情である。
「そうだな。傷を治す力を持っているのは傷薬に調合されたものだ。そのほかに怪我を治せるとなると、黒髪の女神を信仰している教会の奴らが使えると言う癒しの魔法くらいだな。薬草自体に直接傷を治す強い力なんて無いが、潰して傷口に貼っておくと血止めになるし、少なくとも何もしないよりマシになる」
出血が酷いまま動けばそれは死につながるし、その状態の人を運ぶにしても厳しいものである。
それがいくらかマシになるのであれば街まで持つかもしれない。であるならば、薬草の重要性は冒険者にとって高いものと言えるのだ。
「それくらいはすでに知ってるやつもいると思う。じゃあなんで薬草について講習で教えるのか。それは、毒草が薬草と似てるからだ。さっき血止めに使えると言ったが、薬草と毒草を間違えて貼って、傷の痛みだけでもひどいのに毒の苦しみまで受けて死んだって話は、いまだに無くなっていない」
その状況を想像してしまったのであろう、数名の顔色が青ざめている。
「焦っている場合だと頭から抜けているかもしれないが、普段からしっかり覚えとけば、間違える可能性は低くできるだろう」
「それではこちらとこちらどっちが薬草で毒草だと思いますか?」
見た目的にどちらも同じ大きさ、同じ色に見える葉を2枚、リベルテは取り出して新人冒険者たちの手前に置く。
リベルテが朝取ってきたばかりのものである。
「葉の裏側を見ればわかったはず」
前日の訓練場で大人しい様子だった内の一人だった。
発した言葉も決してはっきりと大きな声だったわけではないあたり、おとなしいと言うより気が小さい性格なのかもしれない。
「その通りです。毒草の方が裏側の葉の先端あたりの色が違うんですよ」
よくよく見れば、薬草の方は裏側も表面よりは薄い緑色であるが、毒草は裏側の先端あたりが紫色っぽく見える。暗がりだと分かりにくいが、陽が出ているうちなら見分けがつくだろう。
「え~と、レリックだったか? よく知ってたな。そういう知識を知ってるってのは大事なことだ。誇っていいぞ」
この場において、新人冒険者の中でレリックの名前が一段上がった形になる。
尊敬といくらかの嫉妬の目がレリックに向かう。
16才から働き手とされるこの国では、レリックはその年齢になったばかりぐらいに見える。
その年でこういう知識を知っていると言うのは貴重であるが、どうして知っていたかも気になるものである。
「この見分け方は他の方から教えてもらってたのですか? だとしたら、いい方が周りに住んでいたのですね」
冒険者であっても知識を共有しない者が多い。
薬草と毒草を見分ける必要がある薬師でも、弟子ではない限り、自分の飯の種となる知識を広げないものである。
それが弟子でもない者に伝えているというのは、情報を共有することの大事さが分かっており、若い者達の将来に選べる職を増やすことに繋がるのだ。
「僕の友達が薬草と毒草を間違えて口に含んで、亡くなったからです……。暗い話してしまってすみません」
レリックは知ってた理由を話すが、決して明るい内容ではなかったため、慌てて話を切って謝罪する。
教えてもらう以外で知る方法は経験することである。
毒草を口に含んでしまったのは違う人ではあるが、目にしてしまえば十分な経験だ。
彼は親に捨てられた子どもだったそうで、孤児院に入るまで食べられそうな草を探して凌いでいたそうだ。
そういった子どもというのは少なからず存在しており、その子たちはお互いに身を寄せ合うように行動している。
子どもであるので、一人よりは大勢でいた方が少しでも集められるということもあるからだろう。
だが当然、それで十分な食事ができるわけもなく、空腹に耐えかねた一人が薬草と毒草の違いを知らず口にしてしまったということだった。
聞かないではない話ではあるが、実際にあったと聞かされると何も言えなくなる話である。
この部屋に居た皆は口が重く閉ざされる。
レッドはそういった人たちを無くしたい、助けたいという思いを持っている。
だからこそ、こういった話を聞くたびに何も出来ない無力さを感じてしまう。
その雰囲気を感じ取ったリベルテが努めて明るく声を発する。
「このように薬草と毒草の違いは、知っていればわかるものです。なので知るということを大事にしてくださいね」
リベルテの声に重苦しい雰囲気を消そうと頷いたり、「勉強するか」などの呟きが上がる。
「ギルドには過去の人たちがもたらしてくれた情報をまとめた図鑑もある。貴重なものだから手続きが面倒だが、一度は見ておくことを薦めるぜ。汚したり破いたり失くしたりしないよう見張られながらになるがな」
この世界では羊皮紙だけでなく、植物から作られる紙が広まっている。過去に植物から紙を作れることを広めた偉人がいるためだ。
植物紙の方が量が多く安価にできるため広まっているが、羊皮紙も用途を分けることで存続はしている。
安価な紙が出回るようになっているが、それでも手書きとなるため、本が貴重なものであることに変わりはない。
「そんじゃ、次はモンスターの分布な。これはオルグラント王国領内でどの地域にどういったやつが多く討伐されているかって話だ。
その地域で多く討伐されているからといっても、他の場所でも姿を表すことはあるから、その地域でしか出ないなんて思い込むなよ」
こうして冒険者になる者達にとって退屈と思われがちな座学は、不満があがることはなく、座学は無事に終えることができた。
たが、今日の酒場では顔を手で覆いながら悶えているレッドの姿が見受けられた。
どうにも人前で偉そうに教えていた自分が、今になって恥ずかしくなったらしい。
リベルテとしてはレッドの違う一面を見れたようで、今もレッドを微笑ましく見ていた。
レッドにとって早く忘れ去りたい日の夜はまだまだ長かった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。