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「はぁ……はぁ……。くそっ!」
攻撃をあしらわれ、躍起になって武器を振り回して叩かれて、それでも挑み続ける繰り返し。
血気盛んにレッドと対峙した若者5人、いまさっきで6人目が壁側でうずくまっていた。
もう陽は昼を過ぎており、疲労がなおさら空腹を誘い、動けなくなっている。
六人連続で相手し続けたレッドは、そう見えないよう振舞ってはいるが、息切れと内心で冷や汗をかいていた。
若いからといって侮るのは愚か者だ。
天性の才とはよくいったもので、冒険者なりたてだからといって弱いとは限らない。
経験の差で対処できたというところが大きかったのだ。
この世界に絶対、というものはほとんどない。
たとえば王国の騎士団長といえど、訓練で部下に負ける事だって少なくない。
訓練を積んだとは言え、一方的に勝てるとは限らないのだ。
人であれば失敗もするし、疲れもする。筋肉を鍛えても持ち上げられる重さだって限度はある。
剣の一振りで複数をなぎ払ったり、一人で数多くの敵を倒したりなどは、空想上の物語に過ぎない。
レッドも力の限り、考えうる限りのことをして戦っていいなら、こんな冷や汗をかかずに済ませられる可能性は高い。
しかし、今日のところは相手の力量を図り、先達として自分達の方が強いことを分からせる必要があった。
だからこそ、相手の攻撃を受け流したり避けつつ、ものすごく狙いたい隙を我慢し、相手が一応構えてから叩く、という実技を受けている方も見ているだけの方もわかる戦いを強いられていた。
もう六人相手にしたレッドは、先達としての見栄を張れてよかったと思うとともに、まだ四人も伸さなきゃいけないことに困りつつあった。
「はいは~い。一旦休憩です。お昼食べてから続き行いますね」
リベルテが明るく声を上げて促す。六人はヨロヨロと、四人はトボトボと食事に向かう。
「結構疲れてるでしょう。後は私がやりましょうか? 血気盛んなのは伸したあとのようですから」
「大丈夫か? やってもらえるなら、頼みたいが……」
気を張って動き回って六人と連続で戦えば、もう十分な運動量になる。
リベルテも先ほどの自分と同じ程度で相手取る必要があるが、疲れてきている自分がこの後も引き続いてやるのは厳しいと思い、レッドは後を頼むことにする。
「あれくらいなら一方的にやれると思うんだが、そうしたらダメってのは精神的に疲れるな」
「そんな一方的に勝てるほどの力を持っていたら、苦労はしませんよ。それに、そんな力を持っているのは人ではない別物ですよ」
人は過ぎた力を夢見るものであるが、過ぎた力が近くにあることは望まないものだ。
それがいつ自分達に向かってくるかわからないし、自分達では太刀打ちできないと思ってしまうためである。
そしてそれは事実、歴史において実例が多くあり、物語として語られ、読み継がれている話もあるのだ。
「だけどこれで、後は俺らが知っている基本的なことを教えていくだけで済む。初日が一番大変とか、もう講習担当なんてやりたくねぇなぁ」
リベルテが後はやってくれるとはいえ、いまはまだ酒を飲むわけにいかず、気を使う仕事というのは簡単に疲れが抜けない。ダレ始めているレッドである。
「残りを伸したら終わりですから、その後、翌日に残らない程度に飲みましょう」
講習を受ける冒険者達が聞いていたら怒りそうな内容であるが、二人がもう夜のことを考えてしまうのも仕方がない。それくらいの差はあるはずなのだから。
そして続きの時間がやってくる。
血気に逸らなかったからといって、決して腕に覚えがないものではない。
小さな頃から棒振りであっても、得物を振るということを続けていれば振り方が分かってくるものである。
硬いものの当たり所が悪ければ死んでしまうし、振った剣が当たれば斬れるのだ。
後はどれくらいの力を入れて振るか、かわされた後はどうするか、相手からの攻撃はどうくるか、どう避けるかなど先々の流れを読むという経験だけが足りないである。
といっても、全員が全員そういうわけではない。
一人がなかなかと思わせるくらいで、残りの三人はあっという間に疲れて倒れこんでいる状況となっていた。
リベルテが女性だから先ほどのレッドよりは、とやる気になってかかってしまったのだ。
先に戦った者達もリベルテなら勝てると見くびってしまい、リベルテ相手にもう一度と言い出したのも悪かった。
リベルテはあっという間に、完膚なきまでに叩きのめしてしまったのである。
レッドのように攻撃をかわして、相手が構えた状態で叩いてくるという教える人の戦い方ではなく、持てる力の差をまざまざと見せ付ける戦い方であった。
相手の攻撃を真っ向から弾き、相手が構えた上で訓練用の得物の上から叩き潰したのである。
「あ~、今日のところはこれで終わる。君達の今の力量は分かった……いや、分からされたと思う。明日は座学となるが生きるうえで損しないことだ。ちゃんと聞いてくれよ。解散」
わざわざ途中言い直しを入れるレッド。
新人冒険者達は今日一日で上が居ることを思い知らされ、それでも大変な生活を送ったり、亡くなってしまう者が居る世界なのだと実感したことだろう。
もはやレッドたちを侮る目はここにない。先達者たちは上であることをはっきりと認識した彼らは教えをしっかりと聞くことができるだろう。
「「お疲れ様~」」
数日振りに酒を掲げ、ご満悦な2人。
「ん~、お酒も食事もおいしい~」
「安いってのにはそれなりの理由があるからな。この食事に慣れると、もう安いのに戻したくなくなるよな」
安い食事とは量が少ないか、安い食材と調理法ということ。
作り手によっては不味くはないが、体を動かすものにすればお腹を満たすためだけの食事となる。味を気にしてはいけない、食えるだけ良しということだ。
「だが、四人のはやりすぎだったぞ。心が折れてなきゃいいんだが……」
「そこは大丈夫ですよ。それにこれで折れるなら、冒険者として出来る仕事少ないですし、モンスターにあったら厳しいだけです」
今日の内容を反省したいレッドであるが、すでに酔い気味であるリベルテに反省する気はない。
「まぁ、ギルマスが何も言わなきゃそれでいいか」
そしてまたレッドも久々の酒で酔い気味だった。
今日やってしまったことは変えられない。明日からの講習を無難に済ませられれば良いのだ。
二人は明日のことも考え、酒の量を制限しているため、頼んだ分は味わうように飲み続けた。
なお、今日の講習に参加した十名はこの後チームを組み、凶悪なモンスター相手にも引かずに戦えるほどのチームに成長したという。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。