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王国冒険者の生活  作者: 雪月透
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楽しい時間というのは過ぎるのが早いもので、豊穣祭が終わり、屋台は引き払われ、出店も片付けられていく。

片付けの景色というのは悲しさを運んでくる。

そして、その悲しさはいろんなところに及んでくる。


「食い歩きすぎた……。もう金の残りが少ねぇ……」

祭りを見越して幾分かのお金を溜め込んできてはいたが、先の温泉と祭りの屋台・出店巡りでレッドたちの財布はすっかり薄くなり、懐の寂しさが悲しい現実を揺ぎ無いものとする。

「食べ過ぎました……。太ってる……」

普段は多少食べても依頼の一つや二つこなせば何ということはなかったが、数日間に亘って冒険者業を休み、甘いものも滅多に食べられないからと食べ過ぎたリベルテたちの身体はふくよかになり、愛用の鎧のキツさが悲しい現実をこれ見よがしに突きつけてくる。


「「依頼をどんどん受けよう」」

二人の思いは一致しており、ギルドへ走り出す。

周りも祭りの期間は依頼を受けるのを少なめにして、祭りの後はまた精力的に動き出すというのは同じようで、冒険者ギルドはいつになく混んでいた。

といっても、この混み具合はギルドで働いている者達にしてみれば例年通りのことである。


依頼の貼り出しを人を掻き分けて見て回ったレッドは、薬草の採取とグリトニースクワラルの討伐の依頼を取り上げる。

どんどん依頼を受けるとは言ったが、数日間休んで食べまわっていた後では、これまでどおりの動きはできないだろうという思いがあった。

薬草の採取は剣の腕に覚えがないものなどが受けるものと見られやすいが、薬草を見分ける知識が必要であり、採取中にモンスターと遭遇する可能性があるため、お使いレベルと舐めていると危険な仕事でもある。

そして、グリトニースクワラルはこれから冬に向けて食べこむ森鼠である。

あまりの暴食っぷりに山の恵みだけでなく、人里に下りてきて畑や倉庫、処理がのこってしまったゴミなどを漁り、人を襲ってくることもある獰猛な相手である。

大物でないと人から賞賛されにくいことと小さくすばしっこくて倒しづらいことから、これを相手取ろうという冒険者は少ない。


「これとこれにする。準備するぞ」

「これはまた無難なようでなかなかなものを選びましたね。ですがいいでしょう。やりますよ!」

今回に限っては、レッドよりリベルテの方がやる気十分なようである。

レッドがこの二つを選んだのは、まとめてこなすことができるだろうという思惑もあった。

グリトニースクワラルの討伐であって殲滅ではないため、森で薬草を探しながら途中で見かけた数匹を倒せばいいのである。

森鼠であるからそれなりの数が必要ではあるが、鳥や他の肉食動物の餌となる奴でもあるため、乱獲すると後々問題になったりするので、これを面倒がって冒険者の多くが受けたがらないというのもある。


過去に倒した分だけ報酬が上積みされるため、その森から居なくなるほど乱獲した者が居たが、その数ヵ月後、普段であれば冬眠しているはずのモンスターたちが揃って人里を襲う大事件となってしまったという事例がある。

多くの怪我人と少なくない死者が出てしまい、ギルドと国が森とモンスターを調査をした結果、モンスターたちが食べるものが少なく飢えている状態で、先の乱獲が関連していることがわかった。

そのため、森鼠を殲滅した冒険者は駆除したやり手という評価から一転、街に災いを呼んだものとして酷評されることとなったのである。


「数日サボったのもあるが、こういう場所を歩くってのはきついな」

身体が少し重く、いつもより早く息が上がってきている2人。

目当ての薬草もなかなか見当たらなく、だらけた後の仕事でなかなか集中力が続かない。

「なかなか見つかりませんね。今年は不作という情報は聞かなかったのですが……」

木にもたれかかり身体を休めるリベルテ。

リベルテの方を見たレッドが急に真剣な目になり、リベルテに向かって短剣を投げつける。

慌てて膝を折り、下によけるリベルテ。そのすぐ後、頭の上でコンッという刃物が刺さる音が聞こえた。

「何するんですか! 休んだっていいでしょう!」

「緩みすぎだ、馬鹿。でも、よくやった」

レッドが近づいてきて短剣を木から引き抜く。

リベルテがレッドの手元を見ると、仕留められていた森鼠が1匹あった。


「近くに居たようだな。いつもなら気づいてたはずだろ。これはしばらく厳しそうだな」

厳しそうだという口調のわりにレッドの口元はにやけていた。

その表情にカチンときたリベルテは声を出したくなる気持ちをぐっと押さえ……レッドに切りかかった。

「うおっ! からかったからって斬りつけてくることはないだろがっ!」

口で何か言ってくると思っていたレッドは、思っていなかった凶行に心臓の動悸を強めていた。

「森鼠一匹です。そっちこそ油断しすぎですよ。それから足元気をつけてください。そこに薬草ありますから。そちらこそ気が緩んで見落としが多いのでは? しばらく私が頑張らないと厳しそうですねぇ」

まぎれもなく挑発である。リベルテにしてみれば言われたから言い返したにすぎない。

だが、この手の返し方は互いの頭に血を昇らせるもの。


「ん~? 弛みまくったお前が俺よりできるわけないだろ? 酒はまだ飲んでないはずだよな?」

「ハハッ! そちらが私より上だったことないでしょう。 お酒呑みすぎて抜けてないんですか?」

お互いに頭に血が昇りきってしまったため、後に退けなくなる。

勝負!、と言葉にせずともお互いに分かる言葉である。

目印となるように木に短剣を突き刺し、レッドとリベルテはそれぞれ分かれる。


それから陽が傾き赤みを帯び始めてきた頃、二人が短剣の場所に姿を現す。

お互いにニヤッと笑みを浮かべ、冒険者ギルドに戻り、受付に二人別々に品を提出する。

「それぞれの数の確認してくれ。そのあと報酬を頼む」

別々でも一緒でも仕事は変わらないのだから、そう言われればギルドの職員としてはやるしかない。


「レッドさんの方が、森鼠が5匹、薬草が3束ですね。リベルテさんの方が森鼠4匹、薬草5束。解毒用の草も混じってましたが一緒に処理しますか? 依頼を受けていないようですが、需要はあるので引き取りますよ?」

レッドの方が森鼠を多く仕留めているが、薬草はおまけもついてリベルテの方が集めていて、報酬で見ればリベルテの方が多い結果となってしまった。

レッドは顔に悔しさを滲ませ、リベルテはどうだといわんばかりに自慢げである。

リベルテがレッドに何か言おうとする前に別から声がかかった。

「お前達、そんだけ狩ってきたが森は問題なかったのか?」

「ギルザークさん!?」

ギルドの上役、ギルドマスターだった。

彼は元冒険者で、街を襲ったブルートルグリズリーの対応に国が兵をだしたが、多くの負傷者を出した折、チームとともに依頼はないのに駆けつけ討伐した猛者である。

その経緯があって、貴族や内政官に顔が利くようになり、ギルドマスターへ就任を依頼された人物である。


森の食物環境を乱せば災禍になって返ってくる。

ブルートルグリズリーが出てきてしまえば、昔のように戦えない今となれば危機感を強く持っている。昔対峙したことがあるものであれば当然のことである。

二人合わせれば結構な数を狩ってきたのを見れば、疑問を呈することも不思議ではない。

「え、と……。結構奥まで入らないと薬草見つからなかった、かな?」

「森鼠は結構、手前からでてきてました……ね?」

薬草はなかなか見つからず、森鼠は人里近くにまで出てきている。

薬草の少なさは森の養分が少ないことを表し、森鼠は森で食べられるものが少ないため人里に近いところまで行動範囲を広げている、ということにほかならない。

今年は山の不作が予感されるということであれば、森鼠の狩り過ぎはそれらを捕食するもの達の餌も減らすということに繋がる。


「馬鹿野郎ッ! おまえら明日も森見て来い! 依頼とは別にだぞ」

こうして依頼抜きで森に入り、森の状況を調査し、場合によってはモンスターを狩らなくてはいけないこととなった二人。

何事も無ければ収入はなく、モンスターを倒しても依頼ではないため、ギルドが買い取ってくれるが安くなってしまう。

気合を入れて張り合ってしまった結果、手痛い再出発となってしまった2人には、しばらく悲しさが留まるようであった。

ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。

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