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14、殺傷力が高い




 それはもう忙しそうな蛍明の仕事の合間を縫って予定を立てて、なんとか沖縄旅行は決行になった。

 件の先輩のミスを全力で挽回したらしい蛍明は、全力で休暇取りに協力してもらったらしい。旅行の三日間とさらに次の日、計四日間の休みを見事もぎ取った。

 そうはいっても、旅行前日すら終電で帰ってきた彼は荷造りすらままならない状態で、当日早朝に蛍明宅を訪れた日花が彼に代わって着替えなどをスーツケースに詰め込んだくらいだ。そのあと蛍明を叩き起こしてシャワーを浴びさせてご飯を食べさせて荷物の最終確認をして、それからふたりでマンションを飛び出した。

 バスと電車を乗り継いで空港について、飛行機に乗るやいなや蛍明は電源が落ちたように眠ってしまったが、着陸の衝撃で目を覚ました彼は外を見てテンションを最高潮まで上げた。

 今からでも借りることのできる観光タクシーを探そうかという日花の提案にも、彼は真夏の沖縄の太陽にも負けないくらいの笑顔で首を横に振る。

 無理はしないと約束させて予定通りレンタカーを借りて、そしてすぐに向かったのは海だ。

 泳ぐのは午後からで、まずは船釣りをしてみたいという蛍明の希望を叶えるために船に乗る。


「じゃあ着替えたらここ集合な」

「うん」


 ビーチ備え付けの更衣室の前で蛍明と別れて、日花は化粧室で普段はあまり結ばない髪を結い上げる。

 そして気合を入れて水着を取り出した。

 この日のために友人と水着屋を何件も回って、露出の高いものを買わせようとする友人に押し切られて、黒いビキニタイプの上下が分かれた、その中でもできるだけ露出の少ない流行りのひらひらふわふわしたものを買った。

 ひらひらしたレースの布が胸元を覆っているが谷間はちらりと見えて、胸元にボリュームがあるおかげでウエストが細く見える。下はショーツ型の水着の上から穿く同じ素材の短パンがついていて、今はそれを穿いているが泳ぐ時には脱いでもいい。

 普段ならきっと買わないだろうタイプの水着だ。

 ただ、船に乗るので今は上からゆったりとしたパーカーを羽織ってジッパーを上までしっかり上げた。

 やはり先に待ち合わせ場所に着いていたのは蛍明だ。彼は遅れて現れた日花の姿を上から下まで見て、そして拳を握り締めて叫んだ。


「何でパーカー着とんねん、脱げよ!」

「泳ぐ時は脱ぐよ。船の上は日差しがすごいから、長袖着てたほうがいいって書いてあったでしょ?」

「今! 今だけ! ちょっとだけ!」


 日花はわざとらしく彼の体を上から下まで睨みつける。

 自分だって水着に上半身にはラッシュガードを着て、さらにレギンスまで穿いている完全防備のくせにだ。


「女の子の水着姿見てキャーキャー言うんは、海に来たときの醍醐味やろが!」

「潔くて感心する」

「褒めんでええから脱いで」

「全く褒めてないよ」


 息をついてパーカーのジッパーに手をやる。

 特に水着姿になることには抵抗はなかったはずだ。デザインに助けられているのもあるが、今日のためにウエストも少し絞った。

 それなのにこうやって期待を込めた目でまじまじと見つめられたら、さすがに恥ずかしさが込み上げる。

 しかしこれで照れていたら蛍明の思う壺だろう。何ともない顔を作ってジッパーを下ろして、男らしく脱ぎ去ってみせた。

 蛍明なら歓声くらい上げてくれるかと思ったが。

 彼は何度か視線を上下させて、ぐっと唇を噛み締めて声を絞り出しただけだった。


「……ええと思う」

「キャーキャー言ってくれないの?」

「いや……」


 口元を手で覆い隠す彼は、本気で照れているようだった。無理やり脱がされたのはこっちだ。照れたいのもこっちだ。


「想像しとったより殺傷力が高くて……」

「それって褒めてるの?」

「褒めとる」

「もっと分かりやすく褒めて」

「最高に可愛いです」


 最高の褒め言葉ににっこり笑って「ありがとう」と礼を言って、パーカーをもう一度着こむ。脱いだ甲斐があったというものだ。

 対して蛍明はまだ照れが収まらないようで、見上げるとその目が右往左往狼狽えた。


「あ、予約の時間ヤバいで、行こ!」


 パチンと手を打って、彼は踵を返して小走りに駆け出す。

 完全に話を逸らした。時間はまだ少し余裕がある。

 ビーチを通り過ぎた向こうにある小さな港には、ツアー用の船がいくつも停まっている。その中の予約をしていた船に、ふたりは一番乗りで乗り込んだ。

 さすが初心者に優しいツアーだ。何から何まで用意してもらい手取り足取り教えてもらい、さらに船長が驚くくらい今日はよく釣れる運のいい日らしい。

 沖に出て二十分ほど、三匹釣って満足した日花は、蛍明を撮影する事に専念する。


「日花見て! めっちゃヤバい色のやつ釣れた!」


 食べられるのか不安になるくらい青い魚を掲げる蛍明を写真に収める。

 早々にコツを掴んだ彼は、あっという間に用意されていたボックスを満杯にするほど釣り上げた。


「めっちゃ楽しい……俺才能あるんちゃうこれ……東京帰っても釣りやってみよ」

「……あれみたい。初めて行ったパチンコで大当たり出してその快感が忘れられなくてパチンコ中毒になる人」

「例えが悪いわ」


 少し風が出始めて、波が高くなる前に港に帰り魚を受け取る。近くの食堂に持っていくと捌いて調理してくれるらしい。

 刺し身や天ぷらにしてもらったものをふたりでお腹いっぱい食べて、海辺で休憩してからふたりで海に飛び込む。

 それほど深くない海辺でシュノーケリングの体験をして、その後はビーチで遊んで。

 泳ぎ疲れたら海から上がって着替えて、今日最後のイベントは、日花が待ちに待った買い物だ。


「アクセサリーが欲しいの。沖縄っぽくて夏っぽいの」


 複合リゾート施設の店がずらりと立ち並ぶエリアを歩きながら気合を入れる。

 あとは沖縄っぽい何か身につけるものや、せっかくだからシーサーも欲しい。

 ぐるりと広大なエリアを回って、自分のものはもちろん、友人に頼まれた沖縄限定のコスメやグッズも順調に見つけた。蛍明も実家や友人、職場用のお土産を九割は買い終えたようだった。これで明日は遊ぶことに集中できるだろう。

 そろそろ帰ろうかと話をしながら歩いていると、まだ見ていないアクセサリー屋を見つけた。

 そしてそこで、日花は運命の出会いを果たした。

 雫型の陶器でできたピアスだ。

 沖縄の焼き物独特の模様が描かれており、二色あってどちらか選べないほど可愛い。が、ふたつ買うには値段が少々可愛くない。


「どっちにしよう……」

「どっちも買ったろか?」

「またそういうこと言う」


 蛍明の奢り癖が始まった。ため息混じりに見上げると、彼は肩を竦めて拗ねたように言う。


「ええやん。お前のおかげでただで旅行来れとんねんから、これくらい奢ったるのに」

「蛍明の抽選券だったでしょ。ふたりのおかげ。どっちが似合う?」


 ふたつを耳の前にかざして見せる。彼は顎に手を当て考えて、深刻そうに呟いた。


「どっちも可愛い」

「もー」


 参考にならない意見を流して、迷いに迷って結局どんな服にでも合う無難な色の方を選んだ。

 他にもお土産を買い込んで、楽しかった一日はあっという間に終わってしまった。


 夕食をとったふたりがようやく宿泊先のリゾートホテルについたのは、十九時を過ぎた頃だった。




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