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12、ペアで行く沖縄旅行二泊三日の旅




 ガランガランと、大きなベルの音が真っ昼間のショッピングモールに響き渡る。それはそれは気合の入った大きな音だった。


「特賞出ました!」


 そのベルを持つハッピを着た店員が、両腕を振り上げ叫んだ。


「ペアで行く沖縄旅行二泊三日の旅です!」


 わっと周りから拍手と羨む声が上がる。

 その中心にいるのは、抽選器の取っ手を掴んだまま固まっている日花と、その隣で口をぽかんと開けたまま立っている蛍明だった。

 ふたりで流しそうめんをしようとショッピングモールの食品コーナーで買い物をして、そしてもらった抽選券一回分。「お前のほうが絶対当たる」と蛍明に渡されたそのたった一回に日花が挑戦し、そして見事特賞を引き当てた。

 あれよあれよと会場の裏に連れて行かれ、手続きやら説明やらをされて旅行券や書類を渡される。


「彼氏さんと楽しんできてくださいね」


 店員の言葉に一瞬言い淀んだ日花は、すぐに笑顔を作って礼を言って受け取る。その隣で蛍明も同じようにニコリと笑った。

 これは大人の対応だ。善意で祝福してくれる人に、わざわざ水を差す必要はない。

 その場をあとにして、それからふたりで顔を見合わせる。


「どうしよう……」

「どうしよか……」


 言葉は続かなかったが、ふたりの考えていることは同じだろう。

 泊まりの旅行、しかもふたりきり、だなんて。

 だってふたりはまだ、付き合ってすらいないのに。







****







「それで、ふたりで沖縄に行くことになったの?」

「うん、今のところは」


 大学の帰り、久しぶりに会った友人にことの顛末を説明すると、彼女はそれはもう満面の笑みを日花へ向けた。


「これでやっと関係が進むんじゃないの? さすがの蛍明くんとやらも、泊まりの旅行についてきた女なら遠慮なく手を出すでしょ」

「どうだろ。今までもお酒を飲んで寝落ちした蛍明がうちに泊まったことが二回あったけど、どっちも何にもなかったし」

「それはもうあんたから押し倒してもいいと思う」


 何とも言えない顔で友人を見上げるが、彼女はふふんと鼻を鳴らした。


「嬉しいんでしょ? 一緒に旅行に行けるの」

「それは……」


 嬉しいか嬉しくないかと問われたら、それはもちろん、嬉しい。

 蛍明といると落ち着く。気負わなくてもいい。

 だって彼は、幽霊が見えるという日花の秘密を、家族以外で知っているたったひとりの人だからだ。そしてその幽霊の存在を疑ったりもしない

 何しろ彼は、元幽霊だからだ。

 去年の春に事故に合い意識不明の重体に陥り、幽霊――というより生霊みたいなもの――になった彼を助け、そして夏に再会してからもう一年。

 暇があれば一緒に出かけたり互いの家を行き来して、最近では家族や友人よりも長い時間を一緒に過ごしている蛍明のそばは、純粋に居心地がよかった。


「好きなんでしょ? 蛍明くんのことが」


 友人の顔を見て、目を伏せる。これまで何度か同じ質問をされては曖昧な返事を返していたが、今回ばかりはもう誤魔化せそうもなかった。


「……好き」


 何となく唇を尖らせたままぼそぼそと呟くと、目の前から盛大なため息が聞こえた。


「やっと認めた……やっと認めたな……一年かかった」


 別に一年前から好きだったわけではない。ただ全く好意がなかったというわけでもなくて。頭の中で言い訳がましく考えたが、それをうまく言葉にできそうにもない。日花はずずずと音を立てて、目の前のアイスコーヒーを飲み干して口を開いた。


「でも、あっちがあんまり旅行に乗り気じゃない」

「そりゃあそれだけ一緒にいるのに一年も手を出してこない奥手な男なんだから、付き合ってもないのに旅行だなんて、とか紳士だか童貞だかみたいなこと思ってるんじゃないの?」


 黙ったままお冷を引き寄せて、口をつける。

 蛍明からの好意は感じていた。視線や、こちらに触れようか迷う指先からひしひしと。自惚れ、ではないと思う。

 それなのに、人懐こくあっという間に懐に入り込んでくる彼が、どうしてこれ以上踏み込んでこないのかは分からない。

 幽霊が見えるというこの体質が彼を踏み止まらせているのかもしれないと思うと、日花も今一歩、彼の方へ歩み寄れないでいた。


「その蛍明くんにはさ、誰か他の女がいるわけじゃないんでしょ?」

「いない、と思う。休みの日はずっと私と一緒にいるし」

「逆玉の輿狙いでもないんでしょ?」

「違う。絶対私にお金出させない」

「日花ってイケメン好きだけどさ、そんなにヤバい顔なの?」

「そんなことない。普通」

「何か気になるところがあるの? いい歳して夢追いかけてるフリーターだとか、金遣いが荒いとか、私服が壊滅的だとか、女装癖があるとか」


 ううんと首を横に振る。仕事は誰でも一度は聞いたことがある大手で正社員をしているし、金遣いも使うところでは使うがその他は堅実だと思う。私服はシンプルながらも決してセンスは悪くないし、大掃除を手伝うために彼のワンルームをひっくり返したことがあるが、女物の服は見当たらなかったので女装癖はないだろう、多分。

 それ以外にも、蛍明には何も不満はない。


「そういうのはない、けど」


 煮え切らない日花の返事に、友人は眉を寄せてテーブルに肘をつき、覗き込むように日花を見た。


「日花が何を心配してるのか分からないし、言いたくないのなら聞かないけどさぁ、好きなんでしょ? あんまりそうやって煮えきらない態度とってたら、あっちだって諦めて離れていっちゃうよ。て言うか一年もそんな態度とってて、離れていってないのが不思議なくらい」


 ぎくりと体が強張る。


(はた)から見たらさ、蛍明くんって完全に日花に良いように使われてるだけじゃん。彼女じゃないのに色んな所連れて行ってくれたり毎回奢ってくれる。こんな都合のいい男いないよ。ただの男友達、って範疇を超えてる」


 確かにそうだ。納得しながら、ショックを受ける。

 幽霊だった蛍明を助けるために使った、新幹線代諸々数万円。それを生活費から出したという事実は、彼には黙っているつもりでいた。しかし奨学金の話題が出た時に勘付かれ無理やり洗いざらい吐かされ、その事実に酷いショックを受けた彼が日花に奢り尽くすのは、罪滅ぼしのつもりらしい。

 もうすでにかかった費用分は奢ってもらったが、蛍明はまだまだ止まらない。

 もちろん日花も奢られっ放しというわけではない。蛍明の部屋に遊びに行く時は、食材を買い込んで夕飯や保存食を作ったりしていた。それでも、その何倍ものお金を蛍明は日花にかけていた。

 この関係を、彼はどう思っているのだろう。


「そんな風に思われるの嫌でしょ? これはチャンスだよ。蛍明くんが本当に日花に気があるのならこれを機にあっちから仕掛けてくるかもしれないし、あっちが奥手なら日花から迫るチャンスだ。全力でいけ!」


 友人がシフォンケーキをひとくちすくい、クリームをたっぷり乗せて日花へ突き出す。

 それをじっと見つめる。

 彼女の言う通りだ。この旅行は、いつまでも続けるわけにはいかないこの曖昧な関係に、白黒ハッキリつけるチャンスかもしれない。


「お土産話、楽しみにしてるから」

「……分かった」


 呟いて、日花はシフォンケーキをぱくりと食べた。




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