意外な真実
二日後の午後、宏明は事件の真相を話すことになった。
会場は光一の家の来客室だ。
来客室には光一の両親は勿論、今回の事件関係者と谷崎警部が集まった。
「二葉さん、そろそろ…」
腕組みながら目を閉じて、何か考え事をしている宏明は宏明に、健が心配して言った。
健の言葉に目を開き、何かを決意したように立ち上がり、全員の前に立った。
「事件の真相がわかったって本当なんですか?」
亜矢が疑いの目を宏明に向けた。
「はい、わかりました。光一さんが残したダイイイグ・メッセージもね」
宏明はいたって冷静な口調で答えた。
「ダイイイグ・メッセージ…?」
庸子が首を傾げる。
「光一さんが犯人に会う前に書いたダイイイグ・メッセージです。何かあった時のために…」
「何かあった時のためにってことは、予め光一が何かを予感してたってことよね?」
有沙は顎に手をあてて聞いた。
「そうです。光一さんの死因は青酸カリですからね」
宏明の言葉に、谷崎警部以外はえっと声を漏らした。
「青酸カリって…猛毒の…?」「はい。シアン化カリウムの俗称で、無色の粉末。人の致死量は、0.15gなんです。検死結果、光一さんは致死量の倍、0.3gも飲まされて殺害されたようです」
宏明の代わりに谷崎警部が答えた。
それを聞いた全員は、驚いた表情を見せる。
「…というふうに、犯人は青酸カリを入れて殺害したんだ」
「何に入れたんだ?」
誠一は聞く。
「殺害現場には、手作りのお菓子とリンゴジュースが入ったコップが二つありました。恐らく、手作りのお菓子は亜矢さんが作ったものでしょう」
「まさか亜矢が…?」
誠一は亜矢のほうを見て言った。
「違います。青酸カリが入っていたのは、リンゴジュースのほうなんです。犯人が光一さんの部屋に入った時に、光一さんに気付かれずにリンゴジュースに混入したのでしょう」
宏明は軽くため息をついた。
「ダイイイグ・メッセージはどういう意図で、なんで書いたんだ?」
中谷教授は首を傾げている。
「光一さんと犯人の間に何かがあったのでしょう。光一さんは犯人に何か後ろめたいことをしたんだと思います」
「光一が何か後ろめたいことをした…?」
有沙はわからないでいる。
「それは犯人に聞いてみないとわかりませんが、犯人にとって光一さんのやったことが許せなかった、というのが心境です」
「待って下さい。光一が殺害された時刻ってのは、全員アリバイがあるんですよ? それをどうやって光一を殺害したんですか?」
健は宏明に食って掛かるように聞いてきた。
「そうですよ。アリバイがあるから、ここにいる全員には犯行は無理なんじゃないの?」
庸子も健と同意見のようだ。
他の全員もそのようだ。
「確かに全員には確実なアリバイがあります。だけど、服装や髪型を似たような物にすればどうですか?」
宏明は全員に問いかけてみる。
「まぁ、後ろから見たらわからなくもないが…」
「前から見たら顔でバレますよ」
中谷教授と有沙は交互に答えた。
「兄弟で瓜二つのように似ていたら…? もし、似ていたら、わからないんじゃないんですか?」
「そうだけど…。一体、何が言いたいんですか? さっきから二葉さんの言ってる意味が全くわからないんですが…?」
誠一は不快感を示して言った。宏明は誠一の言葉を聞き流して、
「では、ダイイイグ・メッセージの意味を説明しましょう」
「そうしてくれ」
誠一はまだ不快感を示しながら頷いた。
「光一さんが残してくれたダイイイグ・メッセージというものは、“縦に四つ、横に三つ交わった場所”というものです。オレも最初何のことだかさっぱりわかりませんでした。しかし、数日前に日本史の教科書を見て、ダイイイグ・メッセージと同じ図があったんです」
宏明は一気に言うと、全員ダイイイグ・メッセージの意味を考え始めた。
「全くわからないな」
谷崎警部はお手上げだという声で言った。
「もしかして、平城京の図ですか…?」
有沙は恐る恐る聞いてきた。
「正解です。“縦に四つ、横に三つ交わった場所”というのは…」
「薬師寺だ」
宏明の後に、中谷教授が言った。
「薬師寺が何か…?」
「この三文字で名字に入ってる人がいるんです」
少し間をあけて、有沙が顔色を変えた。
「まさか…」
「そう、そのまさかです。光一さんを殺害した犯人は、薬丸さん、あなたですよね?」
宏明は庸子のほうを向いて言った。
「な、何言ってるんですか? 私が犯人なわけないって…」
庸子は突然のことに声を震わせている。
「あなたは殺害する数日前、光一さんに家に遊びに行くとでも言い、殺害を計画した。光一さんを殺害した日、あなたはスキを見て、青酸カリをリンゴジュースに入れた。何も知らずに飲んだ光一さんは苦しみだし、息が無くなったのを確認して、その場を立ち去った。事前に書いたダイイイグ・メッセージが残されているとも知らずに…」
宏明は静かな口調で庸子に言った。
庸子は何も言わずに唇を噛んでいる。
「アリバイはどうするのよ? 光一が殺害された時間、私はゲ―センにいたんだよ?」
庸子は自分のアリバイを主張してくる。
「確かにそうだ。さっきも言ったとおり、兄弟で瓜二つのように似ていたとしたら、話は別です。この前、大学に来た帰りに薬丸さんと会いました。その時にあなたが見せてくれた写真の一枚に、ある写真を見たんです」
「ある写真…?」
「薬丸さんとお姉さんと二人で撮った写真です。当たり前ですが、お姉さんはあなたに似ています。それに化学工場で働いてます。お姉さんをあなたの格好をさせて、ゲ―センに向かわせたんじゃないですか?」
宏明は問い詰める。
「まさか。なんで、姉を私の格好をさせなきゃダメなの?」
「あなたが光一さんを殺害するためにです」
庸子の目をまっすぐ見て宏明は答えたが、庸子はのほうは目を反らしたままだ。
「青酸カリはどうやって手に入れたの?」
有沙が気になって聞いてきた。
「薬丸さんがお姉さんに頼んで持ち帰ってもらったんでしょう」
「姉が私に頼まれたからって青酸カリを持ち帰ってくるはずないわ」
庸子はきっぱりと否定した。
「頼むにしても、青酸カリがどんなものか見てみたいって言えばどうでしょう?」
「それもないわ。姉はそんな頼みなんか聞くはずないもん」
庸子はだだっ子のように言うと、プンと顔を横に向けた。
そんな庸子の態度に、宏明は呆れた表情をした。
「お姉さんは薬品を部屋に置いてありますか? それとも、置いてあったって知ってましたか?」
「さぁ…。知らないけど少しはあったと思う。姉の部屋には入ったことないから…」
「その中に青酸カリは?」
「だから、そんなものはないって」
庸子はイラつかせながら答える。
「なぜ、ないとわかるんですか?」
「そ、それは…」
急にうろたえ始める庸子。
「部屋には入ったことないのに、青酸カリがないとはっきり言えるのはおかしいですよね? よっぽど印象に残ってたんですね」
宏明の言葉に、庸子はもっとうろたえる。
「それだけ言うなら、私が犯人だと言う証拠はあるんですか?」
「証拠はちゃんとありますよ」
証拠があると言われ、庸子はハッとなった。
「光一さんが発見された日、悪いですが、紅茶のカップについた指紋を全員分採らせていただきました。リンゴジュースのコップと紅茶のカップについていた指紋が、一人だけ一致する人物がいました」次に谷崎警部が険しい表情で言った。
「それが薬丸さんだったんですか?」
わかっていたが、亜矢は聞いてみる。
「そうです。運よくリンゴジュースが入っていたコップに指紋が残っていたんですよ。それに、調べてみると、薬丸さんのお姉さんが働いている化学工場で青酸カリが0.3gなくなってると上司の方が話してくれましたよ」
谷崎警部は亜矢の質問に答えるように言った。
来客室はしんと静まり、宏明か庸子のどちらかが口を開くのを待っている様子だ。
「…バレたんなら仕方ないか…」
庸子は観念したように呟いた。
「じゃあ、君が…?」
中谷教授は目を丸くして庸子を見た。
庸子は頷いてから、
「私、光一と付き合ってたこと知ってるでしょ? 付き合ってたけどどうしても別れないといけない理由が出来てね」
伏し目がちで話し出した。
「別れないといけない理由ってなんなのよ?」
有沙は話が見えてこない様子でいる。
「光一が浮気したからよ。あの時は何度も話し合った結果、私達は別れることになった。ただ、あの時、光一は浮気相手のことを全く話してくれなかったのが気掛かりだったけど…」
庸子は目に涙をためて、別れた当時のことを思い出しているのか、弱々しい声で話す。
「光一の浮気だけで殺害なんて、そんなこと…」
健は途中で言葉を失ってしまう。
「浮気だけで殺害なんてバカらしいって思うでしょ? 私の知らない相手だったらそんなこと思わなかった。でも、相手が相手だったから…」
「浮気相手って誰なの?」
「私の姉よ」
庸子の告白に、全員は驚きの表情を見せた。
宏明でさえ、予期してなかった庸子の告白に唖然としてしまう。
「一回生の夏頃から光一は姉と私に内緒で付き合ってた。そのことを知ったのは、ちょうど一ヶ月前のことよ」
「なんで知ったんだ?」
中谷教授は聞く。
「姉の部屋に用があって入った時、机の引き出しの中に二人で撮った仲良く笑顔で写ったプリクラが数枚出てきた。その時、“浮気相手は姉だったんだ”って直感的に思ったわけ」
庸子の頬に伝う涙を拭いながら話してくれる。
「しかも、あの頃、姉は中絶手術をしたの。当時、姉は光一の子供を妊娠してたってわけ。姉は“彼氏との間に出来て、彼氏が父親出来ない”って言われたから堕ろしたって、私だけに話してくれたわ」
庸子の目には涙に滲む目から、姉とかつての交際相手を憎む憎悪の目に変わっていた。
「殺害を決意したあなたは、お姉さんの部屋から0.3gの青酸カリを盗み取り、リンゴジュースのカップに入れたってわけですね」
宏明は庸子を見据えた。
「そうよ。私、今でもこんなに光一のことが好きなのに…。別れてもやり直そうと思えば、やり直せたはすなのに、なんで殺してしまったんだろ…」
庸子は少し後悔してるような口調だ。
「あなたに光一さんへの想いがあるんだったら、なんでその想いを大切にしようとしなかったんですか? 人の想いはいつか色褪せていくものだ。だけど、想いが色褪せていく前に、もっと自分の気持ちを出していかなかったんですか?」
宏明は庸子に語りかけるように聞いた。
「二葉…さん…」
庸子は答えられず首を横に振りながら下を向いた。
「ちょっと性格を変えれば、あなたは素敵な女性だ。なのに…」
宏明はこの先は何も言えず言葉につまってしまう。
「そういうとこ、いいなって思ってたんだ。ただのファンだけで、二葉さんをずっと遠くから見てるだけで良かったのにな。二葉さんに近付き過ぎたよね」
淋しそうな笑顔で宏明に言った。
「さぁ、行こう」
谷崎警部は立ち上がる。
「あ、待って。事件とは関係ないけどまだ話が…」
宏明はバツの悪そうな表情で、谷崎警部を止めた。
「わかった。話ってのはなんだ?」
谷崎警部は再びソファに座った。
「光一さんのことです」
「光一のこと…?」
誠一と亜矢は、互いに顔を見合わせた。
「えぇ。もしかして、元山夫妻のお子さんではないのではないのですか?」
宏明の質問に、誠一と亜矢は戸惑いを見せた。
二人以外は全員は二人のほうを見ている。
「確かに光一は私達の息子ではありません」
誠一は頷くように答えた。
「でも、なんでそのことを…?」
亜矢が宏明に質問です。
「あなた方の態度です」
「私達の態度…で…?」
「はい。光一さんが亡くなった日から、あなた方は光一さんに興味がないような、いなくなって良かったというような態度でした。これはどういうことなのか? これもまた写真なんですが、ある場所で見て納得しました」
宏明は全員の顔をしっかりと見て説明した。
「その写真は、中谷教授の大学の部屋に伏せて置いてあった写真です。三十代前半の教授と幼稚園児の光一さんでした。光一さんは教授の息子さんですよね?」
宏明は中谷教授に同意を求めるように見た。
「確かに光一は私の息子です。私は当時、莫大な借金があり、幼稚園児だった光一を施設に預けることになったんです
。そして、やっと借金を返済し終えて、光一が高三の夏に迎えに行ったが、すでに光一は元山さん夫妻に引き取られていました。私は光一の幸せを願い、これ以上捜すこともしませんでした」
中谷教授は当時のことを全て話した。
「大学に入って、史学科で知ったんですね?」
有沙の質問に頷く中谷教授。
「教授の息子だとは知らずに…」
誠一はちゃんと育てておけば良かったということを、言葉の中に含めた。
「いや、いいんです。立派な息子ですよ」
中谷教授は光一の笑顔を思い出して話した。
「話はこれで終わりです。警部…」
谷崎警部は頷き、庸子の背中を軽く叩いた。
「二葉さん、指紋以外に私が犯人だってわかった?」
庸子の質問に、少し考えて答えた。
「二日前に茶山さんの下宿先に行った時に、あなたが犯人だと確信しましたよ」
「あの時に…?」
「はい。元山さんと付き合ってた頃の写真を元山さんの家で見たとオレが話した時に、あなたは“あの写真”と言いました。元山さんの家で見た写真は全部で数枚見ただけで、付き合ってた頃の特定の写真を見たと言ってないのに、それで変だなって思ったんです」
答えを聞いた庸子は、感心したように宏明を見た。
「さすが、二葉さん。かなわないわ」
そう言い残すと、庸子は谷崎警部と共に来客室を出て行った。
来客室はしんと静かになった。
「なんか、切ない…ね」
有沙はまだ戸惑っているのか、声が震えている。
「うん。庸子が犯人だとは…」
二人の胸には、ポッカリと穴があいた感じだった。
二人には大切な友達がいなくなったからだ。
「おばさん、元気になれるようなものもらえません? 何でもいいんで…」
有沙は亜矢に言った。
「じゃあ、アップルパイでいいかしら?」
亜矢は立ち上がりながら聞いた。
こうして、事件は幕を閉じたのだった。