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四人の話

翌日の昼、宏明は弱すぎる証拠をもっと強力にするために、光一の両親や友人である健達に電話でアポを取り、話を聞くことになった。

みんな、警察より親しみがあるし、しつこくないという理由から快く応じてくれた。

まずは光一の家へと向かうことになっている。今の時間帯は亜矢だけしかいないとのことだが、宏明はそれでも良かった。前に誠一から話は聞いているし、本当は光一の姉弟からも話は聞きたかったのだが、それは仕方ないと思い、光一の家のインターホンを鳴らした。

すぐに亜矢が対応すると、来客室に通された。

亜矢は紅茶とクッキーを持ってくると、宏明の前に置き、向かいのイスに座った。

「すいません。急に押しかけて…」

コ―ヒ―派の宏明は、紅茶に砂糖を多めに入れながら詫びた。

「全然、構いませんよ」

亜矢はニッコリと笑顔で答えてくれる。

「前にお伺いした時、記者が張り込んでいたんですが、今はいないんですね。何も聞かれずに済みましたよ」

本題に入る前に、光一の家に着いた時、前にいた記者がいないのに気付いた宏明はさりげなく言ってみた。

大物政治家の息子が殺害された大事なニュースなだけに、犯人がわかるまで張り込んでいるものだと思っていたからだ。

「光一が亡くなって毎日のように張り込まれていましたよ。でも、その時だけで四、五日前からは全く…。今はニュースでも取り上げていませんからね。本当にヒドイ話ですよね」

そう答えると、亜矢は少し淋しそうな表情をした。

亜矢のその表情を見て、光一に対してあまり興味を持っていない、素っ気ない態度を取っていたのを裏腹に、本当は光一が亡くなって淋しいんだ、もっと側にいたかったんだ、と宏明は痛感した。

「報道するほうも見るほうも考えて欲しいもんですね」

淋しさを隠すように亜矢は続けた。

「そうですよね。嫌な話をしてすいません」

宏明は本題に入る前に自分の興味本位で聞いてしまったことを素直に謝った。

「いいんですよ。それで、お話ってのは…?」

亜矢は淋しさを断ち切るようにカップソ―サを持ちながら聞いた。

「今日、お伺いしたのは察してると思いますが光一さんのことで…。あまり思い出させたくはないんですが大丈夫ですか?」

宏明は遠慮がちに聞いた。

「いいですよ。二葉さんて本当に気遣いが上手いんですね」

紅茶をすすった後に優しく微笑みながら言った。

突然の亜矢の言葉に、一瞬、理解が出来なかったが、理解すると宏明は照れてしまった。

「いやいや、とんでもない。そんなことないですよ」

両手を大きく横に振る。

「警察の方も二葉さんみたいに気遣いが出来たら…。あ、すいません…話がそれてしまいましたね。光一の何が知りたいんですか? なんでも聞いて下さい」

「はい。光一さんのアルバムを見せて欲しいんです。出来れば幼少の頃からの…。いいですか?」

「はい。今、持ってきますね」

亜矢は立ち上がると、小走りに来客室を出た。

すぐに戻って来ると、何冊かのアルバムと紙袋を持ってきた。

「こっちが幼少の頃のアルバムです。この袋に入ったのが、光一が使い捨てカメラで友人と撮った写真です」

宏明は全てを亜矢から受け取ると、光一の幼少時からのアルバムを開いた。

幼少時の光一は、今と面影が変わらず、クルクルと回る表情が愛らしい。しかし、中学中盤になってくると、宏明が亡くなる前に会ったような光一が目立ってきている。

「光一さんはいつ頃からこんな感じになったんですか?」

「中二の夏休み明けです。友達の影響なんでしょうね。それまで真面目だったので夫共に驚きました。それ以来、先生に何度か呼び出される事が多くて…。その度に夫は怒ってましたが、それでも言うことを聞かなくて、夜遊びをしては補導ばかりでした」

当時を思い出しながら語る亜矢の口調からは、大変さが窺える。

「補導されていたのは中学時代だけですか?」

「そうです。高校は二回も停学になりましたが、なんとか卒業してくれたんです」

包み隠さず答えてくれる亜矢に、宏明は感心してしまう。

それに、中谷教授が言っていた、「真面目な青年」というのも中学途中で変わった光一を見ているとうなずける。目的を持って大学に入ったのだから、変わっても根は何も変わっていないのだとわかる。

次に使い捨てカメラで撮られた写真を見ると、中学よりも高校のほうが学校生活を楽しんでいる様子だ。その中に庸子と付き合っていた頃の写真も交じっていた。昨日、庸子に見せてもらった写真で見た、庸子の姉と庸子と三人で撮られた写真が一枚あった。

――薬丸さんの姉とも知り合いだったんだな。まぁ、元山さんが薬丸さんの家に遊びに行けば自然と顔を知ることになるか…。

そんなことを思いながら、一通り写真を見ると袋に入れた。

「光一さんて政治家の父親を持ってどう思っていたんでしょうね?」

宏明は目を合わせずに聞いた。「怒ってばかりの父親だと思っていたんじゃないでしょうか。さっきも言ったとおり、夫は事あるごとに怒ってばかりだったんで…。私の知る限り、褒めることはしていなかったんじゃないかと思います」

亜矢は右手を顎に当てて答えてくれた。

「そうですか。ありがとうございます」

宏明は礼を言うと、帰る支度をする。

「何か役に立ちましたか?」

「えぇ、まぁ、少しは…」

苦笑いしながら遠回しに返事する。

「何かあればいつでも言って下さいね」

「わかりました」

さっきと同じ淋しそうな表情になった亜矢に、宏明はドキリとしたが、それを隠した。





それから、宏明は光一の家から健と有沙と庸子と待ち合わせ場所である健の下宿先へと向かった。約束の時間から五分程遅れた宏明は、三人に詫びた。

「二葉さん、お久しぶりです」

健は笑顔で言ってくれた。

「久しぶりです。みなさん、元気ですか?」

宏明は上着を脱ぎながら聞いた。

「今のところは…。二葉さん、コ―ヒ―飲みます?」

「はい、飲みます」

宏明の返事を聞いた健は、マグカップにコ―ヒ―を入れて渡した。

「二葉さんと会えて嬉しいわ。昨日も会って今日も会えたもん」

庸子はキラキラした笑顔になっている。

宏明の胸中は、また始まった…オレを見るといつもこうだ、と思っていた。

もう庸子に対してこんなことしか思わなくなっていた。

「早速なんですが、光一さんが友人に“オレは一人っ子だ”なんて言っていたのを警部から聞いたんですが、本当ですか?」

谷崎警部から仕入れた情報を、事実かどうか自分の耳で確かめたかった宏明は、健達に聞いた。

「それ、本当ですよ。元々、光一は自分の家族のこと話したがらないんだけど、兄弟のことだけは“一人っ子だ”って言ってたんです」

「私も付き合ってた頃に、“オレは一人っ子だ”って聞いてたもんだから、光一の家に遊びに行った時に、お姉さんやお兄さんがいたから変だなって思ったんです」

健の後に庸子も答えてくれた。

「その後に元山さんに“一人っ子じゃないじゃない”って言いましたか?」

宏明は庸子に聞いた。

「勿論、聞いたわよ。光一は“別にいいだろ”なんて言ってまともに対応してくれなかった」

庸子は口を尖らせる。

「それはいつ頃ですか?」

「高校卒業してすぐよ」

「そうですか。浦井さんはどうですか?」

「私は直接聞いたわけじゃないけど、庸子に聞いてて知ってました」

「光一はなんで“一人っ子”って言ったんだろ?」

庸子はずっとわけがわからないでいたのだ。

「そう言った理由が何かあったのかな?」

有沙も庸子同様、光一の発言の意図がわからないでいる。

「なんででしょうね。元山さんの両親が語ってくれば一番なんですけどね」

そのことに関して何もわかってない宏明も首を傾げる。

「さっき元山さんの家に行ったんですが…」

話題を帰る宏明。

「写真見せてもらって、薬丸さんと付き合ってる頃の写真ありましたよ」

過去のことを言ったら悪いなと思いながら、光一とのことを口にした宏明。

「ヤダ―!! 光一のお母さん、あの写真まだ持ってるの?! 捨てておいてって別れる前に言ったのに―!!」

庸子は外まで響くような大声で過去の過ちのように言った。

「いいじゃね―の。光一の親からしたら大切な息子の残してくれた写真なんだから…。庸子からしたら、思い出したくない過去かもしれないけどさ」

健はなだめるように言う。

「そうよ。光一と付き合ってた事実は変えられないんだよ」

有沙は最もなことを言う。

「そうだけど…。二葉さんだけには見られたくなかったな。だって、恥ずかしいんだもん」

庸子は頬をふくらませる。

宏明は驚きながら三人の会話を聞いている。三人の会話が事件の真相に少し近付いたからだ。

「過去の話をしてすいません。元々は元山さんと好きで付き合ってたわけだし、別に恥ずかしがらなくてもいいと思いますよ」

宏明は心の動揺を隠しながら庸子に伝えた。

「そうよね。二葉さんにそう言われるとそうなんだって思っちゃった」

フフフ…と笑いながらの庸子。「庸子ってば単純なんだから…」

呆れ顔の有沙。

「いいのよ」

庸子が言った後に、宏明のケ―タイがバイブした。

見ると、谷崎警部からで後で連絡が欲しいとメールが送られてきた。昨夜の電話の件だと直感した。

「わかりました。ありがとうございます。また何かわかれば連絡します」

宏明はケ―タイを片手に三人の顔を見た。


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