6話
「俺、思うんだけどさ……『魔王に会いたいんですけど』ってお願いしても、一人も取り次いでくれないとか、おかしくない?」
王都ではよく魔族を『蛮族』とか『非文明種族』とか呼んでたようだけど、そう呼ばれる理由がわかった。
『あの、魔王様にお目通り願いたいんですけど』
『死ねぇ!』
みたいな会話が幾度も繰り広げられたのだ。
けっきょく一人で歩いてきたよ!
途中何度も道に迷いながら。
「こっちは手土産まで持って、しかもアポイントとろうってお願いしてるわけじゃん? 『今日は都合が悪い』とかならそう言ってもらったら大人しく引き下がるんだからさ……都合悪いから殺しに来るとかなんなの? ……あ、なるほど、ひょっとして魔族は相手をお待たせするよりも殺した方が失礼にあたらないとかいう文化があるの?」
「貴様が『文化』を語るとはな」
ふん、と魔王は笑った。
それにしても、だ。
若くて美人。
銀髪と銀色の瞳は初めて見た。
目が切れ長でクールそうなのもいい。
俺、クール系の美人に弱いんだ。
胸はまあ、並?
でも全体的にバランスがよくって、見たことない……なんだろ、太い布のベルトで留めるタイプの服なのかな? そういう意匠の服もよく似合っている。
あと、たまらないのが、耳と尻尾だ。
頭の上に生えた三角形の耳と、腰の後ろから伸びた、髪の毛とおそろいの色の尻尾。
獣人魔王はエキセントリックでスペシャルな魅力にあふれた女性だった。
目尻に紅を引いたメイクもポイント高い。
「……あ、でもそうか、確認しなきゃ……ごめんなさい。魔王っぽい部屋で、魔王っぽい椅子に座って、この部屋の前に立ってた人たちが『魔王様』って呼んでたから、君のこと魔王だと思ってしまったんだけど……魔王でいいよね?」
「そうだな。それで――侵略者よ。貴様はなにを望んで、我が前に立つ?」
「これ、勇者の首です。あなたに降りに来ました」
「…………思わず、言葉を失ったぞ」
「なんで?」
「私に降りに来た者が、なぜ、私の部下どもを殺して我が前に立つ?」
「え、俺が悪いの? 俺は自衛をしただけなんだけど」
「すべて自衛か?」
「俺は自分の身を守る以外の理由で人を殺したことなんか一回もないですよ」
「ここに来るまで、我が領地の民をすべて殺してきたのも、自衛か?」
「殺してない! 一人も!」
「我が差し向けた軍をもすべて殺しただろう」
「だから自衛だってば!」
「……なるほど、そういう手合いか」
「なんでため息つくの? 俺は……俺は、あなたに忠誠を誓いますよ。だから俺の努力を認めてよ。誰にも協力してもらえず、誤解されて刃を向けられながら、あなたのために、一生懸命、勇者の首をここまで持ってきたじゃないか!」
「貴様の考えがなに一つ理解できぬ。貴様はもう、どうしようもないほど、私の『敵』だ。……領地を壊滅させられ、城の部下を殺され、どうして私が貴様を受け入れると思う?」
「だから殺したのは自衛だって言ってるじゃないか! 襲ってこなかったら殺さなかったよ! くそ! 全然話が通じない! どうなってるんだ!?」
これが文化の違いか。
魔王の部下になって、油断している隙に殺す作戦なのに、文化の違いから部下にしてもらえそうもない。
ああああ……いつもこうなんだ。
詰めが甘い。
あと、運が悪い。
「……まあ、なににせよ。私が一番わからないのは、貴様が、私に降ろうというあたりだ」
「……は?」
まさか、バレてるのか。
俺が油断を誘うためにいったん降ろうとしてるのが、見抜かれてるのか?
魔王恐っ……頭の中身を読まれてる?
「貴様が私に降る必要性がどこにある?」
「い、いやいや……え、えっと……俺、便利ですよ! 盗賊なんで、盗むのが得意です。それに盗賊っても勇者パーティーにいたぐらいなんで、戦闘も人並み以上にできますし」
「……貴様と会話を試みるのが間違いか」
「会話しましょう! 俺、会話大好き!」
「……まあ、貴様が望むなら、私はそれでもいい。どの道、我らはもう終わりだ。最後ぐらい勝者の意に沿ってやる。勝者がどのようなモノであったとしても」
「……なに言ってるんですか?」
「――貴様、私を殺すぐらい簡単だろう?」
「……」
「我が街を滅ぼし、我が軍を滅ぼし、城に詰めていた我が近衛さえ滅ぼし――たった一人となった我が前に立っている。単身で我らを絶滅させかけておいて、今さら私に降るなどと、意味がわからんよ。こうして話している最中に、気まぐれで私を殺すなど、簡単だろうに」
「そんな、殺すだなんて……俺はあなたに害意なんかありません。あなたに従うためにはるばる来たんです」
「……なにが望みだ?」
「俺はただ、認めてほしいだけなんだ」
「……」
「俺、がんばったんだよ。地道に努力をしたんだ。コツコツ、一つずつ積み上げたんだ。……だっていうのに、みんな俺を褒めてくれない。俺に優しくしてくれない。俺はただ、人並みに、人に優しくされたかっただけなんだ。努力を認めてほしかっただけなんだよ」
「貴様に通じるかわからないが……私はな、敗者は勝者の望みを叶えるべきだと思っている」
「……」
「敗北とは、すべて奪われるということだ。……どれほど憎い相手であっても、玉砕覚悟で殺してやりたい相手であっても――いや、そういう相手であるからこそ、すべてを差し出すのが敗者の務めだと考えている。戦争を仕掛けた王としてな」
「……」
なにを言ってるのか全然わからない。
王様のたぐいはなんていうか、言葉が難しいよね。
「貴様は勝者で、私は敗者だ」
「いや、まだあきらめないでくださいよ! 俺、魔王軍でがんばるから! まだ逆転狙えるから!」
「もういい! ……私の負けだ。お前の好きにしろ」
「……え?」
「たった一人となった『魔王軍』だが、全面的にお前に敗北を認める。だから……だから、生き残りをもし見つけても、殺さないでくれ。私はどうなったっていい……貴様に全部、ゆだねる……」
「それは困る。俺はあなたに降ってから、あなたを殺す予定なんだ」
「……」
「俺の努力を台無しにしないでくれ。いっぱい傷ついて、いっぱい悲しんだんだ。色々な痛手を受けながらここまで来たんだよ。降ってから殺すんだ。俺を信頼してあなたが油断しているところを背後から殺す予定なんだよ。だから、そんな、負けを認めないでほしい。俺の予定を勝手に変えないでくれ。困る」
俺はどうにも秀才タイプなので、いきなり状況に変化されると弱い。
あと、自分で決めた予定を相手の勝手な都合で覆されると――どうしようもなく、イライラしてしまう。
「……貴様が、私に降ることを望むなら、私はそれに従おう。魔王軍は――私は、貴様を受け入れる。貴様が満足し私を殺すその日まで、全幅の信頼をあずけよう」
「…………俺のこと、信じてくれるの?」
「貴様が望むなら」
「………………」
なんだろう、息詰まるような。
目頭が熱い。
涙がこぼれてくる。
「うっ……ひぐっ……お、俺、ようやく、俺を信じてくれる人と出会えた……! みんな信じてくれなくって……! で、でも、魔王が、俺を、信じてくれた……! 魔王、優しいな……それに、懐が深い……! みんな、俺を嘘つきだってすぐに言うのに、俺を信じてくれるんだ! 魔王が! 魔王だけが! 俺を!」
「……」
「嬉しいなあ……嬉しいなあ……! ああ、そっか……報われなかった人生は、この時のためにあったんだ……! 長かった……! 前の人生、大往生でさ……! 無駄に長生きをして、泥棒の技を極めること以外にやることなくって……一人で黙々と……寂しかったんだ!」
「……そうか」
「信じてくれてありがとう。俺、あなたのために一生懸命がんばるよ」
「…………そうか」
「なにすればいい?」
「………………私が、貴様に指示を出すのか?」
「アンタ王様だろ? 俺はその部下だよ? アンタが指示出すのは当たり前では?」
「……そうか。では、そうだな……人間を滅ぼそう。我らの先祖を迫害し、辺境に追い落としたアレらを。そしてようやく切り拓き住むのに不自由しない土地を手にした途端、それを奪おうと襲い来る人間を滅ぼそう」
「わかった!」
信頼してくれた魔王のために、がんばろう。
彼女の信頼を得て、彼女の無二の存在になって、彼女を裏切って殺すためにがんばろう。
そうしたらきっと、ようやく、俺の人生は報われるんだ。
ああ――盗んでよかった。
『過去を盗む』ことで始まった第二の人生は、どうやら順調に目標を達成できそうだ。
傷ついたって、あきらめなければ夢は叶うんだって、ようやく信じてもよさそうだよ。