3話
エルフの砦で五日ぐらい過ごしたんだけど、なんか臭くなってきたから出た。
そりゃあ仕方ない。だってあんなに死体があるんだもの。
まだ息のある子はいないかなと思って探してみたけれど、誰も生き残っていなくって、あんなかわいい子だらけなのにすげー虚しい思いをした。
一人で自分を慰めた。
衣類をもらって食糧ももらって(※盗賊なので大丈夫)、勇者の首と聖剣と新しいふろしきを手にいざ、魔王のもとへ。
ここからは魔族の領地なので新しい出会いもあるでしょう。
荷物持ちがほしい。
荷物持ってくれなくってもいいから話し相手がほしい。
俺はおしゃべりが好きで、笑うのが大好きだ。
いつだって、一緒に楽しい時間を過ごせるパートナーを求めている。
そんな俺の願いを神が聞いてくれたのか、行く果てに街のようなものが見えてきた。
会話相手に飢えていたので、入ったね。
「うわっ!? 女物のエルフ服を着た人間の男が!?」
捕まったね。
まあ、魔族の領地だし、人間の身でのこのこ訪れたらそりゃあ捕まるかと思い、反省して、捕まっておくことにした。
荷物全部没収された。
しかし、神は俺を見捨てなかった!
「あなたの持ち物の中に――勇者と思しき人間の首があったのですが」
牢屋に入った俺の前に現れたのは、気弱そうなドワーフのお嬢さんだった。
賢そうで偉そうな、勲章のいっぱいついた布の多い服を着ている。
たぶん賢くて偉いんだろう。
あと、メガネ。
ドワーフっていうのは魔族の中でもチビが多くって、しかしそのチビらは別に子供っていうわけじゃないらしい。
つまり目の前の彼女は子供か大人かわからない。
「そのメガネは子供用? 大人用?」
「は? ……あ、は、はあ……その、あたしは大人です……人間にはわかりにくいかもしれませんけれど、この街の執政官をしています」
「なるほど。執政官って偉そうだな。なのにこんないち牢屋人の前までわざわざ足を運んでくれるとか、君はもしかして、ものすごく優しいんじゃないのか?」
「いえ、その……ことがことなので……勇者の首ですからね。ひょっとしてあなたは、勇者を倒して、魔王軍に降るつもりなのではないかと思いまして」
「話が早い! そう! そうなんだよ!」
「やっぱり。魔王軍に降る人間は、実はそこそこの数いるのです。……普通、亡命者がいれば、西にある砦のどれかから伝令が来るのですが……今回は、来なくて」
「へえ」
どうやら俺が捕まったのは、砦の住人の職務怠慢が原因らしい。
なんだよ、普段はやるのになんで俺の時だけ伝令飛ばしてくれないんだ。
俺だけ扱い軽いよなあ?
いつもこんな感じだよ。
「あ、あの、ところで、これはまったく職務とは関係ない質問なのですが……」
「いいよ! 俺は質問をするのもされるのも大好きなんだ! 会話に飢えててさ。ここまでずっと一人旅だったから……」
「そ、そうなんですか……では、遠慮なく……あの、なんで、女物のエルフ服を着ているんですか?」
「もともと着てた服がひどく汚れちゃって、しかも洗ってもなかなか汚れが落ちないもんだから、ちょっとその辺にあった服を拝借したんだよ。俺、盗賊だから盗んでもいいでしょ?」
「いえ、盗賊だから盗んでもいいというわけでは……服を盗まれたエルフの方はきっと困っていると思いますよ?」
「……君は優しい子だなあ」
涙が出てきた。
人の優しさ――人ではなく魔族だけれど、とにかく優しさに触れて、かさついていた心が潤っていくような感じがする。
「優しいって、いいよな……俺もさ、常々人に優しくしようって心がけてるけど、まさか、今目の前にいないエルフが困ってるんじゃないかと想像して心配するだなんて、君の優しさは度が外れているよね……」
「えっと……褒められてるんですか?」
「大絶賛だよ! かわいらしくて、優しくて……しかも賢い」
「え、えへへ……? あ、ありがとうございます……?」
「君みたいな子とずっと一緒にいられたら、楽しい旅路になるだろうなあ」
「ありがとうございます」
「じゃあ、行こうか」
「……え?」
「俺、魔王に会いたいんだよ。だから一緒に行こう」
「……い、いえ、えっと、あたしは執政官ですから……この街を離れるわけには」
「今『君みたいな子とずっと一緒にいられたら楽しい旅路になるだろうなあ』って俺が言った時、『ありがとうございます』って言ったじゃないか!」
「あの、承諾したわけでは……褒められているようだったので、お礼を言っただけで……」
「このッ……」
おっと。
俺は短絡的でいけない。
今のは俺の伝え方が悪くて意思の疎通がうまくできていなかっただけという可能性もある。
ここで相手を嘘つきだとか、優しい顔して実は全然優しくないだとか、そういうことを思いこむのはよくない。
それに、相手にも立場があるんだ。
いきなり一緒には行けない事情がある場合だって考えるべきだろう。
よし、落ち着いた。
改めて。
「俺と一緒に、旅をしてくれないかな?」
「……えっと……ごめんなさい、仕事があるので……」
「…………そっか。ちなみに君の仕事ってなに?」
「色々です。主にこの街の管理運営が仕事でして……ここは人側からの亡命者も多いので、魔族と亡命者とで問題が発生した時など、仲裁したり……それだけではありませんが、色々です」
「なるほどなあ。ところで俺、君の仕事が早く終わるように手伝いたいんだ」
「街の運営にたずさわりたいと? ……まあ、亡命者に仕事の斡旋をするのも、あたしの仕事ですから……ただ、その、やっぱりここは魔族の街なので、行政にかかわる仕事を人間がするのは……肩身が狭い思いをするかと……」
「大丈夫だよ! 肩身の狭い思いは慣れてる!」
「え、えっと……街の様子も知らないうちから、街の運営をするというのも……」
「じゃあ、街の様子を学ぶよ! ここから出してくれたら、すぐに街をひとまわりして、様子を見てくる」
「……そ、そうですね……熱意を阻むのも悪いので……じゃあ、荷物はお返ししますので、街を見て……えっと、うーん……あ、困っている人がいると思いますので、その人たちの問題を……十……二十……三十も解決していただけたら、行政に携わる機会を与えても、不満は出ないかなと思います……」
「わかった。三十件の困りごとを解決すればいいんだな。やってみせるよ!」
「はあ……あの、あまりご無理はなさらないように……無理だと感じたら、言っていただければ、他のお仕事を斡旋できますので……」
「大丈夫だよ。これでも人生経験は豊富なんだ。なにせ二回目だからね」
「……ええと」
「とにかく心配しないで。君は優しいようだけれど、あまり余計な心配をするのはよくない。見てて、すぐに三十件の困りごとを解決してみせる。たぶん、今日中に終わるよ。そうしたらまた会ってくれるだろう?」
「そ、そうですね……はい……会うぐらいなら……」
「約束だからね」
「はい」
荷物を返してもらったので、俺は早速『街の困りごと』を解決するために動いた。
三十人殺して、被害者遺族から『犯人を捕まえてくれ』という依頼を受けて、捕まった。