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1話

「悪いんだけど――」



 ――来た!


 人里離れた広大な平原。

 野宿七日目で主に女性陣のストレスが限界に達したこの昼下がり。

 食べる物が尽きて空腹の中イライラがマックスのことタイミング。


 ここからの流れは知っている。

 俺を勇者パーティーから追放する気だ。


 イヤミったらしく、いかに俺が役立たずかをあげつらって、メシが手に入らないのも、次の人里まで遠いのも、こないだの魔族との戦いで傷ついたのも、なんなら昨日歩いてる最中に雨が降ったのだって、全部全部俺のせいだとイチャモンをつけてくるんだ。


 んで、俺一人を悪者にして、追放。


 追放された俺は、勇者の根回しで街に戻ることもできなかった。

 たぶん、俺に街で吹聴されたくないことがいくつもあったからだろう。

 当然ながら魔王退治に伴う名声や報酬を得ることもできずに、延々と辺境の村で近隣のガキどもに『昔はすごい人だった』アピールをするだけの、しがない老人に成りはてるのだ。


 そんな惨めな人生――二度と(・・・)経験したくはない!



「なあ、勇者」



 だから俺はそいつの言葉を遮るように、言葉をかぶせた。

 発言を遮られた勇者は不機嫌そうな顔をしたけれど――



「なんだよ」



 女どもの手前、寛容さを示したいんだろう、俺の話を聞いてみることにしたようだ。



「勇者――お前の言いたいことはわかるよ。最近、パーティーの雰囲気も悪い。魔王討伐の旅はまだ半ばぐらいだろうってのに、このままじゃみんなのモチベーションがもたない。そう考えてるんだろう?」

「そうだな。それで――」

「けどさ! ……その責任を俺に問おうっていうなら、間違ってるんじゃないか?」

「……なに?」



 勇者はかたちのいい眉を動かし、不可解そうな顔をした。



「だって、最近のギスギスの原因ってさ、アンタが二股かけてるからだろ?」

「んなっ……!? …………い、いやいやいや! かけてない! かけてないけど!?」

「じゃあ、戦士と僧侶、お前の彼女はどっち?」

「いやっ、それは……そ、そもそも、魔王討伐の旅で、そんな、色恋にうつつを抜かすはずがないだろう? 僕たちは重大な使命を帯びて命懸けの旅の最中なんだ。そんな、誰が誰を好きかなんて……なあ、みんな?」



 しかし戦士と僧侶は黙ったまま、勇者を見ていた。

 勇者の長い金髪がみるみるイヤな汗でヘタッていく。



「……この話はここまでにしないか? なあ、みんな?」

「まあそうだよなァ。どっちとも付き合ってないだろうなァ。色恋にうつつを抜かしてる場合じゃないもんなァ」

「そうだ! その通り! 盗賊、いいことを言った!」

「――だって勇者、お前、魔王を倒したらお姫様と結婚するもんな」

「………………なん……で……なんで! お前が、そのことを知ってるんだ!?」



 知らない。

 ただ――魔王を倒したあと(・・・・・・・・)、勇者がすぐに第一王女と挙式をあげたので、旅立つ前にそういう約束があったんだろうな、と推測しただけだ。


 当たったらしい。



「いやしかし、四人パーティーでうち二人に二股かけるとかスゲーな勇者様……おまけに本命は第一王女サマとはねェ……なるほど聖剣の使い手だわ……俺にはまねできません……さすがです勇者様……」

「おっ、お前! 盗賊! お前のそういうイヤミなところが、パーティー内の空気を悪くしている原因だと!」

「すいませんねェ、ひねくれてて。育ちがよくないもんで。勇者様みたいに大きなお屋敷で育てば心も大きくなったのかもしれませんねェ」

「この……!」

「で?」

「……なんだ?」

「パーティーで二股かけられていた女性陣のいらだちがおさまらない様子なんですが、どういう対処をなさるおつもりで?」

「お前のせいだろう!?」

「いやいや、アンタのせいでしょ。俺が二股かけてたわけでなし」

「ふ、二股などと……僕は、ただ、その、なんだ……率いる者として、みんなの士気が上がればと思って……」

「士気どう? 上がった?」



 女性陣に問いかける。

 しかしお二人とも、俺の言葉なんざ耳に入っちゃいない。


 勇者をにらみつけている。

 こんなに女性から嫌われるだなんて、男冥利に尽きるのかな?



「ぼ……僕が! 僕がいなくなったら、魔王は倒せないぞ!? それでもいいのか!? 僕の聖剣がなければ、魔王に攻撃は届かない」

「ああ、コレ?」



 手の中の聖剣(・・・・・・)を抜いてみせる。

 勇者は一拍遅れて、自分の腰にあるはずの聖剣がなくなっていたことに気付いたようだった。



「お、お前……!? いつ盗んだ!?」

「『物を盗む』。盗賊としちゃあ基本技能ですよ。前回は(・・・)最期まで卑しい人生でしてね。英雄になり損ねた俺の主な稼ぎの手段でした」

「……?」

「んでもって――『技能を盗む』。これで俺にも聖剣が扱える、と」



 奪った聖剣に力をこめる。

 すると、聖剣は――勇者にしか応じないはずのその武具は、俺を主と認めるかのように光り輝いた。



「……馬鹿な」

「呆然としているところ悪いんだけどね、聖剣を盗まれた程度でおどろかれちゃあ、こっちも仕掛けの施しがいがない」

「なんだと?」

「あーあー、俺はいいんです。俺はいいんですよ、本当に。俺はただ、勇者様がいなくっても聖剣は問題なく使えることを証明しただけですから。アンタがいなくたってこの旅路が全然問題なく回ることを示しただけなんです。俺でもアンタでもいい。どっちでも聖剣を使える」

「……」

「でも、ここから、俺を追い出すか、アンタを追い出すか、決めるのは――僧侶と戦士でしょう? お二人に二股の言い訳をする! これが、今、アンタのなすべきことだ。違う?」



 勇者はおびえを秘めた表情で、二人の女性を見た。

 僧侶と戦士。


 二人の女に向けて、勇者は、



「……ぼ、僕は、その……どちらとも……本気で」

「あーあ」



 思わず頭を抱えてしまう。

 きっと言い訳なんか必要ない人生を送ってきたんだろう。

 ヘタクソすぎだ。

 俺が女なら怒り狂うね。


 しかし――

 二人の女は笑っていた。


 肉感的な体を面積の小さな鎧で覆っただけの女――

 直情型で激情型、感情と拳が直結しているタイプの戦士も。


 子供みたいな体つきに、長い髪が特徴的な少女――

 穏やかな顔の裏に独占欲を覆い隠した、『怒らせたらネチッこくて恐いタイプ』の僧侶も。


 二人とも、笑っていた。

 うふふ、あはは、と。



「大丈夫だよ、勇者」

「ええ、本当に、もう大丈夫なんです」



 二人は仲よさそうにほほえみ合う。

 まあ、やらせてるのは(・・・・・・・)俺だけど(・・・・)、横で見ててゾッとする。


 真正面で見せつけられてる勇者は、顔面蒼白だった。

 あの立場に俺がいたら生きた心地しないね。


 おびえる勇者に二人は告げる。



「あたしはもう、盗賊のものだから」

「わたくしは、すでに、盗賊様にこの身を捧げました」



 勇者は、いい顔をしていた。

 常になんでも知ってますみたいな自信たっぷりの顔からは自信が消え失せ、唇まで青ざめさせてカタカタ震えて、女性にたいそう人気な甘いツラからは生気が失われていた。

 碧い目を泳がせて泳がせて泳がせて――そしてようやく、俺を見た。



「盗賊、お前、なにをした?」

「『心を盗む』。……いやなに、俺はケチなコソドロですけど、いつかは盗んでみたいじゃん、心?」

「お前……お前……! こんな時まで、その、ふざけた口調……!」

「――で、どうしよっか?」

「……なにが……」

「俺とアンタ、どっちが勇者パーティーを追放された方がいいか、多数決でもとります?」

「…………こ、の……!」



 勇者が殴りかかってきた。

 対応(・・)しようと前に出る戦士と僧侶を片手で制して――


 拳を避けつつ、胸を軽く押す。

 それだけで勇者はペタンと尻もちをつく。


 簡単だった。



「クソッ! クソッ!! どうして、盗賊なんかに勝てない……! 僕は、強い……! 僕には使命があって、それでッ……!」

「あー、ごめん、一つだけ嘘ついた」

「なんだ!」

「さっきさあ、『俺でもアンタでも聖剣使えるから、あとは選んでもらうだけ』みたいなこと言ったじゃん。アレ、嘘なんだ」

「……嘘?」



 俺は、尻もちをつく勇者の耳に口を寄せて、



「俺が能力盗んだから、今のアンタは、ただの人。――もう聖剣を使う資格も能力もないんだよ」

「……うっ……うっ……うあああああ!」

「はいはいカワイイパンチですねー。イヒヒヒヒヒヒ!」



 おっと、しまった。

 楽しすぎて笑ってしまった。

『お前が笑うと勇者パーティーの品位が下がる』とかいって、王様から声をあげて笑わないよう注意されてたっけ。

 ま、もうどうでもいいか。



「……あー笑った。んじゃあ多数決をとりますねー。このパーティーから追い出されるべきは俺だと思う人、手ぇあげてー」



 誰も、挙手しなかった。

 勇者は一発も当たらなかったグルグルパンチの疲れからか、息を荒げて俺を見上げているだけだ。



「じゃ、勇者を追い出した方がいいと思う人ー」



 戦士と僧侶が手を挙げる。

 俺も、手を挙げた。

 勇者は最後まで動かず、俺をにらみつけていた。



「うわあこれは圧倒的ですね……過半数獲得おめでとうございます。じゃ、勇者様……ああいや、『ただの人』様、あなた追放ということで」

「……覚えてろ……! 必ず、必ず、復讐してやるからな……!」

「いや、それは無理」

「……なんだと」

「俺さ、行くところあるんだよね……そのためにはちょっと必要っていうか……」

「なにがだ!?」

「うーん、こんなこと言ってはしたない子と思われたくないんだけど……」



 ちょっと、照れる。

 なにせこんなお願いをするのは初めてなので、勝手がわからないのだ。



「――元勇者様、俺、魔王軍に降るんで、手土産にアナタの首、もらうね?」

「なんッ……」



 しまった。

 せっかくおうかがいを立てたのに、返事を聞く前に首を刎ねてしまったぞ……



「……ま、いいか。戦士ちゃん、そこでおどろき顔のまま転がってる勇者の頭部、ふろしきにでも包んで持っといて。僧侶ちゃんは腐らないように処置をよろしくね」



 女どもはうっとりした表情で『はい』と言った。

『心を盗む』は『惚れさせる』とかじゃなく『洗脳』『自我剥奪』なので、反応が弱々しくて楽しくない。

 もっとこう、個性を残しつつ、なんなら『誰が貴様の命令なんぞに!』とか抵抗されつつ、でも体は従っちゃう、みたいなのがいいよね。

 よし、がんばって鍛えるぞ。



「んじゃ、魔王を目指して旅をしよう」



 上々の滑り出しで分岐点を超えることができてホッとする。

 さ、それじゃあ、始めようか。

 明るく楽しい、第二の人生(・・・・・)っていうヤツを。

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