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英雄なんて求めてない  作者: みりん
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13話 ヘルダート種

 その鳴き声は、聴く者の奥底に抑え込んでいる恐怖を、無理矢理に引き出した。



「ギューェェェェェェェェイァ」


「なっ……何だよ、この鳴き声」

「おい。すっげぇ汗かいてるぞ、大丈夫か」

「お前だって………汗もだが、震えてるぞ」


 ルイードが上げた緑煙に気付き、集まりだした冒険者達。


 皆、一様に冷や汗をかき、震えを抑えようとするが。鳴き声が聴こえなくなった今でも、震えが止まらなかった。


「やべぇな、肌がピリピリしやがる」

「何がヤバイんです?」

 ルイードの呟きに、エイトが聞き返す。


「体質みたいなもんでな。強敵が近くにいると、肌の感覚が鋭くなるんだ。この感覚は、ドラゴンを観たときの感じに若干近い………かな?つうかお前、震えてねえな」


「ビビってますよ。ただ、もっと凄い恐怖感を最近味わったので、なれですね」

 神、タージェラスの威圧を受け、死ぬ思いをしたのが懐かしい。


「さっきの鳴き声は、兵士が担当している南側からですね。とにかく、もう少しで皆が集まります。集まり次第、副マスターの元へ戻りましょう」

 ニーナの提案を聞き、今、集まっている面々は了承した。


 皆が揃い、元来た方向へ小走りで駆ける。

「ギィューェェェェァー」

 再び聴こえた奇妙な鳴き声。何人かが足を止めそうになったが、周りにいる仲間達が励ましたおかけで、止まることなく進み続けた。

 視線の先には、討伐一時中断の意味を示す、青い煙が立ち上っている。



 十数分後に、馬車が集まる場所へと戻った冒険者達は、残っていた筈の騎士が居ないことに気付いた。


「戻ったな」

「リュエンスさん、いったい何が起きてるんすか」

 先頭を走っていたルイードが、話を切り出した。

「イレギュラーだ。原因は分からんが、怪物が出てきた。…………ヘルダート種が現れ、ブルゲーターの群れを引き連れ、兵士が襲われている」


 冒険者達を沈黙が走った。

「今、フォートガスへ応援要請の使いを出している。鋼鉄級以上の者は、兵士の援護をしつつ後退、撤退する。黒鉄級の者は、ヘルダートの周りにいるブルゲーターの気を引き付けつつ、こちらも後退、撤退だ」


 集まった冒険者達は、号令と共に走り出したが、幾人かは動けずに止まったままだった。


 そんな中、エイトとニーナ、ルイードがリュエンスに呼ばれる。


「結果はどうだルイード」

「文句なく合格ですね。並の黒鉄級よりも上だと保証しますよ」

「わかった。エイト、この場で副マスターの権限で黒鉄級への昇格とする。冒険者側の援護にまわってくれるか」

「構いません、援護で良いのならやります」

「助かる。無理に戦わなくていい、奴等の気を剃らすだけで充分だ。ニーナは、怪我人の治療にあたってくれ。ルイードは兵士の援護、もしくはヘルダート種に迎撃してみてくれ」

「ええ、わかりました」

「了解」


「どうするエイト、途中まで一緒に行動するか」

「いいえ、1人で行動します。ルイードさんとニーナさんは、ソロですよね。慣れてないので、足手まといになるんで辞めときます」

 ルイードの誘いを断り、一人で行動する旨を伝える。

「それじゃぁ、行きますね。無理はしないように、駄目だと思ったら逃げて下さい」

「わかりました」

 ニーナとルイードが了承し、それぞれの役割を果たす為に南東に走り出した。



(援護なら、遠距離の方が良いか)

 荷物を置いてあった馬車に乗り込み、誰も見ていないかを確める。

開け(オープン)

 [宝殿]を開け、中から魔法鞄(マジックバッグ)を取り出す。

「気をつけて、強くなってるのは解るけど、ヘルダート種は通常の魔獣(モンスター)とは異質よ。なるべく戦いは避けなさい」

 肩に乗った、ウルスランデが忠告する。

「理解してるよ。援護をメインに立ち回るつもりだ」

 魔法鞄から長弓と矢筒を取り出し、鞄と弓を身に付けてから馬車の外に出る。

「ウール。頼みがあるんだけど」

「何?」



 馬車の外には、残っていた数人の冒険者とリュエンスが、話をしていた。


 特に気にせず、エイトは横を通りすぎようとすると、呼び止められた。

「何です、急いでるんですけど」

「あっいや、すまん」

 強く言い過ぎてしまったか、声を掛けた20代前半の男に謝られてしまった。

「その、お前は……怖くないのか、あの鳴き声を聴いただろ。俺は、あれだけで足がすくんじまって。………ヘルダート種なんだぞ、俺達なんかが敵うわけないじゃないか。ましてや数日前まで一般人だったお前なんかに、何が出きるんだよ!!」


 恐怖故か、恐怖を払おうとしているのか。男の言葉は、後半になるほど激情したが、エイトには何ら影響がなかった。


「怖いさ。でも、そんなのどうでも良いよ。俺はただ、自分の出来ることをするだけなんで。じゃ」

 それだけ言って、エイトと片に乗ったウルスランデが走り出し、男の前から消えた。


「何だよ、どうでも良いって。わかんねえよ!」

 小高い丘を越えて、エイトの姿が見えなくなっても、男はまだ視線を剃らせなかった。

「リュエンスさん………俺達って情けないんすかね」

 エイトに、声を掛けた男の仲間が言葉を発したが、答えを期待したわけでわ無かった。


「人それぞれだな。別段、行かなかったからといって、罪には訪わんよ。俺にはそれしか言えん、後は自分の頭で決めてくれ」

 そう言い残し、リュエンスは他のギルド職員と共に、すぐに撤退出きるように準備に取りかかった。



「あれか………でかいな!」

 全長30メートル、全高3メートル程の大きさの、サンショウウオに似た魔物が居た。

 特徴的なのが、不思議な色合いの表皮だ。白と黒が合わさった斑模様で、決まった形はなく常に流動し変化している。


 ヘルダート種。


 既存の生物から歪な形の生物まで、多種多様な種類があるが、一貫して共通しているものがある。

 それが、白と黒の流動する斑模様である。

 危険度は、低くてもランク7。

 鋼鉄級の冒険者が、数十人規模でなんとか足止めできるかも、と言ったところだ。



 ヘルダートの前方には、ブルゲーターが50頭以上。それが兵士の集団に食らい付いている。

 騎士が指揮を出し、隙間を作っては抜け出そうとするが、後方に居たブルゲーターが上手く回り込んでくる。

 援護に回った冒険者も加わり、ブルゲーターの気を引き付けるも、上手くいっていない。

 どうやら、ブルゲーターの中に、兵士達を逃がさないよう指示を送る者が居るのだろう。

 だが、最大の要因は。ブルゲーターの強さが、引き上げられていることだ。

 明らかに動きが俊敏で、表皮の硬さも段違いなのだ。


 兵士達の中心には、ニーナが傷付いた者の手当てをしている。手元がぼんやりと光っているので、回復魔法を使用しているのだろう。


 ヘルダートの後方には、数人が回り込み、武器、魔法とを打ち込んでいるが、致命的なダメージ迄には至っていない。

 その中には、ルイードも参戦していた。


 

「まずいな。兵士の数が4割も減ってる、騎士も1人足りない」

 辺りを見回すと、現在の場所から南東側に悲惨な惨状が広がっていた。

「くそ、ただ殺戮したいだけかよ………あそこで迎撃するぞ」

 エイトは、少し先にある小高い丘を見つけ、移動する。


「ウール、頼んだ」

 ウルスランデに声を掛け、自信は素早く長弓を構え矢をつがえる。

「此処まできたらもう、つべこべ言わないから。遠慮せず、どんどん使いなさい。魔力量に関してなら、貴方の10倍はあるわ」

「了解。―――同調、問題なし。対象は矢【引力.抵抗力・遮断】並びに、〔爆炎弾(グレネード・ボム)〕」

 鏃の先に、赤く熱された尖った石片が取り付き、放たれた。


 放たれた矢は、弧を描くことなく赤い直線ラインを残し突き進んだ。矢は、ブルゲーター集団の真ん中に居た、2頭の頭を貫き地面に刺さるも、止まることなく地中に潜っていった。

 暫く後、離れた位置の草原が盛り上がった。


「あれ?」

「どしたの?」

「いや……1頭目に当たった時点で爆発する予定だったんだけど………はて?」

「何を遮断したのよ」

「矢にかかる抵抗力」

「そんなの遮断したら、威力のある矢を紙や布に当てるようなものよ」

 物に対する抵抗値が無くなった時の、予想が全然足りていなかったようだ。

「………よしっ、仕切り直しだ」



 それからは、一方的だった。

 一矢放つ度に、1頭を確実に仕留め。巻き起こった爆炎が、近くのブルゲーターに当たりダメージを負わす。その繰り返しだった。

 ウルスランデが魔力の供給と、視覚の同調をしているので、魔力切れで倒れることも、狙いが外れることも無かった。

 気付けば、矢筒にあった30本の矢を使い果たしていた。


「あったま痛ー」

「そりゃ、あれだけの複合魔法にスキルもプラスすれば、脳が演算過多になって当然でしょ。少しは加減しなさい」

「今頃じゃなくて、最初に言ってくれいーたたた」


 痛みをなんとかこらえ、結果を確認する。

 視界の先には、30体以上の魔獣の死体が転がっていた。この期を逃すことなく騎士が指揮し、兵士を逃がしている。


「ギュワーァアアェェア」


 ヘルダートが吠え、それを聴いた者の動きが鈍くなってしまった。

「間近で聴くと、結構効くな。……ん、何だあれ」

 ヘルダートの体の隅々から、霧状の紐が幾つも現れ、残ったブルゲーターに繋がっていく。

「この感じ、覚えがあるぞ」

 ランタンの魔道具を使用した時に、流れ出ていた嫌な気配に似ているのを、エイトは思い出した。

 いや、それだけでわなかった。

 翌々気にしてみると。ヘルダート自信からも同じ嫌な気配、力だろうか、を感じた


 その気配が、ヘルダートの後方東側の林まで続いていた。


 再びヘルダートに視線を戻すと、異変が起きていた。

 ヘルダートの巨体が、薄く透明になっていき、十数秒後に綺麗さっぱりと消えてしまったのだ。


「消えた?何で」

「ちょっとエイト、そっちばかり気にしない。こっちも気にしなさい!」

 ウルスランデの切羽詰まった言葉に、振り替える。

 いつの間にか足元にいた、ウルスランデの視線の先を辿ると。生き残っていたブルゲーターの大群が、エイトの居る方向に向け迫っていたのだ。


「えっ何々、なんで此方に大群が向かってるんだよ」

「ぼぉっとしてないで、速く行動しなさい」

「ちぃっ速い、ウール捕まれ」

 向きを変え、全力で地面を蹴りつけると、爆発的な速度で離脱する。

 走りながら弓と矢筒を魔法鞄に入れ、槍を取り出す。


「ウール、後ろの様子は」

「大分離れてるけど、追いかけて来るわ」

「奴等の狙いは俺って事か!」

 前方に、冒険者と兵士が合流しているのが見えてきた。

「このままだと、ぶつかるわよ」

 兵士達が此方に気付き、慌て出している。

「そんなに、慌てなさんなってね」

 エイトは左に向きを変え、更に速度を上げて空を見上げる。


「陽当たり良好、妨げるもの無しで頭痛も収まり良好」

 走るのを辞め、ブルゲーターの群と面を向かい合わせる。

「降りてくれ、ウール。荷物の番を頼む」

「どうするの?」

「蹴散らす」

 ウルスランデが降りた隣に魔法鞄を置き、身軽になったエイトは、数歩進んで槍を腰だめに構える。


「上手く集まってくれよ。[水鏡(ミラースコープ)]」

 エイトの周囲頭上に波紋が幾つも現れ、直径30センチの10個のレンズを形作る。

 更に前方には、高さ2メートル奥行40センチの窪んだレンズが形成された。


 ブルゲーター接触まで後100メートル弱、そのブルゲーターの群に強烈な光が照射された。

 光はブルゲーターの目を焼き、表皮を焼き、苦痛を与え混乱させた。


 黒い霧により、一種の催眠状態にあったブルゲーター。

 視界を奪われ、肌を蝕む熱さにより正気に戻ったが、時既に遅かった。

 疾風のごとき速さで近付いた、エイトの槍によって1頭、また1頭と、その命を散らしていった。

 最後の1頭を仕留めたエイト、ウルスランデが待つ場所へ向かうが、その足取りは重かった。


「お疲れ様」

「流石に疲れた、頭痛までぶり返してきたし。眠りてぇ」

 鞄を持ち、ウルスランデを片に乗せてから、馬車が待つ場所まで歩く。

「ヘルダートだっけか。消えちゃったけど、近くにはもう居ないのか」

「ええ、気配も何も感じないは。もしかしたら、何者かが召喚していたのかも」

「召喚?あぁ、召喚術ね。って、あんなの召喚出来んの」

「術者にもよるわ。途中で消えた事を考えれば、熟練者ではないでしょうけど」

 エイトは、暫し考え込み思い出す。

「林の向こうに何か有るのか?……ウールも見たよな、あの嫌な気配のする霧状の紐を」

「勿論。でも、あの霧の事は他の人に言わない方がいいわ。見えていたのは、エイトと私だけだと思うから」

「それって」


「おーい、エイト。無事かー」

 ルイードが、此方に向けて走ってきた。その後ろには、ニーナと何人かの冒険者の姿があった。

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