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その十三 星に矢を放つ戦士

マヤの神話と伝説


星に矢を放つ戦士


 ヒカトゥージョ川(ホンデュラスの水量豊かなウルア川の支流)の河岸の岩だらけのシャンデリアのような隆起した地域で、嘴のように真っ直ぐに切り立った、かなり高い峡谷を持つ地域に、昔はテンコアに比肩するような重要性と豊かさを持った、マヤのヤマラという繁栄した部落がありました。

 1537年にヤマラは、住民がスペインの支配に従属し、金で税金を払うことを拒否したが故に、フランシスコ・デ・モンテホの命令で破壊されたと云われています。

 生き残った住民は四散し、その場所に戻ることは二度とありませんでした。周辺には今でも、その都市の遺跡と目される丘陵を見ることができます。

 ヤマラは都市としては消滅しましたが、郷愁をかきたてる淡い流体のような雰囲気が漂っています。また、古代の原住民が川の高い壁の中で永続させるかのように、浅い浮き彫りのように刻まれた印象的な寓話として語り継いだ、ひざまずいて天空の大きな星に向かって弓を引いて矢を放とうとしている逞しい戦士の生き生きとした神話の記憶も残されています。

 その寓話は、星に向かって矢を放つ、恋する戦士の愛と悲痛な悲劇、ヤマラの恐ろしい破滅の歴史を物語っているのです。

 この地域は全くの田舎であり、ヤマラがあったところは渓谷に囲まれた高い山頂が聳え立っており、人々は森に住んでいました。働き者が多く、信仰深い集落であり、人々はよく働き、互いに愛し合い、数世紀続いた文化を押しつぶす、髭を生やした人々(スペイン人のこと)がアメリカの地を踏むといういかがわしい予言とも関係なく、暮らしておりました。

 その村は、周辺では美しさで名が知られ、何人もの近隣の部落の貴族の息子たちに求婚されている17歳のイシュタブという名前の娘がいる、思いやり深い首長によって賢明に治められておりました。

 彼女の美しさは、ククルカン神から隠れようとする明けの明星の素晴らしい厳粛さを持って輝いていました。

 その若い娘は切れ長で深みのある栗色の大きな眼を持っていました。それはあたかも、オーク(樫)の樹の葉が囁く河の神秘的な淀みのような深みを湛えておりました。彼女の小さめの口は最も純粋な血のように赤く、白い歯は濡れた唇の緞帳の後ろで覗かせる乙女の真珠の首飾りのようでした。

成人の儀式も済み、腰には結婚できることを示すと共に、純潔を示す腰紐を締めておりました。

 ヤマラの花と言われたその若い娘にはたくさんの求婚者がおりましたが、娘の父は、毎年決まって夏になり、収穫が済んだ後を狙って略奪するためにマヤの都市を襲って来るメシーカ族に抵抗するための同盟を取り決める提案と共に、テンコアの首長に娘を嫁がせることに決めていました。

だが、娘は愛を接種する青いハエに刺されてしまっていました。

彼女は容姿端麗なホルカンという若者に愛を感じていたし、ホルカンもホルカンで同じくらい彼女を愛していたのでした。

 二人はツォルキンの祭りで知り合いました。イシュタブはその祭りの儀式に他の同年齢の娘と共に参加していました。

 ホルカンは焚き火に照らされて輝く顔を見せて踊るイシュタブを見て、彼女に気を引かれ、繁栄の踊りに心を惑わされてしまったのです。

火鉢の中ではコパル樹脂の玉が燃え、そこからあらゆる方向に薫り高い煙が出ていました。

しかし、野に咲く花と薔薇の樹の皮のエッセンスを一身に浴びた、彼女の褐色の体から発散する芳香が一番快かったのです。

とても厳かで神聖に行われた神の儀式が終わった時、薫り高い芳香がこれまで経験したことのない感覚を男の直感の中に呼び起こしたのでありました。踊りの回転の中で、その若い娘は彼に強い印象を与え、浜辺の煌めきのように輝く、その燃えるような眼差しはとても深く彼の心を捉えたのでした。

 ホルカンはその踊り手に心を奪われ、彼女に求婚しましたが、彼女は父の命令でテンコアの首長に嫁ぐこととなっており、父の決定に逆らって自分の意思を表明するマヤの女はこれまで居りませんでした。

運命を変えるような不測の事態が起こらない限りは。

或る日、何人かの伝令がぞっとするような知らせを持って、ヤマラに来て、人々を恐怖の奈落に落としました。

メシカ族がマヤの中心を襲うべく、鷲の羽根飾りを被って近づきつつあるとの知らせでありました。

闘いに際しては、ホルカンが防衛軍の指揮を執るということで軍事権を持っておりました。

ホルカンが戦闘準備ということで戦士を集め、それから、女と年少者を命を守るために十分安全と思われる隔離された場所に逃がしました。別離に際して、イシュタブは涙で頬を濡らしながら、愛するホルカンに言いました。

「ホルカン、ククルカンの精神がこの闘いであなたをお守りしますように、メシカ族に勝利をおさめ、家に無事に帰って来ますように。それでなければ、私は苦しみで死ぬことでしょう、そして私が死んだら、私の魂は暗闇の中で永遠にあなたを照らす星となって、空高く舞い上がることでしょう」

攻撃する群れは防衛軍より圧倒的に大勢でした。ウルア河の岸でなぎ倒されてしまいました。ヤマラへの道で障害物が無くなって、防衛力の無い部落は陥落し、実際の食人行為が行われました。黒曜石の武器の矢とか刃の届く距離よりも遠くに逃げられた、より素早い者は助かりました。イシュタブと彼女に従った娘たちは残虐な襲撃にさらされました。強風より酷くなぎ倒された花と同じようなものでした。

ホルカンは軍を建て直そうとしましたが、あまりにも遅すぎました。死体と煙を出している残骸が散乱した野原を見るだけでした。苦しみのあまり、発狂して天に向かって頭を上げて、優しく瞬くかのように天高く瞬いている輝く星をじっと見詰めていました。彼の頭はもはや混乱して、その星が愛するイシュタブの輝く魂であると思いました。

その日から、ホルカンは毎晩矢をたくさん持って、山の頂に登りました。天に向かって、弓を引き絞り、一本、また一本と矢を射始めたのです。あたかも、遠くの星に届くかのように。時々、素早い流れ星のように天に輝きながら消え去っていく天空の星を横切って行きました。と同時に、幾つかの隕石が炎を上げてほんの瞬間水平に輝き流れ、闇の中に消えていきました。気が狂った戦士は的に当たったと信じて元気付けられました。

ヤマラの人々は言いました。

「星をはがしたのはホルカンだ」

或る夜のこと。ホルカンが矢を射ると同時に、流れ星が地面に落ちてきました。大いなる努力が実を結んだものと思いました。輝きは遥か下の河の静かな深みに落ちていきました。

そして、ホルカンはそれを捕らえようと思い、尖った岩の頂から身を投じ、水面に向かい墜落しました。しかし、十分な深さが無かったので、ホルカンの頭は水底の石に当たり砕けました。

岩の高いところにその碑文が建てられてから何世紀が過ぎたにもかかわらず、愛する人を地上に戻すという一つの目的のため、星に向かって矢を射る戦士という残照はヤマラの神話として記憶され、かなりの鮮明さで今でも繰り返し語られています。




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