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粋な鮨屋

作者: U-3

俺は今、一人で鮨屋のカウンターに座っている。

店側からすれば一人でフラリとやって来る一見客には少し警戒心を抱くと思う。

理由はいくつかある。

「食通」か「グルメ雑誌の編集者」か「グルメサイトのブロガー」か「野暮な講釈垂れ」か「ただの酔っ払い」かのいずれかと身構えるのだろう。

しかし俺はそのどれでもない。

そうではなく単純に俺は「自称粋な客」なのだ。

一見で入った店に粋な客は間違っても「大将、今日は何がいい?」とか「ここのお薦めはなに?」なんて野暮な事は聞かない。

こんな事を一見で聞くお客は野暮を越えて失礼にあたる訳だ。

気性の荒い大将なら「うちはいいもんしか置いてないよ!」とか「全部お薦めだよ!あとはお客さんの好みのだよ」と返されればぐうの音も出ない。

そして粋な客はむやみやたらに専門用語は使わない。

醤油をムラサキ、お茶を上がり、蝦蛄をガレージ、ハマチをHowmuch?、ついでにイクラまでHowmuch?、本当にHowmuchの時にはお愛想とは言わずにお会計と言う。

自称粋な客は何事もスマートでないといけない。


注文の仕方ひとつにしても無理に食通振ってはいけない。

「そうだなぁ…まずは烏賊から。あ、耳があったら耳はスダチと塩で」…悲しくなる程に粋ではない。

自称粋な客は烏賊を含め数品を注文する。

すると大将は通ったオーダーにさっと目をやり、握る順番や醤油でいくか塩でいくか煮詰めでいくかを判断し順番に付け台に置いてくれる。

大将の心意気が感じれる瞬間でもある。

粋な客はこれを楽しむという訳だ。


店は繁盛している様子で8割がたの席が埋まっている。一人客は俺だけで寂しい半面その寂しさがより一層に俺を粋にさせる。一人で鮨を食らう自分に酔ったりもするが、冷酒で頂く純米酒に酔っている事は内緒だ。

静かに無言で鮨を口に運び目を閉じる。

鮨を頬張りながら軽くうなずく。

無言で「大将、あんないい腕してるよ」と寡黙そうな主に語りかける。

それを脇目に見た大将が「お客さん、今日は和歌山のいいマグロが入ってますがいかがですか?」

「おっいいですね。それもお願いしちゃおうかな」

粋な会話と所作がカウンターを挟んで連鎖する。


マグロという言葉に反応したのか、横の同伴客とおぼしきお客がマグロについて語り出したのが耳に入った。

「やっぱりマグロは国産の生の本マグロに限るんだよ。」

マグロのように肥えた男性客が女性客の背もたれに腕を乗せながら言う。

この横のお客も一見なのか、大将に聞こえる程度の声で横の女性に語りだす。

「社長さんは舌が越えているから…私なんて食べても国産か海外かも本マグロかキハダマグロかもよく分かりやしませんよ」

完璧な返しだ。チラリと大将の表情を伺いながら大将への気配りを兼ね揃えた粋な返し。さすがに着物を着ているだけある。

「国産と言ってもピンからキリやけどな、やっぱりタイマのマグロのトロが最高なんだよ。赤身は漬けにしてな。でもタイマのマグロを仕入れれる鮨屋が少ないんだよな。隣街にいいタイマのマグロを仕入れる鮨屋があるから今度連れていってやるよ」

「まぁ!うれしい。社長さんが言うぐらいだからよっぽど美味しいマグロなんでしょうね」

なんと粋な返しだ。さすがに着物を着ているだけある。

「大間」を「タイマ」と読めない事はないが、読んでしまったんですね社長。。

俺も大将も着物の女性客もきっと同じ事を考えたであろうが、それを指摘するのは野暮の上塗りだ。

重ねて言うが粋な客はスマートでないといけない。

体型の事ではない。所作、会話、心意気の話しだ。


…ふぅ…しかしよく食った。もう満腹だ。

無駄に長居はせず食べたらサッと席を立つ。

俺も大将ももう少しだけ会話を楽しみたい…と思う頃合いで席を立つ。腹も八分目なら会話も八分目がかっこいい。

会話にも余韻を残すのだ。

「じゃあそろそろお会計で」

「へい、ありがとうございます」

「どれも凄く美味しかったです。また寄らせてもらいます」

いい店に出会うと自然とこの言葉が出る。

飾り気も何もないが、客も大将にもグッと染み渡る言葉だよほんと…。

「また良ければ立ち寄って下さいね」

控え目な大将から発せられる言葉はシンプルな中にどこかホロリとした心ほどける艶々した粋な言葉だ。

まるで大将が握るシャリのようだ。


会計を済ませ俺は店をあとにした。

駅へと続く路地を歩いていると優しいビル風が吹いた。

何気なく後ろを振り返ってみると鮨屋の白い暖簾が優しく揺れていた。

その揺れる白い暖簾が「また良ければ立ち寄って下さいね」と大将からの無言のメッセージのように感じられた。


「大将、また必ず来るよ。その時には必ずタイマのマグロを仕入れておいてくれよ」

そう思いながら笑顔になっている自分に気づいたのだった。








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