女性もの下着売り場
姉であり兄でもある火花は、母親の才能と夢魔としての矜持を受け継いでいる。
既に性別もサキュバスと決めているようで、愛想良く立ち回って恋愛を楽しみ、良物件の本命もいるようだ。
水瀬としてはそのように生きられる姉を羨ましいと思う反面、嫌悪感もある。姉のことが嫌いなわけではないのだが。
ちなみに、水瀬に女体化を強要した件については、
「彼氏いるのに他の男に荷物持ちさせるわけにはいかないじゃない」
「他の男って、弟だよ?」
「誰に見られているかわからないでしょ? 他の男とデートしているって、そう見られかねない時点で問題なのよ」
かくして、水瀬は白いワンピースを着させられ、デパートに連れてこられている。
ショーウィンドウに映った、美少女然とした自分。遠くからでも女性とわかるフォルム。
「あんた結構かわいいんだからもっとかわいくしたらいいのに。ほら、これやってみ。あくまで自然に胸をアピるポーズ」
確かに胸が五割増しに見える。
「かわいくなれるからかわいくしなければいけないっていうのは、それちょっとおかしくない? ボクのあり方を他人に決められたくないよ」
「面倒くさいわね、我が弟ながら」
両性の種族であるから、女性として着飾ることには抵抗は少ない。
「……こんなところみんなには見せられないよ」
やはり自分は男の子でいたいと思う。
水瀬が、夢魔であることを勇介たち、十三文芸部の仲間には秘密にしているには二つの理由がある。
過去に夢魔であることが原因で嫌な経験をしているせいで、明かすのに躊躇していること。
また、水瀬は勇介たちとの男同士の関係を心地よく思っていることだ。
夢魔であり実は女でもある、ということになったら、今までのようには接してもらえなくなるという懸念があった。
少なくとも、一緒にグラビア誌を見て好みのタイプを教え合ったり、平然とエロ話をしたりということはなくなるだろう。
水瀬は、そういった話題が決して得意というわけではないが、のけ者にされずそういった輪の中に混ざれるというのはとても嬉しかった。
だから、夢魔である素性を明かさないことを不誠実と思いつつ、
「でも、嘘をついているわけじゃないんだよ。真実を全部説明していないだけで……」
そう自分に言い訳する。
ただ、先日の件でもそうだが、どうにも勇介は水瀬の性別を疑っている節がある。
疑われる行為は避け、強く男を印象づけるイベントが必要かも知れない。
間違っても、女装している姿(というか一時的とはいえ本物の女性である)を見せるわけにはいかない。
と考えている矢先のことであった。
女性物の下着売り場でそばにいた客がぶつかって落とした商品を拾う。
「……あ、ありがとうごひゃいます」
うわずった声であいさつを返したその女性は、勇介だった。