水瀬がサキュバスなわけがない
水瀬はトロールとサキュバスとの間に産まれた。
サキュバスは正式には夢魔と呼ばれる種族の女性体の通称であり、男性体はインキュバスと呼ばれる。
幼体から幼児期にかけては無性であるが、第一次性徴時に男女どちらかの特徴が見られるようになり、それらは個体の任意により変態できる。
成人として自立する時期に性別を決定し、以降の安定期には容易に転換できないようになる。コロコロと性別が変わっては、無駄が多く、パートナーに困惑を与えるからと言われる。
夢魔は種族の垣根をこえて魅了する美しさを持ち、社交に長けるとされる。それは他の神魔一族との長く過酷な生存競争の中で、遺伝子を後世に残すための種族的な進化であった。
実際、かの種は多様な種族と交配が可能であり、高確率で子に夢魔の遺伝形質が継承される。子の代で形質が発現せずとも、孫やその子の代で隔世遺伝することも珍しくはない。
夢魔の一族が選んだのはそういった生存方法であった。
夢魔の一族は依存ともとれるその生き方をネガティブに考えてはいない。
むしろ、一時的な肉体の隆盛や強さに衰えがあることを知り、かといって魔術的な素養、知識に偏重せず、その時代時代に求められる強さに寄り添う、深謀に長けたやり方と誇りに思っていた。
しかし。
その生き方に、すべての夢魔が肯定的であるとは限らない。
水瀬は、その少数派の一人である。
水瀬の母は、強い男に寄り添い、多くを魅了し手玉にとる、典型的なサキュバスといえた。
すこぶる優秀で要領が良く、その美貌と人心掌握術に磨きをかけ、最小の労力で最大の成果を得る。
最初の夫との死別後は、より優秀で収入が多く、健康的な伴侶を見つけ再婚。
その再婚が、水瀬たちの将来を鑑みてのことであることは今では承知しているし、彼女が自分を愛していることも理解している。尊敬すべき母であることも。
しかし、水瀬は頭ではわかっていても、その反発心を抑えることができないでいる。