女の子じゃなければおっぱい出しても問題ないよね?
「……それで? 言い残したことがあるのなら聞くだけ聞くけど」
床の上に正座する勇介の前で、ソファーに座り、呆れた顔をしているのは、名前を水瀬といった。
中性的な顔立ちの美少年で、華奢な体型であることもあって、女性に見えなくもない。
一目そういう目で見ると、ミルクチョコを連想する褐色の肌は甘美な誘いを醸し始めるものだが、今現在はエンジ色のジャージに阻まれ、大部分が隠されている。
「ちゃうねん」
「ふざけるな。君は関西の人じゃないだろう」
「いや、なんか空気重いから。なごませようと」
「いいのかい。末期の言葉がその人のヒトとナリを象徴することになりうる。君の人生が『ちゃうねん』で片付けられても」
「ビミョーに遺言を伝える流れになっている気がするのがアレだが、まぁ、待て。違うんだ、水瀬。つまり、せっけん枠なんだ」
「せっけん枠? ってなにさ?」
「説明しよう! せっけん枠とはテンプレ設定やテンプレ展開を多分に含んだライトノベル原作アニメのことで、そのような特徴、要素を含んだ代表的な作品が聖剣なんちゃらであったため、聖剣が空耳でせっけんとなり、類似した放送枠の作品もせっけん枠と呼ばれるようになったわけだ」
興奮気味に説明する優に、水瀬はその冷ややかな視線を浴びせながら、
「ふーん。で、それでなんで突然ボクのシャツを破ったのか、全然つながらないんだけど」
「せっけん枠のテンプレにな、ヒロインの初登場は裸で、というものがあるんだよ。せっけん枠のせっけんは、裸を隠す泡のことだという説もあるほどでな」
「ヒ、ヒロインって……」
「特にアニメ化されたときは3分以内にこれをするのが望ましい。この儀式を経ることでユーザーにこの女の子がヒロインなんだと認識させる、作品の見方を教える不可欠なシーンなんだ」
「ほう……それで?」
「ここまで言ってわからないか? 水瀬は察しが悪いな。部員のくせにオタク力が足りないぞ。つまりだな……」
勇介はそこで一旦言葉を切ると、キレイな顔をして言った。
「お前、この部のヒロインなんだから、乳首出せよ」
で、ジャージをビリビリビリビリー!
「ぎゃああああああ!? なにするだーっ!?」
悪夢再び。勇介の半生に反省の色なし。
「ば、バカ! ボクは男だぞ!?」
「男だったら服破いたくらいで怒るなよ」
「怒るわ!」
ピリリ。
肌に焼けつく痛みを感じ、総毛立つ。
水瀬の叫びと共に教室の空気が変質していく。空気中の魔素がチョコレート色の右手に収束し、手の甲に浮かんだ幾何学模様の魔力回路を仲介して、雷電へと変換されているのだ。
これには勇介も平静ではいられない。
「わ、待て待て待て! いくらなんでもそいつは強すぎる!」
「知らないよっ! 死んで悔やめ!」
ほとばしる紫電を帯びた水瀬の一撃は、コマンドワードを唱えることでその質量を解放する。
「これでもくらえっ! TakeThatYouFiend!」
水瀬の拳の突き出す先は、勇介の胸元。激しい音と光をまき散らし、電撃は狙い違わず勇介を貫いた。
攻勢魔術。この世界では普通の、ありふれた技術、暴力。
瞬雷。人間の身体能力では到底かわすことのできない魔力の一撃は勇介の全身を焼き焦がし、強烈なショックを与えた。
黒焦げの状態で、ピクピクと細かい痙攣を繰り返す、情けない勇介の姿。それを見て溜飲を下げた水瀬は、
「これに懲りたらもうこんなことはしないようにね。まったく。勇介君はいつまでたっても現実とフィクションの区別がつかないんだから。ラノベみたいなことが現実に起こるわけはないし、ラノベが現実になることもないだろ?」
ところがどっこい、勇介は現実にもラノベを求める高純度のラノベバカ。
ラノベが人を救えると、本気で思い込んでいて。
女の子がスパイスとすてきなものでできているのならば、彼はラノベとエロスとあとほんのちょっとなにかでできている。
「……現実は小説よりも奇なり」
やっとのことで絞り出した勇介の言葉は水瀬のツンと先の尖った耳には届かなかったようで、水瀬はいそいそと着替え直した。