王我勇介
ある日突然、俺、こと王我勇介の世界は一変する。
昨日までの日常が遠ざかり、たった一人の少女を救うために、世界を敵にする大冒険。
そんな展開を夢見るまま、中高を経て、いつのまにか大学生になってしまった。
思い描くような非日常は待てど暮らせどやってこない。
「……これは、まずいぞ」
今日もゼミに転校生はこなかった。
草木も眠る丑三つ時に人知れず異形の者と戦う女剣士も。最強火属性のお姫様も。無口無表情無礼講で初対面のはずなのに主人公にベタ惚れの女の子も。
バッ!
殺気を感じてとっさに振り返る、ふりをしてみる。いない。
長たらしいモノローグをつぶやきながら、昇降口を出たところで屋上を見上げてみる。いない。
なぜか俺に明確な殺意を持つ暗殺者も、赤い眼鏡の似合う自殺志願者も、いない。いない。いない。
いたって平凡。昨日の続き。連綿とつながっていく日常の一コマ。
勇介はいよいよ焦りを覚え、校庭の土を蹴って駆けだしていた。
今は、俺の人生の何ページ目だ? アニメでいえば何分経った?
早くしないと飽きられる。他ならぬ、俺自身が飽きてしまう。
ハリウッド映画なら五分以内。せっけん枠なら約三分。
「必要なんだよ! ラッキースケベが!」
ハリウッド映画に必要なのはスケベではなくテーマに根ざした象徴的なセリフなのだが。
勇介は躍起になってよく考えていなかったので、大学の敷地内の外れの森の中にひっそりと存在する旧校舎棟の奥の奥、きしむ木の廊下を走って寂れた空き教室を利用した部室の扉を勢いよくガラリと開き。
その中で驚きつつもあいさつをしてきた部員の前に立って、
「ごめん!」
その相手のシャツの前を襟元からぶち破いて胸元を露出させた。
「な、な、なななな……!?」
最先端に凄惨なファッションに身を包み、動揺を隠せない友人を前に勇介は力の限り叫んだ。
「ラッキィィィィィイィイ!」
「なにがラッキーだバカヤロー!」
友人の拳が勇介の顔面にめり込んだ。