ごまかしがトラブルの始まり
勇介。同級生の男の子で、十三文芸部の仲間。
女装した、勇介だった。
「……ちゃうねん」
絶対に、勇介だった。
「ま、迷いこんでしまったというか」
パンツ握りしめてか。
「これは向こうから飛び込んできたっていうか」
パンツは生き物じゃない。
「この格好はやむにやまれぬ事情で」
女装はしないだろう。
否、するか。というかまさに自分がそうじゃないか。一番見られたくない人に見られてしまった。
どうする? どうしよう。
性別が転換しても顔は変わらない。顔つきや体型は丸みを帯びたりするので、そういう意味では同一ではないが、元々中性的とはやし立てられる自分を別人とごまかせるものだろうか。
「て、あれ? お前も女装? さては、お前もラノベヒロインの下着取材か」
勇介の好む作品には頻繁に女性ものの下着が登場する。だからその質感や種類などを調べにきたのだという。
(そんな取材、誰がするか、君以外)と思うが、
「さっきまで小林もいたんだが」
(……誰がするか、君ら以外)
彼らの振り切った行動力に訂正をする。いやいや、そうじゃなくて、ごまかさなくてはと水瀬は気づき、
「だ、誰かと勘違いしているんじゃないかな? ボク……じゃない、私にはなんのことだかわからないですよ?」
ところが、勇介はきょとんとして、微笑み、
「俺がお前のこと間違うわけがないだろ」
と言った。
(こ、こいつぅ……!)
水瀬は顔が熱くなるのを感じた。キザなセリフのためか、別の感情のためかはわからない。
でも、悪い気はしなかった。
ただ、しらを切るにはよくない流れである。水瀬は一旦心を落ち着かせて、初対面の女性を演じることにした。
「私はミナト。もしかして、あなたは私のいとこのお友達ですか?」
果たして、その作戦は上手くいった。不本意かも知れないが、サキュバスの素質が味方していた。
いとこを演じる水瀬の平然とした態度に、勇介は自分の勘違いだと思い込まされ、羞恥で顔が真っ赤に染まっていく。
「え、あれ……? マジで? え、いとこ? 水瀬じゃない?」
今だ。
水瀬は、姉直伝のあくまで自然に胸をアピールするポーズを放つ。恥ずかしいが致し方なし。
五割増しのあざとい技は、しかし、効果は抜群だ。まだ勇介は、二次元のあざとさは見抜けても三次元ではそうはいかない。実際の女性にそうされてはたじたじとなるしかないのだ。おまけに勇介は清楚系美少女に優しく微笑まれると非常に弱かった。
「水瀬をよろしくね。でも、イタズラはほどほどにしなきゃダメですよ? ね?」
そうして、二人は別れた。顔には出さなかったが、水瀬は内心動揺していた。果たしてうまくごまかせただろうか。勇介の胸の内を聞いて答え合わせしたいが、それはできない。どうか信じてくれますようにと、水瀬は星に願った。
週の開けた放課後。部室。
「おい。水瀬、隠してないで教えてくれたらよかったのにー」
そう言ってくる勇介に、水瀬は秘密がバレたのかと思った。この居心地のいい関係性の終わりを覚悟した。
しかし、勇介の次の発言は意外なものであった。
「あんなにきれいな従姉がいるなんて。先週デパートで会ったんだよ。ミナトさんから聞いてない? ていうか、俺のことなんか言ってなかった?」
デレデレであった。
やれ彼女は天使だ。理想の美少女である。実にラノベヒロインであると、水瀬が見たことがないような、しまらない表情でミナトの美しさを讃辞する勇介に、水瀬はほっとする反面、苛立ちを覚える。
(ボクのこと間違えないって言ったくせに)
自ら望んだ結果ではあるのだが、どうにも腑に落ちない。この原因はなんだろう。自分はなにを納得していないのだろう。
だが、思考の海に沈むには、浮かれる勇介が邪魔物過ぎたので、ひとまずこちらを対処することにする。
「なぁなぁ、水瀬。ミナトさんの好きなタイプってどんなだろー?」
「男の子っぽい子だと思うよ」
次の水瀬の言葉で、勇介の表情が一変する。
「女装したりしないような、ね」
慌てふためく勇介をいい気味だと笑って水瀬は部活動を始めるのだった。