2
「負傷者の治療費と食堂の修繕費、それに加えて、負傷者家族へのお詫びの品代とその送料ね…」
ブランの報告を聞くと、目の前にいる卵型の顔をした中年の男は、ヒゲをいじりながらタメ息をついた。
「本当にすみませんでした!!」
ブランがガバッと頭を下げる。
「まあ、仕方ないっちゃ仕方ないんですけどね。もしあの場にいたのがベテラン職員だったとして、果たして彼女を止められたかどうかわからないわけですし…」
中年男の口ぶりは損害の大きさのためか、心ここにあらずといった感じである。
彼の名はツールース。ブランが勤める老人ケア施設『太陽の家』の施設長である。
大陸の北西に位置するフィン共和国。この国は小国ながら、特殊な産業体制によって諸国に名が知れ渡っている。
その産業とは「福祉」。フィンは、世界唯一の福祉国家なのだ。他国への介護士や保育士の派遣事業、介護用品の輸出事業などが盛んに行われている。
国内を見ても「福祉国家」に恥じないだけの制度・施設が充実している。
国王のもと、封建的な社会体制をとる国家が大半の現在の大陸社会において、フィンの存在は異端児のようなものである。
そんなフィン共和国の首都ヨルムの住宅街に『太陽の家』は建っている。
施設長ツールースは、しばらくブツブツと独り言を言っていたが、ハッと我にかえったようにブランにその茶色い瞳を向けた。
「まあ、何はともあれ、君にはこのままアリッサさんの担当を続けてもらいますね」
「本当ですか!?」
担当をおろされると覚悟していたブランの顔がパアッと明るくなる。アリッサの担当になって3ヶ月、散々な目にあってきたブランではあったが、すでに彼女に情がうつってしまっていた。
「ええ、どうやら彼女、あなたを気に入っているようですし。あなたが担当になってから彼女の暴走回数が減ったのも確かなのでね」
「はあ…」
あの豪胆な老女に自分が好かれている…その意見にあまり確信を持てないブランは、あいまいな返事をした。
「まあね、面倒くさい事は私が何とかしときますから、君はとにかく体を張ってアリッサさんの暴走を止めてください、いい勉強になるでしょう」
逆に言えば、若手の新人であり、体力はあるけど技術のないブランにとって、「体は健康だけど暴れん坊」というポジションのアリッサはうってつけの相手ということだろう。
身の危険を感じないわけではないが、仕事を奪われる事に比べればなんともない。
ブランはツールースに一礼すると、張り切って施設長室をあとにした。
「やれやれ」
残されたツールースはタメ息をひとつつくと、さっそく損害額の見積もりを出すため、そろばんをはじき始めた。