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「貴様あっ!!もう一度言ってみろ!!」
しわがれた声が食堂内にこだまする。
部屋の中央では、七十がらみの大男が仁王立ちになっている、真っ赤な派手なシャツとはげ上がった頭が印象的だ。
「ああ、何度でも言ってやるよ。あんたはいい年こいて、筋肉だけが取り柄のノータリンだ!!」
テーブルを挟んで、たんかを切ったのは、先ほどの男とは対照的なちんまりとした白髪の女性だ。
年は七十過ぎだろうか、花がたくさん咲いた派手なつば付きの帽子に黒いスカート、肩からは紫のストールを何重にも巻きつけ、手には曲がりくねった杖を持っている。
「おのれぇ、ばばあ…女だと思って下手に出ておればつけ上がりおってぇ!!」
その男…ガンダルガが、怒りに任せてテーブルを強く拳で叩いた。
周囲をとり囲むように見ていた、白髪頭やはげ頭の人々がビクッとすくみあがる。まあ、中には何かの余興と勘違いしたのか大喜びで拍手喝采を送るご老体もいたが。
しかし、帽子の女性…アリッサは、小さく鼻で笑っただけで、まったく臆する様子はない。
「こらぁ!!人の!!話は!!しっかり!!聞かんかぁ!!」
ガンダルガが「!!」の度にテーブルをドンドン叩いたため、木でできたテーブルにヒビが入ってしまった。年を感じさせないこのパワーは、彼が元冒険者であり、かつては屈強の戦士だったからだろう。
「男がウジウジ言ってないで、やるんならとっととかかってきな」
なおもアリッサが挑発的な態度をとっていると…
「ちょっ!!お二人ともいい加減にやめてください」
眼鏡をかけた二十歳そこそこの青年が、部屋の中央に進み出た。どうやら、廊下まで溢れているお年寄りの人垣の中をもがき進んできたようだ、白衣にはシワがより、メガネがズレている。
「おや、ブラン。担当のあたしをおっぽり出してどこほっつき歩いてたんだい」
そう言われて、ブランは一瞬言葉をつまらせる。
「…どこって!!あなたに頼まれて手紙を出しに行ってたんですよ!!」
「ああ…そういやそうだった。まあ、ちょうどよかったよ。今からこのじじいをやっつけるとこだから、手を貸しておくれ」
「そんなことできるわけないでしょ!!」
ブランの顔はすでに青白い。
「なんでだよ、あんたあたしの担当だろ?だったら味方するのが当然だろうに」
「確かに僕はアリッサさんの担当ですけど、それ以前にここの職員なんです!!アリッサさんもガンダルガさんもみんな大切な入居者なんですよ!!」
「な〜んだ、つまんない」
プイッと顔をそむけるアリッサを見て、ガンダルガがガハハハと笑出す。
「おい、アリババ。いくら若いもんに色目を使ったって無駄じゃぞ。まずは鏡と相談してみることじゃな」
アリババというのはガンダルガのみが使っているアリッサのあだ名で、「アリッサばばあ」を略したものである。
「…なんだって」
ガンダルガの言葉を聞いた、アリッサの目が怒りで燃え上がる。彼女が右手をゆっくりと上げ、何かをつぶやき出すと、その手の先に風のうねりのようなものが出来上がっていく。
「ちょっ!!アリッサさんストップ!!こんなとこで魔法はー」
ブランの必死の制止の声は激しい風音に消されてしまった。アリッサを中心に風の渦ができていき、フライパンやら皿やら魚のマリネ(今日の献立)やらが次々と巻き上げられ部屋を旋回しはじめる。
「みなさん!!避難してぇぇぇ!!!」
ブランが最後にそう叫んだ直後…部屋を爆音が支配した。