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少年Aと帝王のダイニング  作者: ハルシヲン
第一章 
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第三話 少年A、気づく。

誰も知らない、不動の帝王の秘密。



「食べるか」


桐春先輩はさらりとそう言った。



話したことのない、ただ偶然相席になってしまっただけの先輩。ましてやこの不動の帝王。


そんな桐春先輩と俺の間に置かれたボリューム満点の激辛ラーメン定食。



俺がまじまじと、桐春先輩の方を凝視しすぎてしまっていたのだ。

その視線に気づいた桐春先輩が顔を上げた時にはもう遅い。


俺を見るその直線的な視線が、単なるリップサーヴィスではないことを強烈に物語っている。



何も反応できず動揺する俺に、桐春先輩は、ん?と首をかしげた。


「いえ、あの…お気遣いな…」


「遠慮するなよ、口開けろ」


「は?」


そう言うと桐春先輩は、否応なしに麺をレンゲに乗せ始めた。

短い柄では渡す際に煩わしいと思ったのだろうか。

驚くべきことに、この人は俺の口にそれを直接放り込むらしかった。


桐春先輩と違い、成長段階の俺のあごが外れないかどうか…。


予想もしなかった事態に呆然とする俺をよそに、桐春先輩はレンゲの上にもやしやら挽肉やらを丁寧に乗せ、着々とミニラーメンづくりを進めている。

どうすることもできず仕方なくその様子を見ていると、まもなくできたミニラーメンの乗ったレンゲが俺の顔の前に差し出しだされた。


少し体を乗り出し、ええいままよとぎこちなく口を開けると、そこに何のためらいもなくレンゲが差し込まれた。

反対の手に持った箸で、レンゲの上の具を器用に俺の口の中に放り込んでいく。


こぼれないようになんとか口を大きく開け、すべてが口の中に入ったとき、俺は小さく頭を下げて口を閉じた。


右手で口を覆い、ぎりぎりいっぱいの口の中を一度噛むと、ざくざくともやしのいい音が脳内に響いた。


コシのある中太麺には唐辛子独特の薫り高いスープがしっかり絡み、空腹の体中に一気に染み広がっていく。

濃厚なスープと、噛むたびに挽肉から溢れ出す肉汁がのどを通った瞬間、体がかっと熱くなった。

熱さと辛みの重複で、俺は思わず顔をしかめた。

じわじわと体内に広がる熱、額から一気に吹き出す汗。


これは、旨い。


惜しむようにしっかりと咀嚼して、すべて飲み込んだ後、思わず俺は咳き込んだ。

喉の奥がひりひりと焼けるように熱く、残り香は鼻腔に残ったままだ。


たったの一口でこのインパクト。


俺は辛さノーマルのラーメンを注文してしまったことを大いに後悔した。


この辛さ、クセになりそうだ…。




ふと前に視線を移すと、桐春先輩はもうすでに自分のラーメンに戻っていた。



黙々と麺をすする先輩を見ながら、俺は一口水を口に含んだ。

このまま味に浸っていたら、自分のラーメンに満足できなくなるような気がして、リセットしておこうと思ったのだ。





それにしても、不動の帝王、桐春ソフトテニス部長。


近くで改めてわかる、まさにテニスプレイヤーらしい鍛え抜かれた無駄のない筋肉量。

凡人には手のとうてい届かない、その圧倒的存在感。


今までこの先輩にはあまり良いイメージはなかった。


いや、それには少し語弊があるのかもしれない。


良いイメージしかなさ過ぎて、それに部を仕切っているのは水野先輩であるので、ただテニスの技量があるというだけで部長であるというイメージがあった。

桐春先輩と直接接する機会のなかった一年生には特にそのようなイメージがはびこっている気がする。


要するに、他人のことに興味のない、仕事を任せっきりのコミュ障で自己中な先輩。という感じで、三年生との間に大きな壁がある一年生人気は決して良いとはいえなかった。


それに加えあの鉄仮面だ。


近寄りがたいという印象が生じるのも無理はない。

二年生や同級生から絶大の信頼を得ているのはよく理解ができなかった。




だが今この瞬間で、そのようなイメージは一掃された。


まず、まだ入学したての新人である俺のことを認識していた。

そんなに目立った活躍もない俺を、数多くの一年生の中でもちゃんと把握してくれていた。



もしかしたら桐春先輩は、俺たちが思う以上に部全体を俯瞰し、把握し、考えているのかもしれない。




俺がそんな風に考えを巡らせていると、桐春先輩はふと箸を止め、なぜか俺のラケットを見て、こちらを見た。


再び二人の視線が合致する。



しかしなぜか目を見開き驚いたような表情をしていた。




そして一言。




「おまえ、うちの部活のやつか」





「……」



俺はここで、自分のリュックに名前入りのキーホルダーがついていたのを思い出した。



この帝王はもしかしなくても、見知らぬどこのやつかもわからない少年Aに自分のラーメンを味見させたということになる。

少し誤解を招くような言い方だが、うん、間接キス(それ以外にどう表現できようか)、というやつになるのだが。


冷静に考えてみてほしい。


話したことも、目を合わせたこともないやつに、である。






一年生諸君。


この人には人間的なコミュニケーションの壁は、あまりないどころか存在しないらしい。


勝手に作っていたのは、こちら側だと言うことだ。



全人類、この桐春啓二という人間に対する認識を改める必要があるようだ。




だが、この帝王の秘密、なぜか秘密のままにしておきたいような気がしたのは、気のせいだろうか。


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