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少年Aと帝王のダイニング  作者: ハルシヲン
第一章 
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第一話 少年A、睨まれる。

俺はただ今、帝王に睨まれている。


何を言ってるのかわからないと思うが、もう一度言う。


俺は今、帝王に睨まれている。


それもわずか数十センチの距離で、だ。

その直線的で鋭い眼光が、この哀れな少年の顔に容赦なく突き刺さっている。


部活終わりの爽快感あふれる正午。

通常であれば、多少のものをコンビニで購入し空腹を満たしつつ、昼食の待つ家へと急ぐ、そんな時間帯。


…なのになぜ、あの『不動の帝王』と対峙しなければならないのか。


なぜ、こんなことになってしまったのか。

少なくともこの奇妙で偶然的な出会いが、慎ましいはずの俺の高校生活を変えてしまったのは、間違いない。









この春俺は、長かった受験勉強をなんとか乗り切り、晴れて春城高校(通称春高)に入学することができた。


一応説明しておくと、春城高校は多くの田や畑に囲まれ、自営業のコンビニ以外周りにはほぼ何もないという辺境の田舎ながら、偏差値73、創立以来の県トップの進学率を誇るモンスター高校である。

勉学の成績に加え、推薦入試をほぼスポーツでとっているということもあり、極度のスポーツ馬鹿だらけである。

勉強ができるやつは大抵何でもできるという世の見識も、あながち間違っていないというのがここでよくわかる。


そんなモンスター高校に見事ギリギリの滑り込みで入学してしまった俺は、授業について行くのが精一杯で、やはりテストの結果も中学のようにはいかない。

それに運動神経についても、中の中レベルだった俺がそこで通用するはずもなかった。


部活は中学のものを継続してソフトテニス部を選択したのだが、レギュラーを狙うのでもなく、気軽に入部したつもりだった。

本気になって勝ちを目指したって、結局無駄になるということが分かりきっていたからだ。

それこそ、中学時代はレギュラーの座を得るためがむしゃらになって練習したものだが、二年生の途中から、それが全くの無駄であるということに気づかされた。


物語の主人公になれないと自覚した俺は、自分相応の慎ましやかな人生を歩むことにした。

みんなと同じ程度までの努力と、みんなと同じレベルで十分。


それはそれで良かったのだ。

到達できるはずもない位置までがむしゃらに頑張ることのない生活は、余裕があり、何よりも楽しかった。

最低限の低空飛行で、ゆるく、高校生活を過ごす。それで上等。


IH覇者、絶対的権力を誇る生徒会長、数学の天才、若き文豪、美人すぎる先輩…。

フィクションのような主人公だらけのこの学校で、そういうやつにはなるべく関わらないように、無難に過ごす。





はずだった。

















入学してから約一ヶ月が経ったある日。


自転車をこぐ俺の視界に、自分と同じ高校の学ランが入りこんだ。

背中にテニスラケットを背負い、約185センチの男子生徒が俺の目の前を自転車で走っている。


勿論、俺に初見の人間の身長をサドルに座った状態で推測できる能力はない。

学ラン越しにもわかるがたいの良いその人物には、大いに見覚えがあったのだ。


俺が避けに避けたい人間のタイプの一人。


――不動の帝王、桐春啓二である。



桐春先輩は、俺が所属するソフトテニス部の部長だ。


身長185センチ、このモンスター高校でも引けをとらない秀才、運動神経抜群、加えて50人のソフトテニス部の頂点に君臨する部長という、驚くほど高いスペックを持つ。


更にそんなスペックを持ち合わせておきながら、その正統派ともいえる端麗な容姿に、女子が惹かれるのは当然であった。

今朝もまた二年生の美人な後輩から告白を受けていたという噂も流れていた。


しかし桐春先輩に彼女とか、そういった女っ気を全く感じないのは、桐春先輩が文字通りの『不動の』帝王だったからだ。


桐春先輩は人前で滅多に口を開かない。


部全体のミーティングを仕切るのはいつも三年生の副部長、水野先輩であった。

部員を叱ったり、指示を出したり、下級生に連絡を下達するのもすべて水野先輩が行っていた。


ではそのとき何をやっているのかというと、桐春先輩は、水野先輩の背後で壁に寄りかかりながら、じっと無表情のまま黙って向こうの方を眺めているのである。

決して話を聞いている俺たちの方を睨んでいるのでもなく、何か考え事をするように、その鉄仮面を冷たく貼り付けたまま腕を組んでいるだけだ。


部活の休憩時にも、ほかのメンバーが雑談などをしている間、桐春先輩は適度な水分補給と休憩を終えると、一人でサービスの練習を始めるため、ほかの三年生と楽しく会話をしている姿はまず見たことがない。

聞いたところによると、合宿の時も、普段の生活でも、基本そんな感じで鉄仮面をかぶったままの状態でほとんどは話さないのだという。


あの冷徹な鉄仮面の下に、何が潜んでいるのか、どんな考えが思い巡らされているのか。

それを考えると、確かに近づきがたい人物ではある。


まさに、不動の帝王の名にふさわしい。





そんな雲の上の存在である桐春先輩が、今俺の目の前を自転車で走っている。


学校から通常10分ほど走ったところにある、さびれたこの商店街で、同じ高校の生徒を見かけることはまずなかった。

生徒の多くは、この商店街と反対側に位置する駅から電車通学であるので、俺の自宅方面から自転車通学をする生徒はほとんどいないはずだ。

だから余計親近感を抱いたのだ。


それに相手が相手だ。


いつもはコート外からでしかお目にかかることのない桐春先輩を背後から見かけることなどそうそうない。

部活中は無論ユニフォーム姿であるし、制服で登下校する姿もあまり想像することはできなかった。



俺は改めてその背中をまじまじと見た。

かっちりと着込まれた姿勢の良い学ランに、ほとんど傷の見えない黒のアルベルト。


登下校中にも油断も隙もないその風貌に俺が感心していると、桐春先輩は店五つ分先にてふと自転車を止めた。


商店街の出口手前にある、小さな中華料理店だった。

自転車を脇に止め、そのまま赤いのれんに吸い込まれていく先輩を眺めながら、俺は空腹で鳴った腹をなでた。



ちょうど12時。


部活帰りでお腹がまさに減っている頃だ。

家にはちょうど誰もいないし、現金も持っている。


それに、あの帝王が中華料理屋、となると、やはり興味がある。

そんな少しの興味と強烈な空腹感に駆られて、俺は自転車を止めて店内へと入っていった。






そんな軽い気持ちで入店したのが俺の運の尽きだった。

俺は店内を俯瞰して一瞬で大いに後悔した。





「いらっしゃい」



真っ白なタオルを頭に巻いた中年の店主が、汗をぬぐいながら威勢の良い声を発した。


人と料理の熱気で中は蒸し上がるように暑い。



店内はカウンター席がほとんど、数個のテーブル席だけだ。

小さな店内でテーブル席を設けるのだから、テーブルは二人がけで、そのときはほぼすべての席が客で埋まっていた。


――ただいひとつ、桐春先輩のテーブルを除いて。






「あいてる席へどうぞ」




こんなつもりではなかった。




こうして哀れな少年Aは、狭いテーブルにて、桐春先輩とド近距離で相対する形になってしまった。





やはり、帰る途中で寄り道するのは良くない。








しかし、平穏に過ごしたいはかない夢が、この衝撃的な出会いによってもろく崩れ去ることになろうとは、そのとき思ってもみなかったのである。




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