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第1話 会議

 

 

 たとえ人類が宇宙そらの果てに至ったとしても変わり映えしない落ち着いた色合いのオフィスルーム。

 そこには肩や袖口に多少の金色の装飾品がついた濃い藍色のスーツ姿の大人たちが細長いドーナッツ型のテーブルの席についていた。



 お互いをにらみ合うように座った各人はみな恰幅が良く、背筋も伸び、その服装も相まってホワイトカラーとは言い難い風格を備えていた。

 各々の風貌も一般人というには引き締まっていており、日常で会えば声を掛けずらいことこの上ない強面ぞろいである。


 しかしそんな顔から滲み出ているのは三者三様の感情である。

 怒り、戸惑い、そして迷い。

 相反する感情の靄がこの場にもたらしたのは奇妙な沈黙であった。

 誰もが探り合うように顔を傾け、時に視線で相手の顔を伺う様は見知らぬ街で迷子になった子供の様でもある。

 大の強面の大人たちがこうも動けない様は、赤の他人からすれば滑稽で、あきれられて仕方あるまい。


 こういう場合に力を振るうべきまとめ役は何をしているかと言えばどうだろう。

 最も上座に座る男はこのメンバーでも一番若いと思われる男であった。 

 しかし身に着けている服装は一番装飾が凝っており、ただ一人スーツの上に一枚上着を肩に乗せるように着こなしている


 そんな男の表情は口を固く閉じ、よく言えば落ち着いている、悪く言えば何を考えているのか分からぬ表情で固まっていた。

 端正なまつ毛と凛々しいと言って遜色ない顔立ちは、この堅苦しいメンツにとっては頼りのない姿に視られたとしても仕方ない。

 そもメンツが濃すぎるといえるが。

 少なくとも場の空気が重い中、彼が全く口を開ける様子が無いことで、現在の進退がどうしようもないことは確定的と言えた。



 ココは宇宙の果ての一つ。そこに存在するいわゆる作戦室であり、戦国時代なら軍議所とでも呼ばれただろうか。

 ともすればこのオフィスルームも人類が宇宙にまで至り、環境の変化を遂げた一つの姿と言えるだろうか。



 と、その膠着状態をぶち破る怒声が一人の男から発せられた。

 熊である。

 スーツからも見て取れる隆起した筋肉が、机を揺らして立ちあがってその砲声を挙げたのだ。



 「このような話を受けられる訳があるかぁぁ!われらがこの地を守護・管理し苦節30年!この暗礁地帯を拓き、守り、育てたのは一体だれだと思っているのか!!!」

 「………」

 「先代明幸あきゆき様と共に我ら粉骨砕身、身を粉にして働いてきた!それが今のオアリスの繁栄に繋がっているのだ」

 「……………」

 「それをなんだ!この地が少しばかり豊かになれば明け渡せなどと…地球に媚びた厚顔無恥の野良犬どもめ!!!」

 「……………………」


 重い空気をさらに重くする熊男の怒りはとどまるところを知らず、肩で息を吐き目はギロギロと動き回れば、口が怒りの吐きどころを探してせわしなく動いている。


 いやここまで言っておくが彼は人間である。

 改めて表現するなら熊のような人間なのだ。だからこそこの会議の出席者の一人である。

 文字通り熊の気勢とその武勇をもって宇宙の開拓時代を駆け抜けた一人の豪傑であった。



 「そも先代様が亡くなられてたとたんにというこの時合が、奴らのくさった性根をあらわしているのだ。蛆蟲どもが!」



 彼は豪傑の例にもれず情に厚く不義には不寛容であり、その口の開く事顔に見合わず饒舌にサラサラと彼の激情が流されてくるのだ。最後の方などこれでは愚痴と言っても過言ではない。


 人物が人物であるが故に、放任主義の地球政府の名を借りてこの辺境に欲をかいた、今回のブルンセン宙域・治安維持局に対する怒りは並々ならぬものがある。

 冬眠できなかったヒグマはかのように猛り人を喰らうのだろうか。

 彼と同じく怒りを纏わせた子飼いの小熊達も同調するように口をそろえ息巻いている。



 「少し口が過ぎますぞ。この場は怒りを吐ける場ではなく建設的な意見を述べる場。それに奴らが蛆なら我らは息絶えた屍という事にもなりかねませんよ」



 熊男の真正面に座るこの男は少し声音の落ち着いた口調で挟み込んだ。

 飄々とした物言いだが、口元と眉は少し緩んで柔和な表情を作っている。

 目の前で釣り眼の男が柔和に笑うさまを見た人間がどう感じたかは実際に対面した人間にしかわからぬだろう。



 「フン。こうもあけすけとな、道理をわきまえぬコトには怒りを抑えられない歳になってなぁ、多少は言い過ぎたかもしれん」



 前半はガンを飛ばすかのような視線と物言いだった。

 が、腹の底を一通り叫び出せば、さすがに気を落ち着けたようだ。



 「確かに穴山殿のおっしゃるとおり、この場に於いて不適切な言説であった。その点は申し訳ない。」

 「し、か、し、だ」

 「こうも誰も語らぬのではこの場は進みますまい。これまでの言動は一種の喝だと思っていただきたい。私自身と黙るか下らぬ冗談しか言えん若人にたいするな」


 その声は当然のごとく怒りに張っていた。


 「いやはやこれは失礼いたしました。私も多少の経験を積んできたかと思うところありましたが、サモエド殿からすればやはりまだまだ若人でございました。全く持って正論!私もまだまだ精進が足りませぬ」



 穴山と呼ばれた釣り眼の男は真剣な顔で、至って当然の忠言だという風に返した。



 「…あぁまだセンスの磨きどころが方々足らぬようだな」



 皮肉を真正面から顔色一つ変えずに投げ返しすその姿勢に、あきれが一周回って可笑しくでもなったのか。

 サモエドと呼ばれた武人は最後は苦笑するかのように顔を歪ませながら胸の息を鼻から吐いた。

 それにつられるように、この場にいた他の者たちも皆、暗い顔の頬を少し緩ませた。

 二人の口を通じて、場はいい加減に少しのほぐれを見せたようだ。



 「それではいい加減に本義に入りましょうか。奴らからの勧告…という名の脅迫に対する回答期限まであと24時間をきろうとしています」



 釣り眼の男が何事もなかったかの様に場を仕切り直す。



 「皆様のご懸念もよくわかります。我々は地球からみた地方の一役人にすぐません。が相手は上司の紹介業を携えてきた大企業の地上げ屋です。正直地力でまともな勝負は望めない。それがどんな手段であれ」



 誰もが頭を垂れて押し黙る。目の前に提示された事実は単なる厄介事ではない。

 この地上げ屋に土地を取り上げられることは自分たちの職、そこで生きる1000万近い人間も無関係ではいられないという事実である。

 それは何よりこの土地を何でもないよそ者に奪われるという、どうしようもなく我慢できぬ事柄でもあった。

 会議に出た者、皆30、40になるが者多く子供のころからこの辺境の土地で育ち、そして育てた生粋の郷土人二世たちなのであった。




「まずは…」そう言って釣り眼の男、穴山常久あなやまつねひさはこちらに体を向ける。

 その目の前の熊男…サモエド・ミッドランも同じく体を向け、それに続くようにこの場の皆の体と眼が私に向き直る。

 私は全員の視線を受け止め、彼らは私の一挙手一投足を逃さぬまいとしている。

 其処に在るのは期待か、不安か。私に何を望むのか、何を望めるのか。



「我らが頭領の意見を拝領しましょう」



 その言葉に対しオアリス資源採掘自治領区2代目当主、天土武久あまどつねひさとしての自分を再認識する。

 つい一週間前に先代の後を継ぐことになったこの私に、この身分に求められる答え。

常に問い続けた言葉は、今脳内で岩山の様に積り、重なっていた。






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