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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Morning Coll

 朝、目覚めの時である。ベッドから抜け出た男は太陽の光を遮るカーテンを開け、次に窓を全開にした。今日の天気は気持ちよいほどの快晴で雲一つない蒼空を、鳥たちが駆ける。

 男――リョウ・ナガトは窓の前で仁王立ちになってそれを見上げていた。またつまらない一日の始まりだと、彼は思いながら大きく伸びをする。

「”主は七日目を安息日とした”……か。そりゃあ神様だって毎日働き続ければ、いつかは過労でぶっ倒れちまう。何事も適度な休憩や休息が必要なんだ」

咥えた煙草に火を点けながら、窓から離れる。

 ベッドでは眠り姫みたく、一人の美女が安らかに眠っていた。

 艶やかなブロンドの長い髪にシーツからはみ出たしなやかな白い脚、そして大きな胸の膨らみは、世の男性どもを釘付けにしてしまうだろう。だが昨夜、この美女と厭きるほど愛し合ったリョウはさすがに朝から欲情しなかった。

 彼女を起こさないように、気を付けながらベッドルームを出て、まっすぐバスルームに向かう。身体がだるくて鉛でも抱えているように感じた。年のせいかもしれない。


 朝から浴びるシャワーは、リョウの身体を芯からリフレッシュさせてくれる。しかも今日は休日で仕事はないため、一日ゆっくり休むことができる。何をして過ごそうかと一日のスケジュールを考えながら、シャワーを浴び続けた。

「今日一日、家でゆっくりするのも悪くないな……サラのショッピングには、午後から付き合ってやるか」

 数分後。バスルームから出て普段着に着替えたリョウは、リビングに行ってニュースを見ようとした。たとえ休日であっても、新聞やテレビなどで世の中の出来事をチェックすることは彼の日課の一つだ。

 テレビニュースは昨日、政府が発表した陸軍の海外派遣延長について取り上げていた。

 それを何気なく観ていたリョウは、ふと昔のことを思い出した。


 この国の市民権を得るため、彼は数年前まで陸軍の歩兵部隊に所属していた。法律で外国籍を持つ者が市民権を得るには、三年以上の兵役を勤める必要があった。

 十八歳の頃に故国を離れ、この国の市民となるため陸軍へ入隊を決意した。そして教育、訓練の後に歩兵部隊に配属され、以後十年に渡って従軍した。その間に二度ほど外国での戦闘を経験し、何度も死にそうな目にあった。同時に共に戦った幾人かの戦友を失った。

 初めの頃は恐ろしかった。自分にもやがて死が訪れるのではないか、と。だがその後、何度も戦友の亡骸を目にする毎に、自分の死に対しても人の死に対しても、不感症になっていった。

 もしかすると、その頃からすでに彼自身の心は疲れ始めていたのかもしれない。

 そしてある事件をきっかけに、リョウは陸軍から除隊した。除隊して得られたのは、市民権だけでなく十年勤めて中尉になっていたこともあり、多額の退職金だった。

 サラと出会うまで、リョウは自堕落な生活を続けていた。そして現在は新しい仕事に就き、半年前からサラと一緒に暮らすようになったのだ。

 

 昔の思い出を掻き消すように、テレビを消す。忌まわしい記憶、とまでは言わないが、思い出して懐かしむようなものでもない。

 そして気分転換に新聞を取りに外に行こうとした瞬間、家の前の道路脇に見慣れない大型自動車が止まっているのが、窓から見えた。彼が住んでいる周りには民家が多くないため、近所の住人でない者や車はすぐに目立つのだ。

 リョウは不審に思いつつ、しばらく様子を窺っていると、ワゴン車の中から覆面被った数人が自分の家に近づいてきた。しかもその手に拳銃という忌まわしい凶器があるのを、彼は見逃さなかった。

――敵対する組織のヒットマンか? 

 そんな考えが脳裏を過ぎった。

 除隊したとはいえ、体に染み付いた血と火薬の臭い、そして戦闘技術は死ぬまで離れない。堅気の仕事をする傍ら、昔の伝手で裏の仕事を手伝うことが今でも時々ある。それは時として死と隣り合わせの場合もある。

 息を殺しながら、不審者たちの行動を監視する。しかし彼らの動きはとても隠密とは言い難い。

 ヒットマンにしては行動が不用意すぎる……強盗団か?

 素人同然の動きを見せているところから、敵対する組織からの刺客ではないと判断する。 


 そして不審者たちに感づかれないよう気配を殺し、さっと人数を数える。全員で五人――ただの強盗集団なら恐れることはない、そう思ったリョウはすぐに自室に戻り、愛用の拳銃にサイレンサーを取り付けると物音一つ立てず静かに家の中を移動する。

気付かれていることを知らない強盗たちは表玄関を避けて、人目につきにくい裏口に回っていた。

「やれやれ。休日の朝っぱらからこんな面倒なことになるとは」

 先回りして裏口付近で身を隠しながら、リョウは小声で呟いた。

 聞き耳を立てていると、微かに外から人の話す声が伝わってくる。どうやら、実行計画を確認しているようだ。リョウは微動だせず、石のようにジッとしていた。

 短いような長いような沈黙の後――裏口のドアが蹴破られて、覆面を被った者たちが中に侵入してきた。だが、その行動はまるでバラバラで統率が取れていない。やはり思っていた通り、ただの強盗である。

リョウは拳銃のセーフティーを解除し、物色を始め出した強盗の一人をロクに狙いもつけずに発砲した。銃声は減音器によって抑えられているが、それは騒ぎを大きくして、サラの寝起きを悪くするのを避けるためでもあった。

「ぐわっ!」

悲鳴が家の中に轟く。

弾丸は賊の右太腿を貫通し、床に倒れこんだ。しかし致命傷ではない。他の強盗たちが驚いて後ろを振り返った。

「おいおい、こんな手荒なモーニングコールを頼んだ憶えはないぜ?」

 銃を構えたまま、リョウがキッチンの下から身を乗り出す。木製の床とカーペットが血で汚れているのを見て、後から掃除するのが大変だと、リョウは微かに舌打ちする。

「手に持ってる物騒な物を捨てたほうが身の為だ。大人しくしてりゃあ、撃ちはしない」

一方、強盗たちは待ち伏せされていたに数瞬、戸惑いを隠せなかったが、すぐに仲間の仕返しとばかりに応撃する。

しかし、戦いのプロであるリョウの敵ではない。狭い場所での戦い方を知っている彼はまず強盗たちの拳銃をもった手を撃ち、強制的に武器を捨てさせた。

直後に疾風のごとく彼らの許に迫った。

「サンタクロースなら大歓迎なんだけど、物取りはお断りだ!」

 まず、一番前にいた強盗の腕を取って水月に膝蹴りを入れる。強烈な蹴りを喰らってその場に崩れる強盗に一瞥もくれず、すぐ傍に立っていた強盗の足を払った。そして関節を外して、文字通りあっという間に戦闘不能に陥らせる。残りの強盗たちも、抵抗する暇も無くすぐに取り押さえられてしまった。


 やがて――リョウの通報で駆けつけた警察によって強盗たち全員が逮捕され、負傷したまま連れて行かれてしまった。犯人たちは命に別状は無なかったが、打撃を受けて警察が来るまで気を失っていた者までいた。

 後日、リョウが警察から聞いた話によれば、逮捕された強盗たちはここ数日前から隣町で空き家を狙った強盗を繰り返して警察でも捜査をしていたと言う。

もっとも強盗たちにしてみれば、戦闘慣れしたリョウの家に押し入ったのが運の尽きだったことになる。

――ったく、最悪な一日になりそうだ……

 玄関先で犯人たちを乗せたパトカーを見送りながら、リョウは思った。少なくとも午前中は散らかった家の中を片付けねばならない。せっかくの休日なのにこれから忙しくなる、そう考えると憂鬱な気分になった。

「安息日にこんな面倒な事が起こった時、神様ならどうするんだろうなぁ」

 ぼやきながら家の中に入る。

 ちょうどその頃になって漸く、眠れる美女が起きて来た。あれだけの騒ぎでも起きなかったのだから、よほど深い眠りに落ちていたのだろう。

「おはよう、サラ。今日も」

「ん~、おはよう……リョウ。 外が騒がしくて目が覚めちゃったけど……何かあったの?」

 まだ眠そうに目を擦りながら、尋ねる。だがリョウはそっけなく、

「別に、何もない。平凡な一日の始まりさ」

 とだけ言い、そして「おはよう」の代わりとして美女の唇に口づけをするだけだった。



                                    (END)


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