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彼の本性は

 暖かな毛布。それにしては使い慣れたものよりもやたらに触り心地の良いそれに頬ずりしたくなる。鼻腔にコーヒーの香り。そう言えば昨日のお店、中からコーヒーのいい香りがしていたな。私あれからどうしたんだっけ? そこまで考えると、とたんに血圧が上がっていくのを感じた。ヤバイ、状況がわからない。ここはどこだろう。アイツ等に捕まってしまった? 恐怖はあるが意を決して心地よいベッドから飛び起きる。と、あまりに勢いよく起きたために頭を何かにぶつけた。

「いったー……」

 涙でぼやける視界に柔らかな光。キラキラと美しい。白い掛け布団。ベッドから足を下ろし立ち上がると頭部の少し上に天井がある。どうやらここは屋根裏にあるゲスト用の部屋のようだ。先ほど頭をぶつけたのはこの低めの天井のようだった。どうやら追手には捕まっていないようだ。彼らに捕まったとしたら、こんなに良い場所には寝かせてもらえないだろう。びしょ濡れだった服はいつの間にやら大きめのパジャマに着替えさせられている。袖の丈は長いけれどワンピース型のパジャマのようだ。デザインから女性ものだろうか。

「どなたか存じ上げませんがありがとうございます」

 ポツリと呟く。お礼、言わないと。一体今は何時くらいなのだろう。ベッドの横の床頭台に置かれている鞄から携帯を取り出す。午前9時。結構寝てしまった。私はこの家のどこかにいる家主を探すべく、下の階へと続いているらしい梯子を降りた。二階。誰もいない。広めの部屋には32型の液晶テレビとセンターテーブル、ソファが置かれている。どうやらここはリビングのようだ。というか、家おしゃれ。いやいや関係ないし。そんなことを考えているとトントントントン、と誰かが談笑しながら料理をしているような物音が聞こえてきた。どうやら、家主は一階にいるらしい。私は階段を降りていった。

「あの、すみません……え」

 階段を下りると、空間が一変した。大きなキッチン、バーカウンターには椅子が4脚並べられ、広いスペースにテーブルと椅子。奥に、心地よさそうなソファ。あ、あのソファって見覚えがある。確か昨日のカフェにもあったような――

 そんな思考の展開はとある声に遮られる。

「ああ、君。目が覚めたんだね。ごめん、気がつかなくて」

 その声はバーカウンターの奥から近づいてきた。ふわふわで茶色の髪の毛、緑の瞳に白い肌。背は170cmくらい、細身の割に上腕に筋肉がついていることから男性であることが伺える。高めの声が中性的な雰囲気に合っていて可愛らしい印象だ。

「あの、私」

「もう体は大丈夫なの? そこに座ったらいい。お店は、11時からだからここで朝ご飯を食べるといいよ。まってて、今作っているとこ」

 そう言って男性はキッチンの奥へ引っ込んでしまう。彼のその声には聞き覚えがあった。昨日、店の扉から出てきた人だ。彼が助けてくれたのだろうか。というか、見た目アイドルみたい。何歳なんだろう。そんなことを考えているとコーヒーの香りが一層強くなった気がした。その香りには覚えがあった。やはりここは昨晩立ち寄ろうとしたカフェのようだ。私はコーヒーが好きだ。とは言え、インスタントのコーヒーしか飲んだことがないのだが。母親はいつもそれを飲んでいた。上手く働かない頭で、母親のことを思い返す。しかし、それもまた視界に目玉焼きが写りこんできたことによって中断される。

「はい、エッグベネディクト。卵大丈夫かな」

「エッグ……? いただきます」

 男性のいうエッグ何とかは、パンのようなものに半熟の卵が乗っていてそれにソースがかかっているようだ。見た目も名前も知らない料理だったが、一口食べてみる。

「おいしい……!」

その瞬間、自分が酷く腹が減っていた事を思い出した。よほど空腹だったのか、口に入れたとたん腹の虫が鳴り始める。赤面していると男性は笑いをこらえているようだ。

「わ、笑うなんて」

「ご、ごめんなさい、だってあまりに。それ初めて食べるんだ?」

「うん、こんなオシャレなの食べたことない……です」

 裕福ではなかった私の家はこういったものとは無縁の生活をしてきた。目の前にコトリ、とコーヒーが置かれる。運んできたのは、真っ直ぐな黒髪を耳の下で二つに結わえた少女だった。

「どうぞ。千紘さんがもたもたしているので私が入れておきました」

 千紘さん、と言って少女は栗毛の男性をみる。千絋と言うのはどうやら私を助けてくれた男性の名前らしい。

「ごめん、ごめん。いつも助かってるよ。コーヒーは蒸らし時間が大事だからね。ああ、この子はアルバイトなんだ。普段は大学生なんだよ。一応、僕が店長」

「そうなんだ、すごい」

 私は目の前に置かれたコーヒーを見つめる。それはよく知っているコーヒーとは違い、漆黒の水面からビロードのような鈍い光を放っているて、香りも強い。

「コーヒーは好きかな。ブラックで大丈夫?」

「はい。あの、ありがとうございます。助けてくれて」

 急に鼻の奥がツンとしてきた。強いコーヒーの香りに粘膜が刺激されたのかもしれない。気がつくと頬に暖かな涙が流れていた。

「ありがとう、ありがとう……」

 私、助かった。助かったよ、母さん。一口飲んでみると、コーヒーはとても苦かった。けれど、舌に残らない苦味があり、すっきりした味わいの中に少し甘い香りが混ざっている。私は単純に感動していた。インスタントと全然違う。何より温かい。コーヒーは冷え切った体に染み渡るようだった。

「事情がよくわからないけど、困っているようだね。僕で良かったら話を聞くよ。僕は内田千紘といいます。できることなら君の力になるから何でも話して」

「はい」


 私は昨晩の出来事を全て話した。自分の家は母親がシングルマザーで決して裕福ではなかったこと。母親は私を育てるために夜の仕事をしていたこと。それでも返せないほど借金があったこと。そして、母親が病死してしまったこと。

「それで、母が入院してしまって働けないから借金を私が肩代わりしなくてはいけなくなって。高校辞めたんです。だけど高校生が生活費と入院費と借金を返すのに稼げるのって水商売しかなくて。お酒は飲まないようにしてたけど、強要してくるお客さんも少なくないし。やっぱり辞めたくなって、辞めようとしたのに、店の人が無理やり……昨日は、逃げてきたんです」

 そこまで話してハッとする。彼は、できることならと言ったけれど、これは私の問題で借金問題に他人を巻き込むのは間違っているのではないだろうか。ずっと一人で抱え込んできたがために、誰かに聞いてもらいたい思いで話しすぎてしまったのではないか。それは、自己満足であり甘えじゃないだろうか?

「……ごめんんさい、こんな話。やっぱり私すぐ出ていきま……!?」

「ぐすっ。ぐすん」

 てっきり引かれるか、最悪のところ面倒事を持ち込むなと言われると思っていたから、目を疑った。千紘さんは涙を浮かべて泣いており、その隣でアルバイトの少女が冷静な顔をしてハンカチを渡している。

「千紘さん、彼女、驚いています」

「だってぇー。あまりに可哀想でえ。この子まだ高校生なのよ!?」

 そう言ってハンカチを受け取ると両手で持って涙を拭く。何故かやたらと脇がしまっていて女性らしい。

「千紘さん、オネェ戻っちゃってます」

「ヤダ、ちょっともうこれ手遅れじゃない? ずびっ。若菜ちゃんだっけ? アタシが何でも助けてあげる! だからあなた、落ち着くまでうちにいなさい!」

 千紘さんは真っ赤になった鼻をハンカチでチーンと音がするくらい啜った。その仕草さえもやはり脇が閉じられていて女性らしい。私の目には彼が次第に女性のように映り始める。あ、あたし!? オネェ!? え、なになにどういうこと? しばし頭が混乱する。しかし次第にわかってくる。この人、オカマさんなんだ。確かに中性的だし、納得できる。今までは私が引かないように気を使ってくれてたってこと? 悪い人には見えないけれど、思いっきり人選を間違えたかもしれない。いやまって、勘違いかも知れない。とにかく頭を整理するべく真面目に質問をすることに決めた。

「店長さん、オネェなんですか。気を使わせてしまって、ごめんなさい」

 質問した途端、アルバイトの少女はあーあ、と言わんばかりに溜息をついて千紘さんに視線で答えを促しているようだ。千絋さんはと言うと、こくりと頷き大丈夫よ、なんて言っている。

「この子はそんなことで引くような子じゃないってわかるもの。もう、バレちゃったらしょうがないわ。そう。オネエよ。別に何の引け目も感じてないんだけど、やっぱり皆驚いちゃうから、初対面の人とかお客さんには猫かぶってるのよ」

 私は特別驚かなかった。世の中にそういう人がいることは知っていたし、むしろ前向きな彼らには好意さえ持っていたほどだ。綺麗な笑顔だな、と思った。同時にちょっとがっかりしている自分に気づかないふりをした。

 そこからは話が早かった。私は千紘さんの家であるカフェの屋根裏部屋に住ませてもらうことになった。千紘さんは高校に編入してはどうかと言ったが、授業料も発生するしそこまで迷惑をかけるわけにはいかないので無償でカフェの手伝いをすることにした。

「そうは言ってもねえ。本来は学生なんだし遠慮することはないわよ? なんなら私立高校だっていいんだから」

「でも借金返さないといけませんし、夜は別のバイトしますけど」

「あなたまだそんなこと言ってるの? それ、返す必要ないわよ。どうせろくな遺産ないだろうし相続しなければいいのよ。お母様がなくなったのは昨日のことよね」

 そう言うと千紘さんは私を連れ遺産相続権の放棄をするため市役所へ。その日のうちに手続きを済ませてしまった。(店は平日なのでアルバイトが3人で十分回っていた)オネェだけど、意外と常識もあるしいい人なのかも。私は彼を信用することにした。

 出かける際に着るものがなかったので、バイト用の制服を拝借したが、千紘に連れられ3着くらい服も購入した。(千絋さんは流石に下着屋さんには入れないので、そのだけは別行動したが)千紘さんのファッションセンスの高さに驚きつつ、私はすっかり女友達と買い物に来た気分になっていた。時間はあっという間に過ぎて行き、今は帰りのバスだ。千絋さんは疲れてしまったためか、話を振っても会話は続かなかない。何か難しい表情をしているようにも見えた。私は仕方なく千絋さんが窓側を譲ってくれたたため夕日を眺ることにした。数分後ふと千絋さんがつぶやくように言った。

「で、行くでしょう、高校。今はうちでバイトするものいいかもしれない。けど、あなた将来の夢とかないの? 」

 将来の夢はあった。地位のある職業について、母を楽にさせること。けれど。

「弁護士、になりたかったんですけど。母さん死んじゃったし意味ないっていうか」

 悲しいことを思い出してしまい俯く。千紘さんは意外そうな視線で眺めると、ふと微笑んだ。

「あんたって、見た目の割に苦労してるししっかりしてるのね」

 そう言って髪をくしゃくしゃと撫でてくる。金髪だ。自分で染めたので手入れは行き届いておらず毛先が少し傷んでしまっている。化粧はあまりしない方だ。

「こ、これは。友達に貧乏とかバレたくなくって。自分でしたの。あんま、似合ってないのは知ってるよ。化粧も、実は苦手」

「あんたのそういうとこ、可愛いと思うわ」

 そう言って微笑んだ顔が優しくて、私は耳が熱くなるのを感じた。か、顔がいい人の笑顔って反則だ……! 

「オネェに言われても嬉しくないし! とにかく、私働きますから! 赤の他人に無償で匿ってもらうとか、嫌!」

「でもねぇ。弁護士、いいじゃない。お母さんそれ知ってたの?」

「知ってた。頑張りなさいって」

 また泣いてしまいそうになるためそこで一度俯いた。お葬式もしてあげられなかったな。母親は駆け落ちしており親戚とは絶縁状態だった。できたのは、入院先の病院で少しお別れを言った程度。母親の貯金全てを使って共同墓地に遺骨だけは収納できたけれど。いつかはちゃんとしたお墓に入れてあげたい。

「だったらさ、弁護士になるのが一番の夢じゃないの。お母さん、亡くなってしまったけど若菜ちゃんが弁護士になったら喜んでくれると思う。傍にいなくたって、きっと天国で見てるでしょ?」

「わかった。けど、私やっぱり昼はカフェで働く。それはけじめというか、させてください。高校には夜行きます」

 その後は転居手続きやアパートの解約、最低限の手続きのため一度アパートに戻った。荷物が多い家ではなかったので片付けはすぐに終わり、洋服数着と印鑑、自分の通帳のみを持ち出すだけで事足りた。その後は転居届を出したり新しい高校への編入テストを受けたり、入学手続きをするのに一週間程かかった。


 

序章~一話まで読了ありがとうございます。

さて、これから若菜はどうなってしまうのか?

千紘はなぜオネェなのか?

無事に働けるのか?

先の展開を知っている方も、復習のつもりでどうぞ!


視点を統一したので幾分読みやすいかと思います。 

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