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噂の少女とは

 次の日、出勤してきた天パさんにカフェタイムが急遽休みになったことを告げると、とても驚いていた。それはそうだろう。千紘さんが店を閉めることってそうそうないからだ。

「その、千紘さん病気っすか」

「うーん、そうとも言うし違うとも言う」

「お、俺差し入れ買ってきます!」

「あ、でも風邪とかじゃなくってちょっと疲れているだけなんですよね。今日は私もオムライスの試作品の買い出しもあるし、思い切って休みにしようって決めたところで。出勤してきてからのお知らせになってしまって申し訳ないんですけど。その、たぶん夜は開けると思うのでランチのシフトの子たちにだけ連絡回してもらえますか」

 天パさんは二つ返事でスマホをスイスイと操作。およそ30秒で連絡が終了するこの人のネットワークの広さは尊敬できる。私は買い出しのため、一旦屋根裏に自室へ。何時もわずかな物音で起きてしまう眠りの浅い千紘さんも、今日ばかりはまだ眠っているらしい。起こしてしまわないよう細心の注意を払いながら着替える。誰かと会うわけでもないので、ティーシャツにジーパンというラフなスタイルだ。

「あれ、天パさんまだいたんですか」

 一階のカフェペースに降りると、まだ天パさんがいた。どうやらスマホでゲームをしているらしい。声をかけた瞬間にこちらを向いてしまったので、ゲームオバーの音が流れる。

「あ、負けちまった。いや、俺暇っすから買い出し付き合おうと思って。試作するなら結構沢山買わないといけないし、若の荷物持ちがいるっしょ?」

「わ。本当ですか! 嬉しい」

 実を言うと少し不安だったので素直に嬉しかった。天パさんとはシフトで被る以外に2人で話す機会が少ないし、色々と聞いてみたいこともある。買い出しは基本的に川沿いから離れた繁華街で行うので、バスに乗る。店で使う分はアルバイトたちがシフトの前に千紘さんから頼まれたものを買って来ることが多い。それでも足りないときは、多くは千紘さんが買い出しに出るから私は未経験だ。そのため、天パさんがいると心強い。前もってうちの店が贔屓にしている店を聞いてはいたものの、量であるとかそういうのは想像がつかなかったのだ。

 通学に使っている最寄りのバス停とは反対側のバス停を使って繁華街へ。古いけれどそれなりに栄えていて、肉の専門店なんかもあったりする。卵なんかもここで買えるので、まずは肉屋へ。

「あらいらっしゃい、佐竹君じゃないの~今日は彼女と一緒かしら」

 肉屋のショーケースを眺めていると、天パさんが話しかけられている。彼の本名は知らなかったけれど(うちのカフェは基本的に名札にも愛称を使用しているため、実のところアルバイト全員の名前を把握しているのは千紘さんくらいなのだ)肉屋の店主の目線ですぐに理解した。

「やー、彼女は例のあの子っす。千紘さんの」

「きゃー、貴女がそうなのぉ。まー、白いわねえ、細いわねぇ。モデルさんみたいじゃないの。ハーフ? あら違うの。髪の毛、自分でやったの? かっこいいわねー」

 どうやら千紘さんの養子わたしのことは、商店街でもかなり噂になっていたようで、肉屋の店主は根掘り葉掘りと質問をしてきた。血は繋がってないって本当、あらそうなの。ふうん。そうよねえ、計算が合わないもの。じゃあ何がきっかけなの。あら、ごめんなさい。辛いこと思い出させちゃったわね。そんな質問は当にされ慣れていたので、特に問題なく業務的に答えるだけだ。オムライス用の卵6個入り2パック、ゲット。チキンライスに使用する鶏肉も購入した。とりあえず10食分用意したので、これだけで結構な重量だ。天パさんがついてきてくれて本当に助かった。

「その、若ちゃん。あの女ヒト悪気はないっすけど。ちょっと噂好きなんす。良い人なんで気にしないほうが……」

「うちのお客さんの方がもっとすごいので、大丈夫ですよ。きっと、わけがわからない若い女の子が来たからびっくりしたんだわ」

 そう、比べるなら店にやってくる千紘さん目当ての女性客たちの方が、かなり探りを入れてきた。そのくらいあの人は人気があるのだ。毎月行われるスタッフ人気投票に参加していないから目には見えないけれど、女性客の半分は千紘さん、半分はポニーさん、そして多くの女性客の二番目は天パさんみたいな。そんな感じなのだ。それは今ではあまり見られなくなった光景だけれど、だいたいは千紘さんが事態を上手いこと納めてくれていたっけ。

 そんなことを思いながら、行く先々の店で同じようなやり取り。これで私も千紘さんの養子むすめとして顔を覚えてもらったというものだ。買い出しするにも、顔見知りがいた方が心強いし何より今まで千紘さんがお世話になってきた人たちにきちんと挨拶ができて嬉しい。だけどやっぱり不躾な質問もあって、天パさんはとても気を遣ってくれたけれど、私としてはどうということはないのだった。

 結局野菜も合わせると、二人がかりでやっと運べるくらいの重量になった。千紘さんは買い出しの時いつも、どうしているんだろう。そんなことを思いながら店へ。時刻は15時半を回っていた。今日は仕込みもしていないだろうし、そろそろ千紘さん、起きているかな。そう思ってスマホをチェックする。

「げっ」

 思わず声が出てしまう。千紘さんからの着信履歴、10件。そう確かに、予想はできた。けれど今日は新鮮な状況が多すぎた。

「何か問題っすか」

「問題ではないんですけど……幾分心配性なんですよね」

 天パさんが心配そうに覗き込んでくる。私は声に出して説明するのもなんだか恥ずかしくてスマホの画面を見せた。天パさんは苦笑しているようだ。

「俺も気が付けばよかったっすね」

「いえ、私の問題ですから。と言うか居てくれて助かりました。一人だったら学校の時間までに帰れたかわかりません」

 天パさんと二人でお出かけするもの初めてだったし、店から商店街に行くのだって。千紘さんが起きた時のことまで考える余裕がなかったのだ。彼のことだ、何も言わずに買い出しに行ったことを心配しているのだろう。ヤバいな心配かけちゃった。けれどバスの中だし、今すぐ連絡を折り返すわけにもいかない。申し訳ないけれど、そこまで時間はかからないしとりあえずバスから降りるまでは連絡を返さないことにする。

 バスに揺られること15分。バス停で急いで店の固定電話に連絡。千紘さんは仕込み中、スマホなんて持たないからこっちに連絡するのが確実だ。

「あっ。もしもし、若菜だよ。ごめん、ちょっと色々あって電話気づいてなくって」

『そう、大方そういうことかとは思っていたわよ。それより、荷物とかどうしたの。重くて大変なんじゃない』

「えっと、実は天パさんが買い出し付き合ってくれて。もう、近くのバス停。今から帰るところ。」

『あら、お礼言わなきゃね。店まで気を付けて帰ってらっしゃいな』

 電話口の千紘さん、オネェだ。昨日、私に対してオネェな態度を辞めると言っていたけれどそれは本当に2人だけの時だけに限定されるらしい。理由は至極全うで、彼がオネェを使うのはお客さんやアルバイトなど若い女の子と接する機会が多いからなのだ。千紘さんは某アイドルのようなルックスだし、とにかく見た目がいいので、息をしているだけなのに女の子と噂になったり、顔も知らないストーカーができたりして昔から困っていたと言う。だから、素の千紘さんが見られる人間は限られているし私なんかは住居スペースにいるときのみなのだろう。

 つまつところ、この内田千紘という人間は普通の男性なのだけれど、アルバイトや顔見知り程度の人間にはオネェとして振る舞い、店ではカフェKURONEKOの店長・千紘を演じると言う複雑怪奇なことをしているわけだ。流石は、うちの店の発案者というか。演じ分けが完璧だし、どれも完成度が高い。凄いのは、どのパターンの彼も知っている私から見てもどれも同じ人間に見えると言うことだ。

 店の裏口、いつもはアルバイトたちが使っている扉から店内へ。キッチンの裏に面するそこはバックヤードになっていて、数日分の食材を保存できる冷蔵庫やスタッフが使用するエプロン、汚れたエプロン入れ、季節もののクリスマスツリーまで置いてある。既に冷蔵庫に入っている食材との差別化をするため、別の容器に分けて、オムライスの試作品の材料を保存。

 私たちが立てる物音で帰宅に気づいたのか、キッチンで仕込みをしていた千紘さんがこちらにやってくる。

「天パ、ありがとね。アタシったら寝ちゃってて。若菜ちゃん一人じゃこれを抱えて帰るの無理だったと思うわ」

「バイト代はきっちりもらうっすよ、俺ゆとりなんで」

「あらー、私は確かに今日のバイトは休みって連絡を入れるように、若菜ちゃんに言っていたのだけれど?」

「おー怖い怖い、冗談っす。んじゃ俺はこれで」

 二人はそんな冗談交じりのやりとりをして、天パさんは立ち去ろうとする。思えば、千紘さんと天パさんが直接話しているところってあまり見かけないかも。それだけ、天パさんの仕事が完璧だから。彼は千紘さんがいないときでもフロアー業務を一人で仕切ってしまえるくらいだから、バイト中は千紘さんの次に忙しいのだ。私は、どうしても今日のお礼がしたくて声をかける。

「あ、ちょっと待ってください。これから用事ありますか。バイト代と言っては安すぎるかもしれないのですが……コーヒー飲んでいきませんか」

朝と同じ要領でコーヒーを準備。思った通り、全く同じように作ることができた。要は、もう技術は当に出来上がっていて、あとはポットの重さや手際の問題だったと言うこと。

「昨日初めて千紘さんにオッケーもらったんです」

「へぇ。うん、いい香りっす。美味しい。千紘さんのコーヒーに一番近いかも?」

 一番近い、か。私は千紘さんの入れるドリップコーヒーを目指しているのでまだまだということだな。

「コーヒーの味って同じにはならないの。若菜ちゃんのは甘みが強いわね。これはこれで人気あると思うわよ。うちのお店、ドリップに指名入れてくる人もいるのよ」

 千紘さんによると、ハリーさんのコーヒーはスッキリ、黒猫さんのは苦味、天パさんはバランスの取れた味と香りが売りなのだとか。もちろん、一定の味の基準を満たしていないといけないので人によっては同じ味に感じることもあるそうだ。コーヒーを飲み終えると天パさんは帰っていった。コーヒーが淹れられるようになって良かった。私にできる精一杯のお礼だ。

 裏口から帰る天パさんを見送り再びバックヤードへ。コーヒーカップを片付けるためキッチンに戻ると千紘さんは早くもディナータイムに向けて仕込みの最終段階に入るところだ。邪魔してしまわないように、こっそりとコーヒーカップだけを洗っていると、ブイヨンスープと睨めっこしていた千紘さんが話しかけてくる。

「そうだ。コーヒーも合格したし若菜ちゃんにもキッチンに入って欲しいところなんだけど」

「あ、えと。はい」

「今はオムライスの開発もやってもらってるし、新しいことを沢山覚えるのは大変だと思うから、メニュー開発が終わってからシフトに組み込もうと思うんだけど大丈夫かな」

 オネェ言葉ではない話口調にぎょっとする。あ、そうか。今アルバイトたちがいないから素なんだ。素の千紘さんに違和感はないと言ってきたけど、何がって私が一番状況に慣れていなかったりする。

「うん、そうだと助かる」

「うん。ああ、それ僕やっておくから、若菜ちゃんは着替えておいで。そろそろ、梓来るんじゃないの」

「あ、本当だヤバい!」

 時刻は16時をとうに過ぎている。夜間高校は18時からなので、梓はそれよりも少し早めに来て、ここでお茶をして行くのだ。今日は店を開けていないけど、黒猫さんはバータイムのシフトに入っているのでおそらく彼と一緒に早めの時間に来るだろう。今のところ仕込みを手伝えるアルバイトは彼女だけなので、休日やランチが混雑する水曜などは仕込みの手伝いもしていたりする。いつもという訳ではないけど、アルバイト歴が長いからなのか丁度良いタイミングで仕込みの手伝いに来てくれるから本当に優秀だ。私もあのレベルまで上り詰めなくては。


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