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新たな試みに

突然お知らせもなく二週休んでしまい申し訳ありませんでした。

ちょっと精神的な疲れもあってこちらに来れませんでした。

来週までの更新分くらいはあると思うので来週までは無事に更新できそうです。

頑張って完結目指します。

「いらっしゃいませ。KURONEKOへようこそ。カフェタイムは15時までとなっております。ラストオーダーは14時30分までですのでご了承くださいませ。それからええと、今月の限定ランチは……」

「若菜ちゃん、今月のランチはトルコライスセットですよ。各自メニューは確認しておくよう言っているはずですが。まだまだこの店を任せるわけには行きませんね」

 ふわふわのブラウンヘアが視界に移るや否や、ポスンとトレンチで頭をぶたれる。涙目だ。こうなったら、仕返ししてやるんだから。私にだって接客しながら言い返すくらいの余裕はある。飛び切りのぶりっ子涙目で上目遣いをする。

「ごめんなさい、パパ」

「……!! パ、パパはやめなさいと言っていますよ。ここはお店ですからね」

「はいお父さん。ごめんなさい……でもいつもの呼び方が慣れていて」

 パパと呼ばれてあからさまな動揺を見せる千紘さんに、してやったり顔をする。私だって、もうここで働き始めて結構経つんだから。水曜日。火曜日が定休日のこのカフェでは、何気に忙しい午後。私がこのカフェで始めて1年。

 千紘さんと出遭ったのは、大雨の夜のことだった。そのころ私は、借金まみれで貧乏な天涯孤独の高校中退ギャルだった。今は、オネェなカフェの経営者の養子で居候な現役jkギャルなんだけれど。まあ簡単に言っちゃえば拾われた猫ってやつだ。冗談みたいだけど、これは現実で運が良すぎていつか罰が当たるんじゃないかと思う。そんな私の物語だ。


 遡ること三ヶ月前。私は怒りに震えていた。

「卵はトロトロじゃなきゃありえないー!」

「生産性考えたらぜったい薄皮のオムライス! 美味しさはトッピングでどうにでもなるでしょ! トロトロ卵のオムライス、卵何個使うと思ってるわけ!?」

 この界隈のライバル店で、オムライスを食べたことをきっかけにうちのカフェでもオムライスを作ることになったのだけど、その開発を私と友人の梓が任されたのだ。私は新メニューの開発が初めてなので、今回は経験のある梓のサポートを受けることになった。だけど、普段が仲良しだからって仕事でも上手く行くというわけでもなく。

 深夜のカフェの一角。宿題を片付けた後にまずはオムライスのプランを練り始めたところで意見が割れた。梓は、ネコ目を更に吊り上げている。モウヤダ梓怒ると目つき更に悪くなって怖い。けれど、私にだって譲れない主張があるので、精一杯ガンつける。

「ちょっとアンタ、そうやって不良みたいにガン飛ばすのやめてよね。只でさえ金髪なんだし、怖いんだけど」

「梓だって、ネコ目で睨むとかひ、卑怯! 私女の子なんだからね!?」

 因みに彼は定時制高校の同級生で名前は上木梓、男子だ。中性的な見た目をしていて小柄でネコ目、明るめのボブヘアが良く似合うツンデレ。ブレザーの下に羽織ったパーカーがトレードマークだ。いいヤツだし気も会うし普段はとっても仲良しなんだけど。今回ばっかりはそうも行かないみたいだ。

「ね、ネコ目とか知らないし。睨んだのは謝る。けど、コストのことも考えないと遊びじゃないんだからさ。迷惑を被るの、千紘さんだから」

 ネコ目と言われたのが意外だったのか、赤面している。こういうちょっとした仕草が可愛いので私は梓のこと放っておけないんだろうな。

 梓は、以前に家出をした際に千紘さんに拾われ、このカフェで働いていた。一緒に暮らすうちにオネェの千紘さんのことが好きになったけれど、結局あの人のアレは営業用というかファッションオネェなので振られ(梓は何も言わないけど私はそう思っている)、家に帰ったらしい。さすがにちょっと不憫な気がする。何せ、千紘さんのアレはとても完成度の高いオネェなので私も最近まで本当のところどうなのかを聞けないでいたからだ。

 何にせよ、梓ったら千紘さんのことになると必死なんだから。私にだってちょっとくらい優しくしてくれたって良いのに。でもまあ、メニューが失敗したらコスト面で迷惑を被るのは千紘さんだというのは本当のところなので、私としてもそれは避けたい。仮にも、お父さんだし。

「う……千紘さんに迷惑、かけたくないです」

「迷惑なんてかけたら、アンタまた一人で落ち込んでここ飛び出して行きそうでしょ。そうなると千紘さんパニクるし、俺がアンタを慰めないとけなくなるでしょ。そういうの、面倒だから」

 梓はそう言うとぽりぽりと頭を掻きながらそっぽを向いてしまう。耳が赤い。照れているのだろうか。だったらはじめから言わなきゃ良いのに本当に良いヤツなんだから。私は思わず顔がにやけてしまう。

「そうだね、そうならないために頑張らないと。んでも、やっぱりトロトロは譲れない!」

「ちょっと」

「……ので、提案です。卵はさ、コストの限界ギリギリまで使って生クリームとかで嵩かさ増しすれば何とかギリギリで行けないかな」

 梓が暫く考える。お願い、審査が通りますように……! なんて。そんな沈黙を破るかのように、コーヒーがコトリとテーブルに置かれた。

「煮詰まってるみたいね? あんまり時間かけても、良いアイディアは出ないわよ。コーヒーでも飲んでちょっとブレイクタイムにしたら?」

 千紘さんが、私の座っているソファ席の横に腰掛ける。どうやらお店のクローズ作業も終了したようだ。座るときにふいに掛けられる手の指が揃っていることであるとか、据わったときの脚の閉じ方、何故か沿っている背筋など総じて妙に女子力が高い。

「二人だとどうしても意見が合わなくて。うるさくしてごめんなさい」

「……すいません」

 梓は、モジモジしてる。いつも千紘さんが近くに来ると無口になるのだ。梓、きっとまだ千紘さんのことが好きなんだろうな。千紘さんのオネェが予防線であることをちゃんと知っている者は極少なく、古い友人の的場先生(彼は、私と梓の夜間高校の担任だ)と私くらいなのだと言う。実に徹底した予防線である。カフェで働くアルバイトは若い女の子が多いし、お客さんだって女性が多いからなのだとか。私としては結構どっちでもいいというか。千紘さんのオネェは完成度が高すぎて違和感すら感じないから。

 言い合いをした後ということに加え、千紘さん効果で梓が無口なので、なんとも言えない沈黙が漂う。その空気から逃れるように、テーブルに置かれたコーヒーを一口。ほろっとした苦味、キュッとした酸味、けど舌に残らぬすっきりとした味わい。香りは後からちょっと土のような匂いが混じって来る。南アフリカ系の豆を使っているとすぐに分かった。

「美味しい。何でこんなに違うかなー」

 私がドリップすると何故かパンチの効いた酸味が出てしまう。原因はお湯を早く落としすぎることだと分かっているんだけど、コーヒーポットって見た目の華奢さに反して案外重い。ゆっくりとお湯を落とすには結構な握力を要するのだ。

 考え込んでいると千紘さんが笑う。脇はしまっていて口に添えられた手の指が揃っている。非常に女性らしい。いつも私のドリップに練習に付き合っているから私の成長の過程は良くわかっているのだ。それで、きっと拙い味を思い返して笑ってる。意外に腹黒いんだから。

「あら、でも最近の若菜ちゃんのはこう、キュッとして目覚めには良いわよー」

「でもキッチンには立たせてくれないくせにー!」

「うふふ」

 KURONEKOでは、アルバイトの実力に応じて始めはホールでの接客、そしてキッチンに入ることもできるようになるけれどその実力の判断基準の一つが、ドリップコーヒーの味なのである。そして私はまだ自分の納得できるコーヒーすら淹れられないでいる。もう三ヶ月以上練習しているのにな。

 そんな遣り取りにも梓は入ってこない。じっと下を向いて何事かを考えているようだ。やっぱり、怒ってるのかなあ。いくら仲良しでも私は梓のこと、わかんないときって結構あるし。価値観だって、正反対と言うか。だからこそ上手くやれているんだけれど。梓と言い合いになったことに今更落ち込む。何にせよ、私の学校生活は彼がいないととても詰まらないのだ。けれど、思っていたのとは違っていた模様。梓は突然顔を上げた。

「生クリーム案賛成で。俺は例のカフェ行ってないから良くわかんないし、これアンタが任された仕事でしょ

。それに……アンタ頑固だしどうせ意見曲げないんだろうし」

 そっぽを向いた耳が赤い。か、可愛い。可愛すぎる。それよりも何よりも、私は梓が賛成してくれたのが嬉しくて顔がにやけてしまう。

「本当に!? やっぱり梓なら分かってくれると思った!」

 素直に嬉しかった。私がこだわる理由がそこにはあった。これは私がKURONEKOに来て任された初めての大きな仕事なのだった。私だって、ちゃんと利益のことは考えている。だからこそ中途半端なものは作りたくなかったのだ。梓がどうしても納得してくれないようなら、例え一人でも成し遂げようとしたけれど。

「はいはい。話まとまったし今日は解散な。千紘さん、ご馳走様でした」

「いいのよ、つき合わせちゃってごめん。菜緒ももう上がって良いわよ」

 梓は、咳払いするとソファから立ち上がる。すぐに千紘さんも立ち上がった。本当、この人は抜かりないというか。まるで梓が帰るタイミングを推し量ったかのように、キッチンへ。クローズ作業が終わって休んでいた、黒猫さんを呼びに行ったのだろう。アルバイトリーダーの彼女は梓の姉なのである。

「……ん。帰ろう」

 菜緒、と本名を呼ばれた黒猫さんはキッチンで寝てしまっていたのか、眠そうに目を擦りながら店のドアの方へ。梓が転ぶなよ、なんて声をかけながら支えている。背丈も同じくらいだし、本当に見た目に関して言うならば髪型以外は瓜二つだ。確か、年子だって言っていたような。

 梓たちが帰るのを見届け、私はシャワーを浴びる。千紘さんは、いつも私に先にシャワーに入るようにと言ってくる。あれでも、色々(例えば、髪の毛であるとか、体臭であるとかそんなことらしいが)と気にしているらしい。私はあまり気にならないと思うけれどお言葉に甘えるだけだ。シャワーを浴び、パジャマに着替えて、ベットイン。シーツを日中干していたからカラカラになっていて気持ちがいい。ベットに入るとついつい考え事をしてしまう。お母さんは私の悪い癖だと言っていたな。

 今日のことで改めて実感したけれど、梓は本当に私のことをよくわかっているな。3ヵ月と少しの付き合いなのに世話になりっぱなしのような気がする。ふと、反対に私は彼に何か返せているのかな。そんな風に考えた。


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