黒コーヒー
コーヒー愛飲家として、朝のブラックコーヒーは欠かせない。
とんかつに千切りキャベツがないと物足りないように、コーヒーを飲まないと私の朝は始まらない。
おいしいコーヒーが飲めた日は、とても素敵な気持ちで一日を迎えられる。
しかし、キッチンに下りたもののお目当てのものは見つからない。
「ママーママー、コーヒーのあれ、どこに置いたのー?」
「あれ?...ああ、コーヒーの粉末ね。粉末なら食器棚のところにおいてあるわよ」
お母さんはフライパン片手に言う。すぐに私は"あれ"を見つける。
「あった!ありがと!」
これでおいしいコーヒーが飲める。浮足立つ心はまるで、ハンバーグを目の前にしているようだった。
粉末を容器に入れ、バリスタにセット。カップを置き、ボタンを押した。そして私は、待ち遠しくコーヒーが注がれるのを覗きみて待った。
しかし、少し過ぎてもコーヒーは注がれなかった。確かお母さんがコーヒーを作る時は、バリスタから電動歯ブラシのような音がして湯気が出て、コーヒーが注がれるのを覚えてる。
バリスタからはその気配は感じれなかった。
「馬鹿じゃないのあんた。コンセント差さってなかったらコーヒー作れないじゃない。そんなんじゃいつまでたっても出ないわよ」
朝食を運ぶお母さんは、私を見て笑いながら言った。どうやら、今日はイングリッシュマフィンにハムエッグみたいだ。なんと、私の大好物だ。やった!
「おか、ママ!うるさい!もう笑わないでよ!」と私は悪態をつく。
コンセントをプラグに差し込む。
バリスタのボタンが命を宿したように、グリーンに光った。
ミッションはクリア。コーヒーの出撃準備は完了であります。
テーブルにつくと、すでに朝食の用意は整っていた。
いや、それは整っているように見えて、私の目には整っていない。最後にこのコーヒーを並べることが、私にとって最も重要なことで、必要であった。これ抜きでは、今日の朝食に私は満足できないだろう。
私がテーブルに着くと同時に、母親もテーブルに着き、テレビをつけた。
「ママ」
「何? さっきから気持ちの悪い」
「いいママ。よく聞いてね。子供の話だからって、ないがしろにしたらダメよ。私は最近、気にかけてることがあるの。"マナー"って言葉はしっているわよね。"マナー"はとても大事で、人に好かれるために必要なもの。私は人に好かれたいの。そのために私は"マナー"を身につけないといけない。だから普段の生活から"マナー"を意識した生活をしないといけないのよ。テレビを見ながら食事なんて論外よ」
「ああ、テレビを消せってことね。はいはい」
お母さんは少し考えてそう言い、テレビを消した。
「まったく本当にわかってるのかしら」
私はあきれながらも、イングリッシュマフィンにハムエッグをはさみ、それにかぶりついた。サクッと焼かれたマフィンに、ジューシーな目玉焼きが、口の中でいっぱいになる。これがすごいうまいのだ。
そして、コーヒーのカップに手をかける。ぐっと重みを感じる。なみなみと注がれた、黒曜石のように吸い込まれそうな深さが、大人という言葉を連想させた。ふちを口に近づける。
「あれそのコーヒー、私にくれるんじゃないの?」
「違うわ。これは私の」
「あれでも、あんたコーヒー苦手じゃ...」
「にがッ」
私はまだ子供のようだ。
それでもがんばって、残ったコーヒーは飲み干した。