昭和の男達。
マッドネス。
ナッティ・トレイン
どれくらい寝ていただろうか。「写真撮るって」と寝ている俺を起こして凛が言った。俺はとりあえず寝ている伊舞を起こして「写真撮るらしい」と伊舞に言った。そして俺と伊舞は凛に付いて行った。「日武さん、もうすぐ帰るから、その前に何かを残したいって、だから私が、写真はどうですか?て言ったら卓人と伊舞を起こしてきてくれて言われて二人を起こしに来たの」と凛は説明してくれた。「ありがとな凛」「ありがとう凛お姉ちゃん」俺と伊舞がそう言うと凛は「どういたしまして!」と笑顔で言った。
そして、父と明斗さん、大介さん、がいる部屋の前に着いた。凛は「卓人君、お先にどうぞ」と凛は笑顔で言った。俺は少し不自然に感じながら扉を開けた。その瞬間、俺の頭に衝撃が走った。そして床に何かが落ちた。洗面器だった。
俺の前には爆笑している三人の大人達がいた。そして三人は「ドッキリ大成功!」と言うと「ホンダホンダホンダ…」と三人は笑顔でムカデダンスをした。これは80年代初期のホンダ車であるシティのCMでマッドネスがしていたナッティ・トレインという奇抜なダンスをあのドリフターズがまねをしたもで、当時の小学生などを筆頭に社会現象になる程の人気だったという。それを見て俺は笑顔になり「ホンダホンダホンダ…」と父と明斗さん、大介さんと一緒に踊り始めた。そして俺はあることに気づいた…。その様子をずっと笑いながらカメラで取っている凛の姿を…。
ホンダのシティ&モトコンポは昭和56年10月29日に新宿のセンチュリー・ハイアットにて発表された。東京モーターショーの前日でしたが翌日の東京モーターショーで最も人気を呼び、発表後約1ヶ月で受注ペースは軽く1万台越え。そしてホンダ初の四輪ターボ車であるシティターボを昭和57年9月20日発表・発売した。その後マンハッタン・ルーフ、電動ガラス・サンルーフ仕様車、ターボⅡ、ハイパーシフト仕様車、カブリオレなどを送り出したシティは昭和61年10月にフルモデルチェンジされました。




