嵐の前の静けさとでも言おうか...
「換気、換気ーっと...」
家に帰ると誰かが事務所の中をゴソゴソと蠢いていた。
何?空き巣?と一瞬 鼓動が早くなるのを感じたが、そう言えばバイト雇ったんだと思い出して扉を開ける。
「...鍵」
「っ?あ、あぁ...社長か...
どうしました?」
俺が突然 声を掛けたので驚いた様な声を出す。
「い、いや、鍵なんで持ってんの?」
「それは企業秘密ですよ」
発言の意図が読めない俺に優しい世界では無い。
渡瀬は当たり前の様に話しかけてくる。
「それより、私って何すれば良いんですか?」
「電話を受ける。来客と話す。茶を淹れる」
某 有名ブランドの椅子に腰を下ろし、引き出しからタバコを取り出す。
100円ライターで火をつけ、煙を吐き出す。
一連の動作を眺めて居るだけだった渡瀬が再び口を開く。
「社長って何キャラですか?」
問われて考える。
俺は一体 何者だと、強いて言えば調子に乗っている高校生か...達観した感じを出す臆病者か...
話すのが得意では無いし、コミュ障とも言えるか。
思考の渦に飲み込まれていく。
「わからん」
ここで俺の悪い癖が炸裂した。
その名も、すぐ諦めるやつ。
俺はこの癖のせいで、生きる事以外は諦めている。
いや、喫煙のリスクを知りながらもタバコを手放さないことを考えると、命も諦めているのかもしれない。
「出来るオーラ出してるけど実は何も出来ないキャラですね。通称、出来詐欺」
「うるせぇ...爆乳女」
実に面白くない。
しかも、俺らしくもない。
誰かと談笑をしながら、放課後を過ごすなんて俺以外の誰かのすることだ。
俺の理想じゃ、この間の事件をサクッと解決。そこで二人とは縁切りをして、再び姉を探しながら朝の日課である交差点ダッシュを繰り返す日常に戻るはずだったのに...
そこで、ふと思う。
ーーー俺、今朝 交差点ダッシュしてねぇな
俺は、案外 満足しているのかも知れない、現状に。
はいぃいい、倒置法ぅぅうう!!
俺が倒置法を使う時は、心に余裕がある時だ。
つまり、俺は現状を未だ打破出来ると思っている。そのうち縁切りしたら良いや。
相変わらず楽観視の俺であった。
Ⅹ Ⅹ Ⅹ
ガタッ...
ドアを開く音が室内に響いた。
昼間、鬼瓦から執拗に追いかけられたことで疲れが溜まって居たのか、いつの間にか換気された室内の涼しさと冬 特有の乾いた風に心地良さを感じ微睡みに落ちていたらしい。
突っ伏していた机から顔を上げる。
固まった首を回しながら時計に目をやる。
午後10時30分...
渡瀬は帰ってしまったらしく、来客は俺が口を開くのを待っている。
前を向くと来客と目があった。
「はじめました」
「何を!?」
寝起き一番の挨拶から外してしまった。
コホン...と、咳払いを一つ。
それで、俺のミスは帳消しだ。
「はじめまして」
「初対面じゃないけどね」
ジト目で見られると、背筋がゾクゾクする。
それは、俺が変態なのと何一つの因果関係はない。
『目は口ほどにものを言う』
先人は偉大な教えを残したモノだ。
今、俺の目の前に居る、赤っぽい黒髪の少女の目は語りまくってる。
『なに、なかったことにしてるん?
それに、はじめまして。ってなに?あんた、知り合い少ない癖に、私にそんなボケかます余裕あんの?生まれて来たこと後悔するぐらいの強烈な突っ込み入れたろか?』
と、ビンビン伝わってくる。
「...なんか用か?」
んー、会話って難しい!
「別に...生きてるんかなーって思って」
「?」
最近の女子学生の発言は突飛過ぎる。
何これ、俺が悪いの?
まったく何を伝えたいかわからないんだが...
浪速 鳴海
それが彼女の名前だ。特徴は赤っぽい黒髪のツインテール...後は関西弁を使っていることぐらいか。
俺と知り合い以下 他人以上の関係を保ち続けている一つ学年が下の女の子。
おじさんが気に入っていたお好み焼き屋の一人娘だ。たまに、お好み焼きを持ってきてくれる良い奴。
「なんか作ったみたいやけど...これ食べ」
そう言ってお好み焼きが入っていると思われる袋をソファーに置く。
つか、俺が何か作ったの?
「えーと、メルシー」
「ありがとうぐらい普通に言いや?
社会出られへんで」
そんな捨て台詞を残し、鳴海は去っていった。
ーーー関西人って、ほんま怖いわ。
俺専用-イス(発音は赤い彗星のザクと同じ)から腰を上げて、ソファーの前に置かれたガラス製のテーブルに目を落とす。
なるほど、確かに何かある。
その正体を見破れなかった為、ソイツ等を凝視すると正体が判明した。
晩御飯だ。
渡瀬が書いたと思われる書き置きと共に、テーブルに鎮座するそれは、この室内とはあまりに不釣り合いで、異端に見えた...
ーーー晩御飯が異端に見えるっておかしいだろ...
見ただけでわかる。
鳥のむね肉を炒めてマヨネーズをかけただけのメインディッシュ...戦場と化した小鉢の中で倒壊している豆腐。具のない味噌汁。
そんなエリート戦士達が蔓延る中、無個性のモヤシ炒めを警戒してしまうのは臆病者の性か。
メインディッシュを一口食ってみる。
「ふふふ...」
予想通り過ぎる味に笑みが漏れた。
小鉢の中の戦場へ箸を伸ばし、一口食って...いや、箸じゃ掴めなかった。
そして、具のない味噌汁に手を伸ばし、持ち上げ、一気に飲み干す。
「これが本物の味噌汁ってな」
チャラチャラしていない、硬派な味噌汁が胃へと暴走しながら駆け抜けた。
最後は、一番 危ない匂いのするモヤシ炒めへと箸を伸ばす。たっぷり五秒見つめてから口内へと送り込む。
「超美味ぇ...」
秋兎の独りグルメリポートはひっそりと幕を閉じた。
お久しぶりの巡理です。
お気に入り登録 感想、Twitterのフォローお待ちしております。
@ittoot123