表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

掌編集(二千字お題もの)

僕は正直でありたい

作者: 汁茶

「嘘つき」

 また言われてしまった。これで何度目だろう。

「やるって言ったじゃないか。この嘘つきめ」

 嘘をつくつもりなんか無いのに。どうしてこうなってしまうのだろう。

 僕は正直でありたいのに――



 嘘には二種類ある。現在の嘘と未来の嘘。

 例えば、雨が降っているのに「今日は晴れていますね」と言ったら現在の嘘。「明日は晴れるよ」と言って、次の日も雨だったならば未来の嘘。

 未来の嘘は後から決まる。

 僕は言ったことを実現できないことが多く、『嘘つき』と呼ばれる。

 宿題をやってくるように言われた時のことを挙げると、『はい』と答えた場合、宿題を提出できることはほとんどない。宿題を学校に置き忘れる、やったとしても家に置いていく、当日になって熱を出す、学校に行く途中で謎の覆面おじさんに奪われたなんてこともあった……。いや最後のも本当だから。嘘じゃないって。

 神様がイジワルしているとしか思えないほどだ。

 そんなわけで僕は人から嘘つきと罵られ、蔑まれ、暗い未来を生きるのだろうと思っていた。

 が――



「好きです」

 ええっ!

「いつも頑張ってるあなたを見てました。付き合ってください!」

 まままマジでーっ!

 ある日の放課後、同じ高校の女子から告白された。嘘なんてつきそうにない清楚で可憐な雰囲気の女の子だ。

「は……」い、と言いそうになってとどまる。ここは『いいえ』と答えるべきなんじゃないだろうか。経験的に。

 答えをためらっていると彼女は泣きそうな顔になってきた。

「やっぱり私みたいな嘘つきじゃだめですか?」

「え?」

「私、人から嘘つきって言われるんです。そんなつもりは無いのに」

 僕と同じ?

「私なんかじゃつり合いませんよね。ごめんなさい」

「付き合いましょう! そうしましょう!」

 彼女が背を向けようとした瞬間、僕は叫んでいた。『いいえ』なんて言えるはずもなかった。

 彼女の顔がパッと明るくなる。

「本当ですか!」

「もちろんです! 今度の日曜日デートしましょう!」

 反射的にそう言っていた。僕のバカ……。




 そして日曜日。

 この日のために僕はあらゆる準備をしてきた。体調管理に気をつけ、天気をチェックし、待ち合わせ場所への障害を予想し、様々なシミュレーションで対策を立ててきた。

 その甲斐あってか、ここまでは順調だ。

 いろんなことがあった――


 曲がり角で食パンを咥えた美少女とぶつかる。「ちょっとアンタ待ちなさいよ」と呼ばれたのを振り切って駆ける。だって面倒くさそうだったから。

 突然、上着の裾を小さな女の子につかまれ「にぃにぃ……」と呼ばれる。すぐさま警察に連絡してお引き取り願う。だって面倒くさそうだったから。

 巨乳でお尻の大きなお姉さんが四つん這いで「メガネ、メガネ~」と探しているのに遭遇する。足下にメガネを見つけたけど、華麗にスルー。だって面倒くさそうだったから。

 道端のダンボール箱に入った子猫が「にゃあ~(私、猫耳少女なの。拾ってくれたらあなたのメイドになるわ)」と鳴いた気がしたけど、無視して走る。だって幻聴だと思うから。……やー、面倒くさそうって言うと思ったでしょ?

 翼の生えた美少女が「あなたの願いを叶えに来ました」と空から落ちてきたけど、さっと避けて知らんふり。だって幻覚だろうから。

 正直であるためには心を鬼に。

 ていうか、さっきからこれ何のフラグ!?


 後は、この角を曲がって橋を渡るだけ。六メートル程の川を渡ったその先に彼女と待ち合わせる公園がある。最後にして最大の難所。前後左右天地を確認して駆け足で渡る。

 あと四メートル、三メートル……もう少しだ。

 その時、携帯に着信があった。

 携帯画面に目を落とした一瞬の隙、向こう岸の曲がり角の死角から謎の覆面おじさんが乗った自転車が現れて、ぶつかった僕は川に落とされた。

 水深は浅かったけど動転した僕は溺れた。薄れゆく意識の中、最後に見えたのは覆面おじさんの姿だった。

 あんたいったい何者なんだ……。




(後で聞いた話だが覆面おじさんは僕を助けて表彰されたそうだ。ふざけんな)




 気がつくと病院のベッドの上だった。

「起きた?」

 彼女がそばにいた。僕を心配そうに覗き込んでいる。

 ああ……僕はまた……。

「嘘ついちゃったね。公園に行けなくてごめん」

「ううん。違うよ」

「え?」

「待ち合わせ場所はここだよ」

 遅れちゃった、とはにかみながら彼女は謝った。


 それはすぐバレるような簡単な嘘。

 だってあの時に届いたメールは彼女が先に公園に着いたことを知らせる写メだったのだから。そのことを僕が知らないとでも……?

 ああ、そうか。彼女は相手を気遣うあまり嘘をつくのだ。それもすごく下手な嘘を。だから彼女は嘘つきと呼ばれる。

 誰かを責めることなく自ら悪役になろうとする。

 変な言い方だけど、それは嘘偽りない真心のこもった優しい嘘だ。

 嘘つきな僕に嘘つきな彼女。互いに嘘をつきあう最悪のカップル。

 だけど――


 そんな彼女に僕は正直でありたい。


「ありがとう」

 彼女を強く抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ