影勇者は訓練する
「なぜシューヤ一人だけで入らねばならないのだ!」
レイティアの抗議の声が聞こえる。何度目だろうか。王様も面倒だろうに……
「だからな。レイティアよ。主が行ってはシューヤの訓練にならんのだ。大丈夫だ。死にかけたらこの兵が助ける。」
と、王様が男性を指差す。顔は良くも悪くもない。髪は不規則に飛んでいる。天パだろう。金髪に蒼眼……俺としては碧眼が見たかった……立ち方から歴戦の武将みたいな感じがする。まあ武将なんて見たことないけど
「だからこんな雑兵じゃなく……」
「レイティア。この人のどこが雑兵だ。筋肉の量と立ち方を見て強者と分かるだろ。こんな人が雑兵だったら今頃魔王は死んでいるよ。そうだな……この人は第三騎士団長とかが妥当な線だ。違うか?」
男を見るとその顔に驚きがあった。レイティアは俺に注意されて少し沈んでいる。王様も少し驚いているようだ。
「当たりだ。勇者の片割れ殿。俺の名はザキシア・オルウェイだ。ザキって呼んでくれ。」
と、ザキさんが握手してきた。手もゴツい。強者だな……全く、レイティアは人を魔力で判断するからいけないな。
「ああ、すまないな。レイティアが失礼なことを言って、ちなみに俺はシューヤって呼んでくれ。もしダメなら勇者の片割れではなく、影勇者って呼んでくれ。」
「というわけだがレイティアよ。文句は?」
「ない。第一騎士団長ではないのは少し不服だがな。」
いや、どう考えても第一騎士団長は颯天に付くだろうな。
「じゃあ俺は行ってくるよ。記録を更新するように頑張る。」
と楽観的に訓練部屋といわれている部屋に入る。レイティアが心配そうな顔をしていたから頭を撫でてから入った。それにザキさんは付いてきた。
「で、訓練は何をするんだ?」
ザキさんに訓練の内容を聞く。見たところ体育館ぐらいの広さの綺麗な結晶に囲まれた部屋だ。
「簡単なことだ。影勇者殿には覚悟をしてもらう。」
そう言ってザキさんは指をならした。
パチンッ
と音が広がるとぞろぞろと人が入ってきた。ま、七人入ってきた。
「で、どんな覚悟?」
聞くとザキさんはニヤッとして口を動かす。
「人を殺す覚悟だ。」
それに俺はニヤッとする。人を殺す覚悟はとっくの昔にできている。だから俺は二つのナイフを抜いた。右に元々所持していた使い慣れているナイフ、左にレイティアが選んでくれたナイフだ。
「あいつら殺すのか?」
「おいおい、簡単に言うなぁ。普通は人を殺せって言われたら抗議するもんだぞ? ま、いいか。そうだ。あの七人を殺すんだ。」
聞いた直後に俺は気配を絶ち、近寄る。それに誰も気付いていない。次に出来るだけ死角を通る。誰かが気づくはずがない。
「仕事じゃないけど死んでもらうよ。」
標的の背後で呟き首をナイフで飛ばす。それに気付いた人が臨戦態勢に入った。
そいつが声を出す前に近づき、喉を切った。そうすると死ぬ。
そして次は標的二人の間に入り、二人の脇腹を刺す。ナイフの刃は心臓に届いているはずだ。そしてナイフを抜いた。
残りの三人にばれてしまい、斬りかかられる。だがバットが剣に変わっただけだ。楽に全てを避ける。必要があればナイフで受け流す。
「す、すごいな……俺より強いんじゃないだろうか」
ザキさんが言う。小声で言ったのだろうが密閉空間だから響く。だから聞こえた。じゃあ自重気味なザキさんに免じて少し技術を見せようかな……
しばらく避け続けたが全く相手は疲れていない。全く、本当に人間かよ。ま、終わらせるか。
「今だ。」
一人が剣を振った。その剣の腹をナイフで叩いた。すると、剣が破壊され、俺に当たらなかった。残り二人の剣も破壊した。そしてナイフ二本を使い、三人を殺した。
「訓練はこれで終わり?何も訓練した気にならないんだが……」
と言うと、ザキさんがまた指をならした。
パチンッ
すると殺した人が姿を変えた。
「それはドッペルマンという魔物でね。勝手に姿を真似るんだ。ま、君にはこんな種明かしをしても『良かった。人を殺した訳じゃないんだ』とか思わないんだろうけど」
魔物か……道理で全く息切れしないと思ったよ。
「じゃあもういいんだな?」
「ああ、最速記録おめでとう。」
ザキさんが拍手を送りながら言う。それに愛想よく「ありがとう」と返事をし、入ってきた扉を開く
「早ッ!?」
出ると何人か集まっていた。魔法使いに神官、騎士、後は貴族だろうな。今、「早ッ!?」と言ったのはチビ巫女だ。
「え……私の心配は……?」
レイティアがきょとんとした顔で俺を見る。
「王様、あの片割れはいつ入ったのですか?」
「さっきだ。ふむ、困った。暇潰しなんぞチェスしかないなぁ。どうだシューヤ、一勝負しないか?」
王様の言葉に貴族どもは騒ぎ、俺を「こいつは使える」とでも言いたげな目で見てきた。
「良いですけど、俺は少し貴族に言いたいことがある。利用できると思ったら大間違えだ。まあ元の世界に戻れるなら利用されてやる。俺の邪魔をしたら血統を根絶やしにする」
それを言うと貴族どもは表情が固くなり、魔法使いや神官や騎士は表情が固くなった貴族を見て笑いを堪えている様子だ。おそらく貴族と兵士は仲が悪い
「シューヤよ。主を利用するって何に利用するというのだ?」
王様は気付いていないのかよ……ま、いいか。
「じゃあ王様、一勝負しますか。手加減はしませんよ?」
「したら打ち首だ」
そうして、俺と王様は書斎でチェスをした。見物者がいたが容赦はしなかった。結果は俺の圧勝で38勝1敗、1敗は兵達に「頑張れ」とか言われていたから負けてやった。王様も兵達も気づかなくて良かった。
「王様、結構楽しかったよ。にしてもクイーンを守りすぎだな。確かにクイーンは強いが数が力だからな。」
「そうか。数が力か……してシューヤよ。魔王軍と我らは数が魔王軍が多くてな。どうすればいいと思う?」
「一騎当千……何て言わない。そんなの決まっている。数が二倍ならばせめて俺のようなボーンがクイーンやルークが出れるようにすればいい」
「シューヤはボーンか。となると勇者ソーマ何かな?」
その質問に俺はナイトを指した
「ほうナイトか。理由は?」
「意味わからない動きをするからじゃあダメか?てか今は颯天もボーンレベルだな。」
「ならクイーンは何だ?」
そう聞かれて俺はニヤッとして口を動かす。
「もう1つの魔王軍だよ。」
その発言に周囲がざわついた。当たり前だ。自軍の主戦力が魔王軍と言ったようなものだからな。これは二人魔王がいると知った時に考えた作戦だ。
「ほう。それはまた何故だ?クイーンこそシューヤではないのか?」
「おいおい、俺は始めに二歩動けるが後から一歩ずつしか動けないボーンだ。あと、考えてみろよ。魔王にとっては魔王Bは邪魔でしかないだろ?逆もまた然りだ。」
「確かにそうだがそれがなぜクイーンになるのだ?」
たく、王様は質問しすぎだな。少し笑っているってことは分かっているな……分かっていて言うなよ。
「はあ、弱い方の魔王軍と同盟を組む。強い方を滅ぼしたら弱い方と今後どうするかを決める。俺は滅ぼした後、魔王軍よりこちらの兵力が多いと見るしな。」
と、いい終えると、一人の兵が慌てて入ってきた。
「王様!大変です!東の魔王が攻めに来ました!」
入ってきた兵は叫んだ。それに周囲がざわついた。
「落ち着け。勇者より優秀な人が目の前にいるだろ。シューヤはワシにも契約できないほどの精霊と契約しておる。つまりワシよりも魔力が高いんだ。シューヤを主砲として迎え撃つ。準備せよ。」
王様の掛け声から行動に移すのは早かった。全員が迎撃のための準備をしに散らばった。
「さて、まさかの初陣か……颯天より早くに戦うとは思わなかった。面倒だがレイティア、行くぞ。この城の展望台的な場所に案内しろ。王様、俺に魔法の説明をしてくれ。」
「嫌がらないのか?」
「生きてもとの世界へ戻るためだ。仕方がないからな。あ、あと、魔王と同盟を組むって話はなしで。魔王殺す。絶対に無様な格好をさせて殺す。タイミング悪すぎんだよ。颯天がいて俺がいない時に攻めてこいよ。面倒だ。実に面倒だ。あー、王、最強な大規模魔法と移動速度を上げる魔法を教えてくれ。ずっとそれを撃ったり移動するから。」
一度に愚痴と教えてもらう魔法の指定を王様に言った。レイティアはそんな俺を見て「らしくない」と言っている。いや、レイティアと出会ってまだ一日経たないからな。まだ本性はレイティアには見せてないだろうに。
「ふむ、まずは魔法だが魔法は自分の魔力で魔方陣を描いてその魔法を言えば使える。高位魔法になると魔力消費が激しい。」
「魔方陣ってのは魔力を込めた指で書かないといけないのか?演算して頭だけで空気中に書くのはダメなのか?」
「そこまでの演算能力を持つ人間はこの国ではエリナぐらいだろうな。可能ではあるが難しい。」
エリナ?誰だそれ。まあできるならいい。俺の頭脳の出番だな。まさかこんなとこで役に立つとはな。
「出来れば闇属性最強の大規模魔法を教えてくれ。レイティアとの契約で闇属性は威力が増してるみたいだからな。」
「それならレイティアに聞けばいいと思うのだが……まあよい。この国で最強の闇属性大規模魔法は《ダーク・トリニティ》だ。魔方陣は……」
と、説明を受けながらレイティアを先頭に走っていく。
次の投稿日時の11月11日は作者の誕生日だから二、三話投稿する予定です