地の獄の救済愛
どこまでも続く平行線の内側にぽつんと捨てられた愛情を、
もう終わってしまった輪廻の外側に咲いた夕顔の花に注いだらどうなるのだろう。
にい、と笑う妹よ。その絹の髪をいつまでも保持してくれ給え。
孔雀の羽根に汚れたシャツを着衣してくれ給え。原罪に狙撃されることなく自由気ままに横臥するんだ。
決して奈落の女神に心を売ってはいけない。境界を渡ることなかれ。
鶏の腹を切り裂いたような君の笑顔が僕にはどこかブラック・ユーモアに感じてしまうのだよ。
何かふざけたその笑い声がもう枯れそうな彼岸花のパロディだと思うのだ。
けれど、――同時に血に塗れた日の丸を須臾のとき忘れさせてくれる。
いまは、もう見えない君の日華。空々漠々の愛の放擲。千々に千切れた幾ばくの懺悔。
堅牢な檻に閉じ込められたこの僕に腐った米と黒ずんだ味噌汁を配給してくれないか。
これじゃまるで尿瓶の中の人生だ。何か複雑な冗談のようだ。救いの手を――、
いや、もう駄目だ。どうせ、それもコマーシャルに決まっているのだ。残る審理をただ受けるしかない。
自慰と乾燥肉と山脈みの精神。夢に斃れるバフォメットの山羊頭。少年少女の屍体。
永劫なる兄弟愛の神様よ、プシケの扉を開いた兄妹は報われるのか。
地獄の断面図にベトついた血を拭えば、餓鬼どもは殺鼠剤を飲んでくれるのだろうか。
天から見守る僕の魂は戦死者の断末魔を思い出させる。
綿雲の死亡。散弾銃の空薬莢。ひどい深紅の戦場。
戦争の無為な功徳。厭世的な殺戮の記録。襤褸の夢。
故郷の君よ。そちらは平和か。
玲瓏なる軍靴の音にノイローゼになってはいないか。
一方的な髑髏の脅迫の犠牲になってはいないだろうか。
僕はもう無限に湧出する不安を止めることはできない。
崩れた石炭のかたまりのように罅が入って割れてしまいそうだ。
いっそ、脳に何者も侵入できないように神聖な牆壁を建造したい。
でも、実際は鉄壁に描かれた血糊のロールシャッハだけが僕をせせら笑っている。
地上に聳える独裁者の淵源には鶴一羽もいない。あるのは隷属の沈淪。あるいは正義の粉飾。
言うなれば、「ハレルヤ!」と叫ぶ奴隷たち。恐らくは時代の必然、砂時計の悪戯。
――死霊の瀰漫だけがリアルなのだ。もう、どこに逃げても避けられぬ。狂言綺語の嵐だけ。
もうすぐ、裁判が行われる。膨大な人の命を屠った罪を裁く裁判が。
僕は、戦争だった、と言い訳をするわけではない。罪は罪。罰は付随する。
頑固として変えられない罪名、極刑。――ドクトリンの帰結。
さあ、拷問吏よ、ひと思いにやってくれ。
死に至る処刑鎌。鋭く光るその刃で僕の醜い首を絶ち割ってくれ。
幽霊にならないように魂まで破壊しろ!それだけが唯一の願いだ。
恐怖と震えで脳が麻痺する。静謐な別れを待つ。まだか、まだか!
だが、――何も起こらない。
いつまでも死の呪いに襲われない。どうしてか。
「こちらを見よ」。恐る恐る声のする頭上を眺めると、
……ああ、血天井に横たわるは一人の菩薩。そう、妹の顔だ。
周りを見れば鬼が星屑に似た欠片になっている。彼女の朱色のほむらのおかげだ。
君は輝くバリヤーで庇護してくれるのか。蜘蛛の糸で救ってくれるのか。
猟奇耽異を犯した僕をこの匣から救済してくれるのか。
その瞬間、稠密度の深い光に包まれる。光。光彩。フォトン。敷衍する安堵。
蛇蠍を追い払う聖なる燃焼。炎帝の合併症の如き、煉獄の花飾り。
なぜか蕭然に感じるけれど、これが救い、これが善悪の遠心分離。
この現象は妹の願いなんだろうなあ、と僕は単純に考えた。
僕の請願が届いたのか。それとも神意の奇蹟なのか。
いや、もう考えることはない。冥府から救われたのだ。僕の物語は終わるのだ。
昇天する僕の自我。目的先は天国だろう。そう、確信して、
――そして僕はまぎれもないこの妹の火焔に身を焼いた。
ああ、あったかくて、きもちいいや。
ありがとう。