〔十一‐5〕 流花灯籠
「ド……ドレートーーーーっ!!」
忍に腹這いの格好で腕を取られて拘束されるパーラは、Mr.昼行灯の誘導で戦場を俯瞰させられていた。最愛の男の最期に、言葉が見つからなかった。
「片ぁついたようだな」
「貴様! 許さんぞ、貴様らぁっ!」
「……さてと、終いの種明かしといこうか」
パーラの恨み言に耳を傾けず、Mr.昼行灯はキセルを燻らせて、言った。
「テメーらが屋敷を襲撃したあの日の夕刻、初めてテメーの視線を感じた。実はあの時から、テメーらの居場所を把握していた」
「馬鹿な……」
「座敷で、儂が唐突に足を組み替えて胡坐をかいたのは覚えておるか?」
そう言えば、と。パーラは思い出した。
Mr.昼行灯は確かに、腰を痛めたような仕草でそのようにしていた。
「アレは、合図だ。“敵の視線あり。されど動じるべからず”という意味のな。柳達が夜襲に備えられたのは、そのためでもある」
「私の視線を感じたとは、どういうことだ……!?」
「テメーが千里を見据える眼を持っているように、儂には如何なる視線をも察知する、受動的な空間把握能力《百々眼樹》がある。故に、儂に死角は無い」
開いた口が塞がらない。パーラは後手後手に回っていた事実に絶望した。
「テメーらの隠れ家を把握した儂は、忍達を動かした」
「貴様は嘘をついている!」
「ついちゃいねぇよ。テメーが監視していた、あのキャバレーの女共こそが忍だったんだよ。忍が軒下や屋根裏に隠れているなどというのは、小説やテレビによるすり込みだ。本当の忍は、己を殺し、人に化け、主君の影となり続ける。忍は儂が送る暗号を盗み見て、事の意味を把握する。そして儂の動きに応じて行動する。言葉も文字も不要、間を読み、空気を読み、裏を読む。それが真の“影の者”――忍だ」
「私達は、逆にそのニンジャ共に監視されていた……?」
「そうだ。視線の主は女だと解っていたからな、そこからは奴らの独壇場だ。一般人に化け、テメーの隠れ家の周辺に〈忌避装置〉とジャミング装置を設置した。そして今日、嬢ちゃんがビルに入ったところで二つの装置を作動させればテメーを隔離できる。その隙に、八手が嬢ちゃんと入れ替わったって寸法だ」
そうだった。
ツバキ・ヒヤマがビルのフェンスを越えたことを、ドレートに報告した。その直後、視界が歪んで、通信もできなくなった。そこへ、ニンジャが襲ってきた。命からがら逃げる間、《千里眼》を使って目撃した。ビル内へ進もうとするツバキ・ヒヤマを呼び止める、あのヤツデという男の姿を。
「あの男は、変装ができるのか!?」
「コレは儂の推測だが、テメーは八手から目を離した時間があるんじゃないか。例えば、あのお嬢ちゃんの家族を拉致したときに」
クロジャイがオートバイを駆り、そのヤツデという男を追いかけるとき、パーラは彼の追跡のサポートをした。市販のオートバイでは改造されたそれにスピードで劣り、どんどんと離されていったからだ。彼女はヤツデが廃病院に逃げ込んだことを確認すると、それをクロジャイに伝え、そして、ツバキ・ヒヤマの家族の拉致に向かった双子のサポートのため、意識をそちらに向けた。
《千里眼》を、ヤツデから離してしまった。
もしかするとあのタイミングで、ヤツデのセンスを目撃できたかもしれないのに……。
「テメーの眼は、一つ所しか見えん節穴だ。《千里眼》が、聞いて呆れるわい」
「ぐぅっ」
「その驕りと甘えが、仲間を窮地に追いやったか。酒の肴にしては上出来じゃねぇか」
「貴様ぁっ!!」
腕ずくで忍の拘束を振り解こうとした彼女だったが、男の眼から漂う気迫に萎縮した。
これまでに感じたことのない、研ぎ澄まされた鋭利な殺意だ。
「貴様さえいなければ、ドレートの作戦は!」
「そうだな。本来なら、東京湾に隠していた潜水艇と、ここ羽田の飛行機とで脱出していた頃合だったろうからな」
「そこまで……」
「テメーのセンスは一流だ。だが、それを扱うテメーと、指示していた男が二流だった。テメーは男に、男はテメーに依存し過ぎた。力の強大さが、目の前の落とし穴に気付かんほど盲目にしたんだよ。それを指摘する者が、仲間にはいなかったのか?」
不意に、クロジャイの呆れ顔が脳裏に過る。
「家族を誘拐したこと。それぞれが個別に行動したこと。万全に固執したこと。全て、テメーらの慢心が徒になって返っただけだ。精衛海を填むとはこのことだな」
「な、何故お前ほどの男が、ネイムレスに従う……!?」
「目で見えねぇもんまで、手ぶらで知ろうとするんじゃねぇ。だが一つ、冥土の土産に教えてやらぁ。理解は不要だ。魂に刻んで、散って逝け」
腰に差した刀を、ゆっくりと抜く。
「我は、Mr.昼行灯。闇夜を流るる――籠の火よ」
彼の声が聞こえたようだった。
私を決して傷付けないと。戦場から遠ざけると。決して私の存在意義だけは奪わないと。心から誓ってくれた、愛するあの人が呼んでくれているようだった。
あぁ、ドレート。
もっと、呼んで――。




