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ネイムレス  作者: 吹岡龍
ネイムレスSB【待ち人ラナウェイっ】
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〔十一‐4〕 愛のテーゼ

「ドレート・アリリ・ツェーラ、勝敗は喫しました。大人しく縛に就きなさい」


 柳の宣告に、膝を突くドレートは高らかに笑った。その口からまたあの煙が立ち上る。


「全員、離れなさい!! 風上へ逃げるんです!!」


 柳の指示に従って、千代灯籠はドレートから一斉に距離を取った。

 ドレートは煙に包まれた。深いスモッグがアスファルトを焼き尽くしていく。ただそれだけなら良かったが、次の瞬間、そのスモッグが何かの衝撃で一帯に爆ぜた。

 凄まじい突風が一同を襲う。彼らが盾にしていたコンテナがみるみる灰燼と化していく。

 全員が息を呑む中、粗樫の目の前にドレートが現れた。


「ぬあっ!?」


 驚嘆する彼の左耳と左腕に手をかけたドレートは、彼の首筋に歯を立てた。その姿は、さながら吸血鬼だ。

 間一髪のタイミングで《鎧肌骨》を発動したものの、彼の歯が肌にめり込んでいく。体力の限界だった。センスを使うには体力と集中力が要される。それが無ければ、硬度を高く保てない。

 血が、噴き出した。ドレートはそれを、公園の噴水式の水道水を飲むように、大量に体内へ補給した。するとたちまち身体が反応する。右手を、爪を立てた形で硬化させた。


「同じセンスは二つも要らん」

「させません!!」


 粗樫にショベルを放とうとした矢先、目の上――額から黒い布が突き抜けて見えた。


「〈有相・玉石混淆〉!」

「その技でぇっ、クロジャイを殺したかぁっ!?」


 柳の背後からの攻撃を、ドレートは即座に屈んで回避した。長い爪を彼に向かって伸ばす。

 彼を引きつけなければ。柳は口を真一文字に結んで彼の爪を透過すると、挑発した。


「アナタは言った。命が天秤にかけられたとき、人は自分を優先するものだと! 聖人には成り得ないのだと!」

「そうだ、それが世の常! それが生きるということの真理だ!」

「しかしあの少女(ディオラ)は、自らの命を投げ出し、アナタを守った! 人は、大切な誰かのためになら、自分の命さえ投げ出すことができる!」

「人の理屈がこの私に通じるかぁっ!!」


 長い爪による、素早い剣撃が柳に実体化という隙を作る。彼の肩を切り裂いた。


「貴様らの存在が、彼女らを死に追いやった! 貴様らが現れなければ、関与してこなければ、存在しなければ、単なる架空であれば、彼らは私の隣で、互いの理念のために生きていられたのだ!」

「世間ではそれを身勝手と言い、言い訳と言い、アナタのような者を人でなしと言います」

「ヘレティックであるというのに、話が通じんな!」


 焼き爛れたコンテナの壁際に追い込まれた柳は、肩の傷を押さえた。


「貴様は、人とヘレティックが共に生きていけるとでも思っているのかぁ?」

「そんなことで頭を悩ませるほど、私は高尚ではありません。ただ、人を、か弱いとは思っています。アナタのように、虐げる気分にはならないだけです」

「ヘレティックであることに誇りも感じないと」

「後天発現型である私に言わせれば、人もヘレティックも、等しく愚かです。有史以来何の成長も見られない人も、その人から進化したにしては酷く凶暴なヘレティックも、何も変わりません。遺伝子が何を求めて我々を生み出したのか、疑問でなりません」

「ある崇高な科学者は言った、“口減らしの為だ”とな」

「人の遺伝子が、生殖本能よりも生存競争に格差をつけることを選んだと……?」

「そうだ、私も、そして貴様も、勝利者だ、という話だ。だから我々は、現実を知らぬ敗者共が蔓延る世界に異議を唱える!!」


 語気を強める彼に、「やはり、相容れませんね」と柳は言った。

 二人は睨み合った。視線を離さず、ジッと交わらせる。

 弓形の月が、雲を掻き分けるようにして、姿を見せた。

 それがゴングだった。二人は肉薄する。

 ドレートの拳が空を切る。柳の翼が宙に棚引く。

 そんな中、八手達が横槍を入れた。一帯の照明が落ちた。

 暗黒にその身を溶かした柳は、コンテナ内への移動を繰り返し、ドレートの背後に忍び寄った。彼が千代灯籠の実動方筆頭に選ばれたのは、彼のセンスが暗殺に最適だったからだ。

 そう、お手の物。地中から、相手の影のように現れて、その命を刈り取ることは。


「私の目は、日の光さえも要らん!!」


 ドレートは暗視のセンスを使った。彼に死角は無いのか。長い爪を犠牲に、〈有相・玉石混淆〉によって絡みつく彼のコートを捉える。目の前に引き寄せ、口から煙を吐き出した。

 それを柳は息を止め、〈無相・鏡花水月〉で回避するが、もう体力がもたない。


「貴様の透過能力があらゆる物質の干渉を回避することは解った。だが、重力には逆らえんようだな」

「っ!」

「貴様のセンスは実に便利だ。貴様の肉体内であれば、どこを透過させようとも組織そのものは繋がっている。だから上体への攻撃ならば、足裏のみを実体化すれば、他を全て透過しても肉体は崩壊しないし、地面に立っていられる。そして逆に掌以外を透過すれば、地中へ姿を隠すこともできる。そしてその衣服はおそらく、貴様の皮膚を培養させて作られている……!」

「ご名答。正確には、神経細胞やら膜電位やら、イオンチャネルやらと、小難しい生物物理学の話になるので割愛しますが、一言で言えば、透過している肉体とそうでない肉体は、電気的に繋がっているようです。そしてこのコートも、靴も、私の皮膚でできています。神経が通っていないにも拘らず、透過の作用が齎されるのは髪の毛と同じ。私の肌と繋がった、私の覚醒因子のお蔭です」

「貴様を無力と嘲っていた。それを訂正しよう」


 ドレートは、長い爪の先を舐めた。柳の血を、啜った。


「種が解れば、恐るるに足らん」

「使い方は、解るのですか?」

「知っているさ」


 彼は人差し指で柳を招く。

 柳は動かず、問うた。


「私はアナタ達から襲撃を受けてから、様々な可能性を考慮してきました。あるとき、その可能性の一つであり、アナタ方の作戦行動の要となっているものの正体も掴めました。アナタの仲間に、《千里眼》のような空間把握能力を持つヘレティックがいるのではないですか?」

「私の、フィアンセだ」


“私はな、この世で唯一、愛という概念だけは信仰しているのだよ”


 柳は、得心がいったようだった。しかし、分からないことがあった。


「どうしてアナタには、その《千里眼》がないのです」

「貴様は誰かを愛したことがないのか。いや、その身体だ、愛したくても愛せないのか」

「…………」

「何故、愛する者の存在意義を奪う必要がある」


 彼のセリフに唖然とした柳だったが、堪えきれずに高らかに笑った。

 笑うしかなかった。こんなにも暴力的な思想の持ち主に、究極の愛の在り方を説かれてしまったのだから。

 彼の笑いが収まるまでの間、ドレートは何もせずにジッと臨戦態勢を維持している。

 柳は肩をすくめると、背筋を伸ばし、問うた。


「アナタは、死後の世界を信じますか?」

「…………」

「仏の教えには、大罪を犯した者は地獄に落ちると云われています。そう、アナタが逝くべき所です」

「そんな場所には行かんよ! 所詮は、脆弱な人間達の作り話だ!!」


 ドレートは一足飛びで柳に襲いかかる。

 透過する柳は、「信じませんか」と翼を翻し、ドレートの肉体へ通し、すぐさま実体化した。

 しかしドレートには通じない。ドレートは、コートを透過したのだ。

 自然、笑みが零れる。ドレートは勝ったと、振り向き様の柳の顔面に爪を立てた。


「ならば私が、奈落へご招待致しましょう」


 冷酷な一言が、ドレートの身を強張らせる。足が、すくむ。いや、右足がぬかるみに嵌ったように、下へ下へとずり落ちる。

 尻餅をつく。しかし、解らなくなった。今、肉体は、透過状態にあるんじゃないのか? いや、実体化しているのだったか?

 パーラは柳の言葉を聞いたという。


“息を止める感覚に近いですかね”


 この男が、ツバキ・ヒヤマにこう言ったと、確かに。そして戦闘中もそのような仕草を見せていた。だから今、実践したのに……!?

 柳が、コートの奥で、嗤っている。嗤っている!!

 まさか、あの時から、謀られていたとでも――!?


“私はアナタ達から襲撃を受けてから、様々な可能性を考慮してきました”


 尻が地中に埋まる。背中も続く。左足も。左手も。首も。口も。目も。右手も。全部。

 一瞬にして。


「う、あ―――――――――――――――――――――――――――――」


 奈落の底を目指して、ただひたすらに、引力という鬼の手に連れて行かれる。

 永久とも思える暗い世界に耐えられず、ドレートは息を吐いた。

 潰れた音は、愛する彼女に届いただろうか。

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