〔十一‐3〕 最期の罪
「《心身同期》」
その声が、一同の背筋を粟立たせた。
千代灯籠相手に善戦を続けていたディオラとディアベスは、ドレートに駆け寄ると、目の色を、雰囲気を、性格を一変させた。
彼らは、八手を狙った。あの無反動砲は厄介だという指令が、ドレートの脳波を通じて双子の思惟へと降り立つ。三人の意識は混然と同期している。思考も動作も三位一体だ。
八手に向かって左翼に展開するディアベスという分散端末の視界に、粗樫の姿が映る。その映像は瞬く間に残り二名へと伝播される。横入りするウィルスの処理方法に、ドレートとディオラの間で議論される。即時即決された対策は、「トライスター・コンバット――ディスオーダー」ドレートを《シンクロナイズ》から解き放つことだった。
その間、小さなサーバ達は粗樫へと集中する。
粗樫は覆い被さる二つの邪気を押し退け、大きな盾をショベルで弾いた。
スタンド・アローンへ戻ったドレートは、高周波振動剣を八手に向かって振り抜いた。
それを食い止めたのは、一発の銃声だった。入り乱れる戦場の間隙を縫うようにして宙を切り裂いたその小さな鉄の塊は、ドレートの左耳を掠めていった。
彼を狙撃した主――弟切刑事は、引き金を引き続けた。
「人間がぁっ!!」
PDWの銃口が弟切に向く。しかし八手がその照準をずらす。無数の弾丸が、迫り来る弟切の横を通り過ぎる。
腕にしがみ付いて離れない八手を地面に叩きつけた。しかしPDWを奪われた。小癪なと脳裏で唾棄するも、弟切の銃弾が一発二発と身体に当たる。
ドレートのセンス《貪婪》の肝となるのは、体内にある特殊な抗体――糖タンパク分子ではない――だ。ヘレティックの細胞、とりわけ血肉を自らの体内に投与、あるいは摂取したとき、その細胞を抗原に見立て、抗体が結合する。結合した抗体は、抗原の細胞中の染色体から覚醒因子だけを取り出し、その情報をコピーして全身の覚醒因子へと伝播させる。すると彼の遺伝子情報は即座に組み替えられ、さらには際限なく蓄積されていく。
そうして積み重なったあらゆる覚醒因子は――センスは、ドレートの思考とマッチングしている。あのセンスを使いたいと考えるだけで、身体がそのセンスを発動させる。
つまり、今、クロジャイの血肉を摂取し、彼のセンスを手に入れたドレートには、銃弾など通用しない。小さな風船を当てられたようなものだった。
だから彼は弟切の射撃に動じず、左手を彼に向けた。その爪が、伸びる。槍のように伸びる。弟切へと向かって伸びる。
粗樫のショベルが、それを叩き割った。
ここだ。充分に近付いた。
弟切は全身全霊をもって、ある物をドレートに投擲した。
それを“少年”の目が捉える。しかし止めることはできない。男の手から放たれたそれは、銃弾よりも遥かに危険な代物だというのに、この距離では間に合わない。
いけない、死んでしまう。ドレート様が、死んでしまう。
私達の希望が、未来の王が、玉座に腰掛けることなく、崩じてしまう。
「ドレート様あああっ!!」
両手を広げ、絶叫する“少女”の胸に深く突き刺さったのは、赤いナイフだった。それに帯びる恐ろしいほどの高熱が、彼女の胸を、幼い命を、溶かし崩していく。
目の前で倒れ伏せる彼女の目が、何も映さぬ色褪せた瞳が、ドレートのそれと交わった。
「ディオラ……」
一つの死を目の当たりにして、止まりゆく思考があれば、加速し、暴発する思考もある。
ディアベスは声を上げた。張り上げた。獣のように咆哮した。
姉が死んだ姉が死んだ姉が死んだ姉が死んだ姉が姉が姉が大好きなお姉ちゃんが死んでしまった誰が殺した殺したのは誰だお前かそこのお前か貴様か人間か殺してやる殺してやるお姉ちゃんを殺した貴様を殺してやるお姉ちゃんをお姉ちゃんをお姉ちゃんを――!!
“だいじょーぶだよー、フーイ”
“レーヤおねぇちゃん。ぼくら、ママたちにコロされちゃうの?”
“フーイはねー、お姉ちゃんが守ってあげるからね。ずっと、絶対に、何をしたって、いつまでも、いつまでも……”
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ディアベスは、弟切に飛びかかった。彼の腹に、高周波振動剣を突き刺した。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
耳を苛む絶叫と、腹から溢れる命の源泉に、弟切の意識は見る間に薄れていった。目の前の少年に目をやると、何故か笑いが込み上げてきた。
「孫のが、よっぽど可愛いや」
突き飛ばされ、地面に背中を打った弟切は、「一緒に逝こうや。ガキの補導は、得意なんだ……」と再度襲い来る小さな魔物に引き金を引いた。喉を撃ち抜いた。血の涙を流すそれを受け止めた彼は、最期の罪が齎した温もりに抱かれた。
潮騒が、遠退いていく。