〔十‐3〕 Mr.昼行灯
地上より月に程近い場所――高層ビルの屋上。
息を切らし、火花を散らす女達の間には、二体の人型恐竜が倒れている。
“影の者”の手には高周波振動剣がある。彼女の愛刀は見るも無残に破砕されたが、パーラから奪ったこの剣のお蔭で、パーラの笛で駆けつけた恐竜達を返り討ちにすることができた。
対するパーラの手には、PDWがある。毎分一三〇〇発を撃ち出すその改造短機関銃は、“影の者”の左足首を撃ち抜いていた。それに引き換え彼女に重傷はなく、不慣れな白兵戦で彼女は有利な戦況を我が物としていた。
ドレートがカスタマイズしてくれたレーザーサイトで、逃げも隠れもできない黒装束の胴体に狙いをつける。これで終わりだと引き金に指を掛ける。
矢先、ピリリリと機械音が鳴った。
電話の着信音だと気付いたパーラは、その音源がまさに黒装束のほうだと察知すると、急いで引き金を引いた。
軽快なリズムが夜空に刻まれる。しかし金属の飛礫は、硬い屍によって防がれてしまった。
パーラは急いで死体の盾の裏に回り込んだ。そこへ短剣ダガーよりも小ぶりで短い棒手裏剣が彼女を襲う。辛うじて軌道が左へ逸れるも、視界の右側へ滑ってくる四角い何かに全身が強張ってしまった。
その隙に“影の者”は足を引きずりながらも貯水タンクの裏へと隠れた。
舌打ちしつつ、パーラは四角い何か――携帯電話に目をやった。するとそれは、口を利いた。
『イイ風が出てきたじゃねぇか。なぁ、お前さんもそう思うだろう?』
聞き覚えのあるその野太い声に総毛立つ。パーラは声を荒げた。
「Mr.昼行灯……!?」
『ようやく話ができるなぁ、小娘ぇ。これ以上の追いかけっこはめんどくせぇ。そこから動くなよ』
「な、何を……」
『十八番で探してみろい。視えてんだろう?』
「貴様!?」
『一々驚いてんじゃねぇよ。いいから、儂を探し当ててみやがれ』
冷や汗に苛まれる中、彼の口車に乗せられるままセンス《千里眼》を発動した。パーラの脳裏に富士の樹海の光景が映し出された。しかも今日は樹海の内部までは鮮明にのぞき見ることができる。
『先日の襲撃でお前らに壊された〈忌避装置〉はもう一度設置させてもらった。だが、今日は特別に解除してやった。気が済むまで俺を捜せばいい』
老人が言うとおり、〈忌避装置〉という黒いポールはクロジャイが破壊してくれた。その後すぐに新たな装置が設置され、しばらくパーラはその装置から発せられる強力な磁場と格闘していた。無理に覗き込もうとさえしなければ頭痛も眩暈も起きなかったので、ずっとワイドにしてこの男Mr.昼行灯の動きを事ある毎に警戒していた。その間、Mr.昼行灯があの屋敷から、いや樹海から外に出た様子は無かった。
『ありえねぇって、思ってんだろ』
「な、に……?」
『屋敷にいない。それがテメーの《千里眼》で視た真実なら、今までどおりそれを信じて他を当たってみろ』
センスが看破されている。
パーラは愕然としつつも、必死になってMr.昼行灯を捜した。
『装置はテメーのセンスのカウンターとして働いていたみてぇだな。だからテメーらの作戦行動にはいくつか穴があった。その穴を埋めようとテメーは必死になったが、一度儂の姿を見るのが限界だったようだな』
図星をさされながらも、「何を、言ってる……!?」とパーラは見苦しくシラを切った。
「フジヤマからこのハネダまで、車で二時間はかかるはずだぞ……。私があの黒ずくめに襲撃されたのは一時間前にも満たない。私はその寸前までお前を監視していた!」
いくらネイムレスのずば抜けた科学力でも、一時間以内にこの距離を移動できるわけがない。セスナなどの飛行手段を使おうにも、この周辺を民間機が飛んでいる気配は無い。だから、有り得ないのだ。
それが〈DEM〉を搭載していたら? いや、それでもこの《千里眼》からは逃れられないはずだ。
『だからよ、儂じゃなくて、樹海を、だろうよ』とMr.昼行灯は溜め息混じりに言った。
『テメーの力は認めてやらぁ。だがなぁ、その力には決定的な欠点がある。一つの視点でしか、景色を視られねぇことだ』
パーラは絶句した。
そんな彼女を、『墓穴かぁ?』とMr.昼行灯は嘲った。
『そりゃあ気が気じゃなかっただろうよ。警戒心の強いテメーは、儂だけじゃなく、あの嬢ちゃんや柳達の動向まで、逐一把握しなきゃならなかったんだからなぁ。樹海の装置が強力だったのか、テメーは樹海全土を俯瞰するだけだったな。どうせ樹海の外から内部へと通じる地下通路なんてのも探したんだろうが、そこから儂が出て行った気配は無かっただろう。そりゃそうだ、儂はすでにそこにはいなかったんだからよぉ』
「いな、かった……!?」
『八手のお蔭だ。テメーらの頭が嬢ちゃんを攫おうとしたとき、逆に奪い去っていったあの男だよ。数十分のバイクチェイスだ。嬢ちゃんを取られたテメーは、必死に奴らを追跡したんだろう。その間に儂は、そいつらから報告を受け、樹海を出たって算段だ』
「そいつら……?」
『そいつらだよ、黒ずくめのよぉ』
まるで手品の種明かしだ。貯水タンクの裏から、応急処置を済ませた黒装束が姿を現した。
「こいつらが……。こいつらは何だ! こんな奴、私の目には映っていなかった! 貴様の屋敷にも、こんな奴はどこにも!」
『杓子定規もここまで来ると片腹痛ぇな。世を忍ぶのが奴ら“影の者”――忍の生き様よ』
「シノビ……ニンジャ……!?」
『残念だったぁ、女――』と意味深長なセリフの直後、ギィと階段室の扉が鈍い音を立てて開いた。ぬらりと出てくる禿頭は、パーラと視線を交わらせると、「着いちまった」と携帯電話を片手にほくそ笑んだ。
「Mr.昼行灯!!」




