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ネイムレス  作者: 吹岡龍
ネイムレスSB【待ち人ラナウェイっ】
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〔九‐2〕 パーラの誤算

 引き金を引いて、タゥンと頼りない音が鳴る。これでは闇の底に沈む人々の意識を覚ますにはまるで足りない。混乱を起こして、謎の追っ手からの襲撃を回避しようと考えたパーラだったのだが、その思惑は黒い粉末状の微粒子によって打ち砕かれた。

 パーラに銃口を向けられた追っ手は、すぐさまテニスボール大の玉を投げた。それは彼女の目の前でビニールのように破れて、内容物を散布させた。その微粒子は軽く、ゆるい風に乗って辺りに充満した。そうしてから放たれる銃弾は、微粒子によって瞬く間に爆音を吸収され、無音のまま空を切るのだった。

 銃声を遮断される上に、銃弾は追っ手にかすりもしなかった。ちぃと舌打ちしたパーラは、別の銃を高層ビルの屋上目がけて放った。すると銃口からワイヤーが撃ち出され、ビルの壁を穿った。彼女が間髪を容れずに銃の撃鉄をぐいと押し上げると、銃に内蔵されたウインチがワイヤーを巻き上げた。壁に刺さったアンカー状のワイヤーの先は深く固定されているので、逆に銃を握る彼女の身体ごとワイヤーに回収されていく。さながら壁に吸い込まれていく格好のパーラは、両手で懸命に銃を握りながら、肩関節が激しいGでミシミシと音を立てるのを、歯を噛んで耐え忍んだ。その細い体躯が壁に激突する前に、銃の撃鉄を深く下ろし、アンカー状の先端を切り離した。

 空中に投げ出される栗毛の白人女の様子に、追っ手は瞠目していた。彼女が次に行なった行動が、いつか見た覚えのあるものだったからだ。彼女は腕に巻いているベルト状の機器――おそらくウェアラブル・コンピューターに向かい、口頭で何らかの指示を出した。すると音声認識機能によって命令を理解したコンピューターが、彼女が背中に背負っているバックパックから大量のエアを噴射させたのだ。凄まじい勢いで下方向へと噴射されるそれにより、女の身体は手放しで宙に浮き、あと数メートルの高さだった屋上へと浮上させ、軟着陸させたのだ。

 階段室(ペントハウス)に寄りかかる彼女は一息つくと、《千里眼》でもって周囲の状況を把握した。しかし、思いがけない光景を目の当たりにし、絶句してしまった。

 追っ手が、このビルの壁を駆け上がっているのである。クロジャイ・クローンのように両手両足と慣性の力のみを駆使するのではなく、窓枠の縁にあるわずかな隙間や建物の溝だけを頼りに掴んでは、直上の窓へと飛び移っているのだ。それだけでも驚嘆すべきだが、二〇階建てのそのビルを、追っ手はわずか三十秒足らずで登りきったのである。

 とても人間業とは思えない。

 パーラは愕然とした。一際高いビルに昇ってしまった彼女は、周辺に逃走ルートを確保していなかった。

 やはりコイツも、ヘレティックなのか。しかしMr.昼行灯の戦力にこんな輩はいなかったはずだ。こんな“女”は、一人も……!


「貴様ぁっ、何者だーっ!?」


 深い雲の切れ間から射し込む月光で、闇夜に隠れていた追っ手の黒装束が像を結ぶ。頭巾と手拭に隠された顔は墨で塗り潰されていて、長い睫毛の下の白目だけがいやに浮き立って見えた。

 パーラの問いに、追っ手は答えなかった。

 代わりに、シャランと白銀の刃が鞘を走った。

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