〔二‐2〕 Recollection-1
『――――マコト!』
放課後。下足ホールでブレザー姿の少女が呼び止める。
振り向いた拍子に、履きかけていたスニーカーの踵を潰してしまった。せっかく大事に使っていたのに、酷く気分が悪くなってしまった。
『何だよ、下の名前で呼ぶなって言ってるだろ。もう園児じゃないんだから』
『帰るの?』
聞いてないし。不満を浮かべながら、『……見れば分かるだろ』
『じゃあ私も一緒に帰ろ~っと』彼女は下駄箱からローファーを取り出した。
鼻歌交じりの彼女に、『一緒にって何だよ』と不機嫌に問い質した。
『いいじゃん、別に。どうせスーパーに寄るんでしょ? 私もちょうど用事あるし』
『勝手に決めんなよ』
『でも、図星でしょ?』
『……×××お前、どっちのスーパー行くんだ。へさきか、クドーか』
へさきスーパーは、西の木之村屋と双璧を成すと言われている高級スーパーだ。対してクドームイカドーと言えば、リーズナブルな価格設定で愛されている総合スーパーである。
どちらも通学路にある。夕方以降は日持ちしない弁当や惣菜などが値引きされるので重宝している。
それをよく知っている少女は、朝刊に入っていたチラシを広げて、『へさき~♪』
『じゃあオレ、クドー行くわ。じゃあな』
そそくさと帰ろうとすると鞄のショルダー・ストラップを掴まれた。
『ちょっと待ちなさいよ、私もクドー行く!』と彼女は駄々をこねた。
『へさき行くんだろ、離せよ』
『○○さんに買い物テク教えてもらったから、マコトにもって思ったのに……』
『余計なお世話だ』
少女は悲しそうに口を閉ざした。
やべ、マズったか。泣くのか、今ので泣かせてしまったのか……?
『最近のマコト、付き合いが悪くなったって、みんな言ってるよ』
『…………』
『身寄りがないから養護施設に入らなくちゃいけないかもってのも聞いてる』
『…………』
『それでも。それでもマコトは、独りじゃないよ』
『…………』
『勝手に孤立していかないでよ』
『…………』
『ちゃんと私達はマコトのこと、解ってるから……』
彼女はこうも言った。
『約束する、昔みたいに。マコトを、独りになんかしないよ』
恥じらいながら右手の小指を差し出す少女に、少年は何一つ応えられなかった。
少女の顔の口元から上が、何故か霞んで見えなかった。
彼女の名前すら思い出せない。
おそらくきっと誰より大切なはずの彼女のことを、何も――――