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ネイムレス  作者: 吹岡龍
ネイムレスSB【待ち人ラナウェイっ】
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〔三‐4〕 千里眼

「視えたかい、ハニー」


 暗い部屋に、異邦人達が集っている。

 血のように赤い髪の男が、栗毛の美女に問うた。

 ベッドに広げた日本地図を前にして片膝を立てて座る彼女は、赤いメッシュの入った髪の束を弄りながら、男に妖艶なウインクを返した。


「バッチリよ、ドレート。あの娘、呑気に食事中よ」

「今、どの辺りだ」

「ここよ」


 美女パーラは固く目を瞑りつつも、目の前の日本地図のとある一点を指差した。


「ハマ……マツ?」

「えぇ、このペースならあと一時間もかからないんじゃないかしら」


 彼女の目蓋の裏――あるいは脳裏には、飛山椿の現在地が精確に投影されている。しかも、GPS追跡での衛星写真では決して表示されない、建物や障害物に隠れた対象の様子さえも明確に、リアルタイムに視認できるのである。

 彼らは彼女のこの特殊な能力を、《千里眼(クレアボヤンス)》と呼んでいる。


「目的地は“オーサカ”と言ったな。ジャパンにおける西の都らしいが、そこに何がある?」


 ドレート達は今朝の椿と弟切の電話を盗聴していた。しかし彼女の目的については図りかねていた。

 赤毛の男ドレートは、部屋の隅に目を向けた。その一区画だけは無数のケーブルが植物の根のように床に張り巡らされていて、大小様々なモニターと大きなデスクトップPCが二台鎮座している。モニターはデスク上にあり、横並びのそれを眺める格好で姉弟が仲良く椅子に座っている。

 異性一卵性双生児の姉ディオラと、その弟ディアベスは、モニターに向かって両手十指をまるで別の生き物のように延々と動かし続けている。しかし彼女らはキーボードに対してその行為を行なっていない。何も無い中空に手を伸ばしてその行為に没頭している。

 傍から見ればその様子は、幼い子供が熟練のプログラマーの真似事をしているように映るが、彼らが目を向ける大小のいくつかのモニター上には、彼女らの指の動きに合わせて確実に文字が打ち込まれているのだ。モニター上には無数のウィンドウが開いていて、それらに走る文字は全て英語で記されている。ウィンドウは開いては閉じ、増殖しては減少を繰り返している。そうこうしていると、ディアベスのモニターに大阪府内の学校のホームページが表示された。


「ドレート様、ご覧ください。このジュニア・ハイスクールに在籍していた教師の一覧です」


 彼の誘いを受け、ドレートはモニターを覗いた。箇条書きで表示された教師の名簿は全て英語で表記されている。姉弟が独自開発したアプリケーションを使い、表示される全ての文章を英訳しているのだ。

 ディアベスは一人の教師の名にカーソルを合わせた。


「このホソダという教師、コイツはずいぶん前から自分の学校の卒業名簿を違法業者に高値で売りつけているようです。その名簿の一つに、〈(Rex――レークス)〉の名がありました」

「ほぉ、よく見つけられたものだ」

「オーサカのあらゆる学校に在籍する教師全員のインターネット環境に片っ端からアクセスして、個人情報を解析したんです。その結果、ホソダ名義のクラウドコンピューティング・システムを発見しました。そこからインターネット検索サイトのメール機能のパスコードを入手して、業者とのメールのやり取りをしていることが判りました。名簿は現物での受け渡しだったようですが、業者のPCに侵入(ハック)してみれば、このとおり」


 買い取り業者のPCには、メールとは別にパスコードで鍵をつけられたフォルダの中に、無数の個人名とその個人情報が記されたファイルがいくつも隠されていた。業者はこうして得た住所や電話番号などを暴力団と結託して詐欺に用いているようだった。

 それを知ったところで、ドレート達には何の感慨も浮かばなかった。義憤に駆られて暴力団や違法業者やホソダという教師の風上にも置けない輩に攻撃を加えるような真似をするつもりも、ましてやそんな考えさえも思いつくことはなかった。

 何せ彼らは、この国を訪れるまでにイギリスで一家を惨殺して成りすましただけでなく、もっと多くの人間を自らの欲求を満たすためだけに排除し続けてきたのだ。

 彼らは暴力団や違法業者や教師失格者など足下にも及ばない、生粋の人非人なのである。


「ホソダは一般人にしてはずいぶんコンピューターの扱いに長けている男のようで、並のハッカーではコイツのプライベート空間には侵入できなかったと思われます。〈(レークス)〉の情報を一切合財抹消したヤツも、コイツの空間に隠された秘密の断片を見つけられなかったようですね」

「でもー、その人ー、死んでるんだよねー」


 ディオラの気の抜けているようで重大なセリフに、「死んでる?」とドレートは眉根を寄せた。「死因は何だ」とワニ面の大男クロジャイが言葉を継いだ。


「強盗に刺されたらしいですね」

「PCもー、携帯電話もー、ぜーんぶメチャクチャに壊されちゃってるんだってー。アハアハ、おかしいよねー」


 相変わらずの棒読みでにこやかに答える彼女のモニターには、ほんのひと月前に大阪で起こった凶事を知らせる新聞記事が表示されていた。英訳されたそれをナナメ読みしてみると、確かにホソダは押し入った強盗に刺殺されたようだった。そして強盗は彼の自宅にある現金やクレジットカード、通帳など、金目の物を片っ端から盗み取って逃走したらしい。その際、何故かPCや携帯電話が木っ端微塵に破壊されていたらしい。


「盗みはカムフラージュ。本当の目的はホソダの命と、PCなどのインターネット機器の破壊。犯人は〈(レークス)〉の情報を抹消した者と見るが、諸君らはどう思う?」


 ドレートは訳知り顔で笑うと、一同を見回した。

 クロジャイが答えた。


「お前が断定できんのは、暴力団の存在か」

「トカゲの尻尾切り?」


 一人椿を追跡しているパーラが目を開けて言った。


「そうだ。暴力団か業者、あるいは両方の間で口頭によるホソダ殺害の計画があった可能性がある、という話だ」

「確かに、ホソダが利用していたインターネット上のメールボックスには業者とのトラブルを感じさせるやりとりはありませんし、業者や暴力団についても同様ですから、口頭でそのような計画があっても不思議ではありませんね」

「そして仮にホソダが〈(レークス)〉情報の抹消者に殺されたのだとしても、我々にはあまり関係がない。ただ一つ警戒すべきは、〈(レークス)〉の存在を闇に葬った連中は、目的のためならばどんなに汚い仕事でもやってのける筋金入りのならず者共だ、という話だ」


 ドレートの断言に、一同の目の色が変わった。獲物を見つけて興奮する肉食動物のそれだ。


「私が視た、ドレッドヘアーの男と、眼鏡の男。アイツらがホソダを()ったのかしら」

「確率から言えば、暴力団や業者よりもずいぶん高いだろうね。何せハニー、キミの話によれば、そのドレッドヘアーの男は私達と同類なのだからね。少なくとも、〈(レークス)〉情報の抹消者がその二人である可能性はほぼ百パーセントだ」


 クロジャイは巨体を揺り動かしてドレートに歩み寄った。


「いつ動く」

「二手に分かれよう」

「“奴ら”の使用許可を頂戴できるな?」

「構わないよ。ただし――」

「行動は随時報告する。“独断は盲目、恋に勝る堕落”、だろ。解っている」

「ならいいさ。ディオラ、ディアベス、二人も同行してくれ。彼のサポートを頼む」

「は!」

「りょ~かぁーい♪」


 名指しされた双子は同時に立ち上がると、生真面目なディアベスは軍人のように、呑気なディオラはアイドルのように、ドレートに対して敬礼のポーズを取った。彼らは色違いのポーチを腰に巻くと、歳相応の無邪気な様子で部屋の外へ出て行った。まるで今から遊園地に遊びに行くようなはしゃぎようだ。

 袖の無いレザージャケットを羽織ったクロジャイは、緩めていたブーツの紐を結びながら問うた。


「細かな指示を頼むぞ。双子がいるとは言え、俺達全員、この国は初めてなんだからな」


 返事がない。まるで屍のような彼のほうへ目を向けると、彼の姿は無かった。見えるのは、ベッド上で異様な動きで丸く膨らむ白い掛け布団だけだ。

 耳を澄ますと、やだ、いいじゃないか、という聞きたくもないピロートークが届いた。


「パ~ラ子ちゅわぁ~ん♪」

「やぁん、いきなりそんな、あん、ダメよぉ、ダメらめぁっ」


 クロジャイはおもむろに立ち上がると、ディオラが座っていた椅子を二人の愛の巣に放り投げた。


「こんのっ、真正バカップルめがああああっ!!」


 ベッドに向かって飛来したそれは、愛の巣から現れた右腕によって簡単に掴まれてしまった。椅子の脚を掴むその腕の奥、巣の中からドレートは全身を覗かせた。素っ裸だった。


「クロジャイ、野暮な真似はするな。だからお前はモテないのだよ」

「ドレート。俺は貴様に命を預けているんだ、忘れたとは言わせんぞ」


 しばらくクロジャイと視線を交わらせていたドレートは、俯くと肩をすくめた。


「損はさせないさ、親友(バディ)よ」


 クロジャイはジャケットの胸ポケットに提げていたサングラスをかけて踵を返した。ドアを開け、そうして最後にまたドレートを一瞥しようとした振り返った。しかしそこにドレートの姿は無く、ベッドの上で白い塊がもぞもぞと蠢いていた。

 嘆息を漏らした大男は、一生やっていろと毒づきながら部屋を後にした。

 外の廊下はコンクリートがむき出しで、常夜灯も設置されていないので、道の両端から差し込む自然光だけが頼りになっている。彼らが停泊するその建物にはいくつかの部屋があるが、彼らが使っている部屋以外は誰も利用している形跡がなかった。階段を一つ下りると郵便ポストが設置されているが、それもいかがわしい広告などが詰め込まれていたり、床にまで散らばっていたりと人が暮らしているとは思えない有様だ。

 双子の姉弟は建物の外で待っていた。姉は大きな麦藁帽子を、弟は野球帽を被っている。どこからどう見ても異国の無垢な少年少女だ。しかし必要以上に人目を引くのは、ここが都内某所の繁華街の只中だからだ。夜になると一層華やぐパブやスナックが犇めき合っていて、それ故に日中は目立たない雑居ビルの一つにしか見えないのだ。

 この雑居ビルを所有しているのは、この街でいくつかの非合法エステサロンショップを経営しているアジア人女性だ。この女というのがまだ悪さをしていて、その一つが主にアジア系の不法侵入者の手引きをしたり匿ったりしているのだ。

 二週間ほど前、単身日本に訪れたクロジャイはこの女と出逢った。最初彼を訝しんでいたのだが、計画のために金に糸目をつけなかったドレートのお蔭で、難なくこの雑居ビルを借りることができた。

 さらに金を積むと必要なものを何でも揃えてくれた。車やネットの回線、それに彼らが〈(レークス)〉と呼ぶ探し物の手がかりもそうだった。

 クロジャイは双子を連れ、人がまばらな繁華街から離れていった。

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