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ネイムレス  作者: 吹岡龍
第一章【記憶の放浪者 -Memories Wanderer-】
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〔エピローグ‐1〕

挿絵(By みてみん)


 鼓膜を撫でるように微かに響くオペラの旋律の中、ボスは宣戦布告した。


「バーグ、私は油断したとは思っていない。お前がいかに信憑性の高い情報を寄越しても、裏づけされた証拠を掴むまで信じることはなかった。しかし油断があったとすれば、それは貴様のような相手にファースト・コンタクトを許してしまったことだろう」


 椅子から立ち上がるボスの両腕や背中には、いくつものコードが刺さっている。それは彼と椅子とを繋ぐLANケーブルだ。

 彼には《ライト・ライド》というセンスがある。光の進む方向へ意識を拡大させることができるそのセンスは、彼の体内を通過した光でなくては満足に機能しない。そこでボスは肉体とLANケーブルを結合し、高度な通信機能を有するこの宙に浮く椅子をセンスの媒体としている。通話が始まると、椅子とケーブルを介して、通話相手の正確な位置をGPSのように感知することができる。

 つまり、今の彼の脳裏には、バーグの姿が視えている。イタリア共和国ウンブリア州ペルージャ県にある基礎自治体(コムーネ)――トーディ。片田舎に佇む古びたアパートの一室で椅子に腰かける男の様子が、ハッキリと視えている。


『見事だ、ボス。各地を転々としてきたが、こうも連日通話していると居場所も割れてしまうか。窓の外から殺気が漂ってきますよ』

「お前は危険だ。我々よりも多くの情報を取得する方法、マコト・サガワの覚醒を予期していた件、全て洗いざらい吐いてもらう」

『傲慢な』


 メルセデスは目くじらを立てると指を鳴らした。すると〈MT〉を通して、第二二実行部隊が状況を開始する。彼らはバーグが潜伏するアパートを四方から包囲し、バーグの部屋の窓という窓から突入した。

 それでもバーグからは動揺が窺えなかった。言葉とは裏腹に、全てを諦めたようにその場から動かなかった。


『バーグだな、拘束する。ゆっくりと立ち、手を挙げて床に腹這いになれ』


 第二二実行部隊のリーダーが現地でそう命令する。

 現地の周辺住民は、爆弾が仕掛けられたので処理しなければならないと言って立ち退きさせている。そのため作戦には小一時間の猶予がある。しかし早々に引き上げたいという気持ちが隊員の焦燥を駆り立てた。


『おい、早くしろ!』

『〈オペレーション:エンジェル・ヴォイス〉』


 バーグの一言に、この作戦を目の当たりにしている全員が戦慄を覚えた。


『天使の声に導かれ舞台に上がったのは、組織か、それとも早河誠……どちらかな?』


 そこにいる。ここにいる。オペラは佳境を向かえ、奈落の底から歌えと叫ぶ。


『私は怪人、いいだろう』


 バーグは実行部隊へ振り返った。ライフルを構えていた彼らは一瞬だけ目を剥いた。

 しかしその一瞬が、躊躇いが、振り下ろされた死神の大鎌から(のが)れる術を彼らから奪っていた。

 爆発が起きた。バーグ諸共包み込んだ赤い光に、ボスもメルセデスも見覚えがあった。

 自害したのか。第二二実行部隊を人柱にして……? 待て、それよりも何故、〈AE超酸〉が流出している。メギィドはバーグと繋がっていたとでも言うのか。だとすれば合点がいくことがある。バーグによる組織へのファースト・コンタクト――バーグが極秘回線に割り込んでこられたのは、メギィドの手引きがあったからできたことなのか。

 唖然としながらも片時も思考を鈍らせないメルセデスの傍らで、ボスは静かに椅子に座った。もう脳裏に現地の様子は過らない。相手の通信機器が消失したため、向かわせていた意識も居場所を失い帰ってきた。

 呆気ない幕切れ。残響するノイズの中、二人が犠牲に見合う結果だったかを考えようとした矢先、見知らぬ相手からコールが入った。だがそれが誰かなどは判りきっていた。組織の秘匿回線に割り込める輩は、きっと後にも先にもたった一人しかいないのだろうから。


『さあ諸君、古いオペラは飽きただろう。私も日の当たらぬ陰気な暮らしはウンザリだ。今宵再び幕を開けよう。惨劇の舞台に、光を灯すのだ』

「貴様ぁっ!!」


 メルセデスの怒りを、バーグは嗤った。


『私から、最後の情報提供です。ネイムレスの出資者の一人――ユーリカ・ジャービルに忠告してください。寝込みには気をつけろと』

「バーグ、貴様は何者だ!! マコト・サガワは貴様の何だ、“終末の日”とは――!?」


 ボスは矢継ぎ早に詰問した。しかしバーグはまた嗤う。まだ、嗤う。


『いつかお教えしましょう。その時は、そちらに伺います』


 彼らが背筋を粟立たせている隙に、バーグは告げる。


『さらばですよ、ミスター・ネイムレス!!』


 バーグの顎が外れるほどの嗤笑(ししょう)が、室内を好き放題に掻き回した。

 それが音信不通になると、ボスは身体に繋げていたケーブルを強引に引き抜いた。インプラントされたコネクタから血が噴き出し、口からも垂れ落ちた。しかしボスはひたすらガラスモニターを、〈BURGE〉という五文字のアルファベットを睨み続けた。


「……ボス、如何なさいますか」


 冷然と対処するメルセデスに、ボスは怒りを押し殺して問う。


「交信履歴があるのは本部(ここ)だけだったな?」

「はい」

「総員に告げろ。本部を放棄する……!!」


 退室するメルセデスは、すかさず〈MT〉を使って基地全土に緊急警報を発令した。

 後手に回された。ボスはその事実がどう足掻いても変えることはできない、バーグに仕組まれた巧妙なシナリオだったと理解した。

 やはり全ては、最初の接触。アレが何もかもを狂わせた。

 そしてやはり、早河誠の拉致が最大の目的だった。

 ボスはやりきれない想いを声にした。言葉にならない怒りを、獣のように吼えた。

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