〔一〇‐2〕 英雄の息子
――――酒顛は言った。
『マコト。実はな、お前が覚醒した時、お前は死んでいたかもしれないんだ』
〈MT〉のホログラム上で再生される映像を見て、誠は震えを止められなかった。
ベイエリアでコンテナを吹き飛ばしながら走る彼の身体からは皮が剥がれ、肉や内臓が飛び出して、まるで理科室にあるような人体模型よりも酷い有様だった。
『覚醒が不完全だったのか。《韋駄天》を満足に使えるほど、覚醒因子が機能していなかったのか。今となっては皆目検討もつかんが断じられることがある。お前は興奮のあまり何も覚えていなかったのではない。お前は足だけを動かす死体のようになっていたんだ』
高速度再生で流れる映像は終幕を迎える。その時、ケンは両手を広げた。
『ケンは、お前が正面から突っ込んでくる時に腹を決めたのかもしれん。身を挺して、お前を受け止めようと』
誠は映像を食い入るように見続けた。
『当時のお前は、暴走機関車ならぬ暴走ジェット機だった。それを身一つで受け止めることの無謀さは、お前にも解るはずだ。それでもアイツがやり遂げたのは、お前が発現したセンスが《韋駄天》だと察したからだ』
『組織の英雄、セイギ・ユキマチ。《韋駄天》を使った彼は、ケンのお父さん……』
『そんな……』
誠の瞳に、彼を受け止めて地に叩きつけられるケンの姿が張りついた。
『エリ、アイツがマコトに決闘を挑んだのは何故だと思う』
『……もしかして、《韋駄天》を持ってるマコト君が、バーグの手先かもしれなかったから? 英雄の息子である自分が止めなくちゃっていう責任みたいなのを感じて?』
『そうだ。父親の名誉を守るために、《韋駄天》をREWBSの手に渡さないために、悪に利用させないために、命を懸けると心に誓ったんだ』
誠の脳裏に蘇るのは、ケンの狡猾な双眸ばかりだった。あの冷たい瞳の奥で、そんなことを考えているとは思いもしなかった。
『許せなかった。そういう気分もあったのかもしれん。誇りであり憧れでもあった《韋駄天》に恵まれたのが、自分ではなくこんなにも情けない子供だったんだ。絶望したとしても不思議ではない』
『絶望って、そんな大袈裟な』
エリが失笑すると、酒顛は目を閉じて口を開いた。
『それでも絶望したんだよ、アイツは。だから決闘を挑んだ。マコトを止められないなら、その場で死ぬつもりでな』
『あ、あの時、銃で頭を狙えって言ったのは、本当に、死ぬ気で……!?』
誠にライフルを押しつけ、両手を広げる彼の姿が思い起こされる。
『親父さんのセンスが穢れる様を見たくなかったんだろうさ。とんだファザコンだよ』
バカなヤツ。ぼんやりとして回らない頭に、エリの声がこびりつく。
違うよ、エリさん。誠には、ケンの気持ちが少しだけ解った。大切な何かのために自暴自棄になってしまう気持ちが。思い至った、たった一つの考えを拠り所にする気持ちが。
痛いほどに。
『マコト、アイツの親代わりの俺には解るんだ。アイツはいつだって乱暴だが、根は誰よりも真っ直ぐで、真っ当だ。だからこれから先は、そんなアイツの背中をよく見ておけ。英雄の息子もすごいヤツなんだ。お手本にするのに、アイツほどの適任者はいないぞ』
その後、〈エッジレス〉を託された誠は誓った。
雪町ケンを、彼を取り巻く組織の人々を、その信条を信じようと――――。