表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ネイムレス  作者: 吹岡龍
第一章【記憶の放浪者 -Memories Wanderer-】
4/167

〔一‐3〕 記憶の虜囚

挿絵(By みてみん)


「博士、始まるようです」


 部下からの耳打ちに、博士と呼ばれる白頭翁は安楽椅子の上でわずかに口角を上げた。窓の向こうに茫洋と広がる大海を眺め、コーヒーで目を覚ましているところだった。


「上手くいくでしょうか」

「可能性はゼロに等しい。しかし(くだん)の情報屋はえらく自信があるようだ」

「何者でしょうか、気になりますね」


 博士は答えず、また一口含んで、ミルクと砂糖でほどよく和らいだ苦味を舌の上で転がした。

 部下は一礼すると(きびす)を返した。彼の背中がドアの向こうに消えると、博士は細めた双眸を再び窓に向けた。くっきりとした水平線で分かたれた二色の青が美しかった大パノラマはすっかり消えてなくなっていた。代わりに表示されたのは、人体のCGモデルである。各部に注釈があり、起立した博士はそのうちの一つに触れた。

 窓ガラスの映像は彼の指示に応じ、新たな映像を表示した。〈Profile of Makoto Sagawa〉と題されたその個人情報には、学生服を着用した少年の証明写真が添付されていた。

 博士はその容姿から視線を転じ、国籍を確かめた。


「日本人……」


 カフェインの大脳皮質への作用か、思考が冴え、脳裏にいくつもの言葉や情景が駆け巡っていく。その内の一つがいやに彼を苦しめて、年老い凝り固まった表情をわずかに歪ませた。

 過去に縛られている。その事実が彼から平常心を取り上げようとしていた。

 いいや違うと反駁(はんばく)の暗示のつもりで残りの一口を飲み干した。鼻から抜けていく香ばしい香りで動悸を抑え込む最中、少年が患う機能障害に目がいった。


共感(シンパシー)、いやむしろ嫉妬(ジェラシー)というものか」


 堪らず、自嘲した。久しく覚えていない感情だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ