〔八‐1〕 あの日、あの時、あの場所で
祭り囃子が聴こえる。
男達は場所を問わずに酒を酌み交わし、女達は所狭しと踊りや歌を披露している。今日は新しい家族が増えた。彼は英雄と同じ力を持つ少年だ。これは祝わずにはいられない。
しかしそこに祭りの主役はいない。少年――早河誠は、メインホールと化した第一実行部隊のミーティングルームではなく、基地の最下層にいた。
「私って罪な女ね。こんな夜更けに男三人に呼び出されるなんて」
天井から月光のような明度を与えられるベイエリア。
エリ・シーグル・アタミはガラにもなく、はにかみながらそんなことをのたまった。
「あ、あの、ボクも呼び出されただけで――」
「解ってるよ、マコっちゃん。アナタの気持ちはちゃんと解ってる。そうよね、思春期だものね。近くにこんな美人のお姉さんがいたら、多感なアナタには辛いわよね」
「いえ、あの……」
「でもね、マコっちゃん。それは恋じゃない。持て余した性欲が女の色気に反応しただけなの。そう、言うなればフェロモンの悪戯。でも大丈夫、それはとても自然なこと。一人の男として成長するために必要な通過儀礼のようなものなの。だから――」
「長いわ」
酒顛ドウジは彼女の頭を小突いて黙らせた。
彼女の目は据わっている。頬もほどよく赤らんでいて、時折しゃっくりしている。よく飲んでいたからなと、誠はさっきまでの彼女の様子を思い浮かべた。
お祝いしようと提案したのは彼女だった。出だしこそは誠を祝っていたものの、小一時間もしない内に人々の中心に彼女はいた。気のイイ彼女は男女問わずに評判が良いらしく、相談に乗ったり、アームレスリングに挑んだり、王様ゲームで無茶振りをしたりと、常に大ジョッキを片手にそんなバカ騒ぎを享受していた。楽しそうで何よりだと思う反面、あまり関わり合いになりたくないと思ったのが正直なところだった。
あの偽テロ騒動の終局。誠の暴走によって無残な有様と化していたコンテナ群だったが、今では何事もなかったかのように整然と碁盤目状に並んでいる。そんな場所に誠とエリ、そしてウヌバは呼び出されていた。
「マコト、お前はココで覚醒した時のことを覚えているか」
「いえ、興奮していて、何も」
一同を集合させた酒顛はそのように問うた。その表情はいたく真剣に見えた。
彼は酒の席にいなかった。何故なら彼はアルコールを摂取すると鬼へと変身してしまうからだ。しかし今日においては別の意図があると、エリはほろ酔いながら解っていた。
そしてケンの姿もなかった。《超聴覚》による弊害から、ケンは人混みを嫌う。今は自室に籠もって、トレーニングにでも励んでいる頃合だろう。
「エリ。彼が覚醒した時、ケンがどのような行動を起こしたか見ていたか」
「んーん、速すぎて見えなかった。砂煙も酷かったし」
情報部が録画していた当時の映像にも、ケンの動きは捉えられていなかった。
「……お前達の〈MT〉に一つのデータを送った」
三人は互いの顔を見合わせてから、〈MT〉を起動させた。ホログラム上に動画データが添付されていた。
酒顛は誠を見つめて言った。
「今のお前なら、アイツが隠しているあの日の真実を素直に受け入れられるはずだ」
それは彼らが知らない、別角度から捉えられた映像だった。