〔七‐1〕 覚悟の刻
インテリ眼鏡が似合う女性――メルセデス秘書官は、例によって総督室を訪れていた。
「ご無礼を承知で申し上げます。ボス、あの少年とセイギ・ユキマチを重ねておられるならば、組織に未来はありません」
脚のない椅子に座るボスは、鉄仮面と揶揄される凍てついた顔を彼女に見せなかった。
メルセデスは彼の後ろ姿に告げる。
「英雄は死んだのです。あの少年は彼の生まれ変わりではありません。あのシュテンまでもが翻弄され、法を犯そうとしています。今シュテンを失うくらいならば、いっそのこと脚を切り落とすべきですわ。シュテンと天秤にかける価値すら皆無に等しいのですから」
「誰かも同じことを言っていたらしいが?」
「あの子らしい、正しい判断です」
「ならば、やるべきことは解っているな」
「……ご命令とあらば、行使致します」
「恐れているのか」
「いえ、そのようなことは」
言葉とは裏腹に、彼女の口振りは重く、伏し目がちだ。そんな彼女の緊張を和らげるようにボスは振り向いて言った。
「案ずるな。もしもの際は私も同じだ。キミを独りにはさせん」
そう約束したはずだ。
鉄仮面の上で唯一息衝いて見える生固い瞳がそのように伝えていた。
かつて頂戴した言葉から決意めいたものを受け止めると、メルセデスは部屋を後にした。