〔四‐4〕 不吉な男
コンテナが密集している港に、漆黒の潜水艦が一隻停泊した。
「おい、何やってんだよ。早く行こうぜ!」
〈Mechanic〉とだけ記されたシンプルな制帽と、胸元に同じ刺繍が施されているツナギを着たその男は、しきりにエレベーターのほうを気にしながら同僚に声をかけた。
早くしないと試合が終わってしまう。手元のタブレット端末で戦況を確認できるが、やはり観戦は生に限る。
いくら背中を叩いても微動だにしない同僚に嫌気が差し、男は肩を引っ張った。
尻餅をついた同僚は、それでも強張らせた目を通路に向けながら、敬礼を続けていた。
おいって。そう問いかけようとする男の眼前を、二つの影が横切った。内一つの異様な存在感に気圧されて、彼も思わず腰を抜かした。
黒い帽子に黒いトレンチコートを着た、“歩く不吉”の形容が似つかわしいその男は、彼らに一瞥もくれず、部下を引き連れてエレベーターを目指して去っていった。
「なぁ、アレって……」と問うと、「“更地のルイーサ”だ」と同僚は正気を取り戻した。
「〈タルタロス〉から召還されてきたのか」
「そうじゃなきゃあ、あんな奴がここに来られるかよ。あんな、危険な奴がさ」
乗り込んだエレベーターの扉が閉まる。不吉な男は、「私もすっかり嫌われたものだねぇぃ」と絡みつくような口調で笑みをたたえた。
「下働きしかできない実行部隊崩れの戯言などは、お気になさる必要はないかと」
「才能のないヘレティックとは実に哀れだねぇぃ。残る取り柄が減らず口というのがまた一抹の侘しさを覚えさせてくれるじゃないかぁぃ」
部下は短く笑ったのも束の間、「それはともかくぅ」と不吉な男が話頭を転じると、緊張した面持ちで耳を貸した。
「“あの男”も何を考えているのかねぇぃ」
「えぇ。“見せたいものがある”とのことですが、迂闊にも程があります……」
「わざわざこの私を呼びつけたんだぁ、それなりの事件が起きたと見て間違いないだろうさねぇぃ」
指定された階に到着してドアが開いた途端、一発の銃声が轟いた。二人は身構える間もなく、滑り込んだ歓声に包まれた。