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ネイムレス  作者: 吹岡龍
第四章【死を招く怪人劇 -The unstoppable Burge's puppetry-】
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〔八‐3〕 Sow the bait!!

 なるべく遠く、安全な場所まで逃げなくては。

 まだ人生に見切りをつけられない者達は、見境ない行動を選ぶものである。自分さえ良ければという利己的で理不尽な態度が前面に押し出され、道徳心の欠片もない所業に彼らを突き動かすのだ。

 例えば、路肩に止まった車を見かければ、窓から運転席を覗き、キーの有無を確かめる。ささっていれば儲けもの、なければ次の車を探し、そうであっても車の仕組みをよく知るエンジニアの端くれでもあれば、エンジン部のコードを弄って無理矢理火を入れることだってある。

 タイムズ・スクエアから命からがら逃げ出したある男達は、マンハッタン北部のハーレムに乗り捨てられたと見られる濃いブルーのバンを目にすると、フロントガラスから運転席を覗き見た。人の姿はないし、またキーもささっていなかった。

 どうするよ、まだ走るのかと談じる彼らの姿は車に取り付けられた超小型の動体センサーが感知していた。それは半径三メートル以内に人型の生命体が接近し、かつ一〇秒以上付近に滞在した場合のみ、灰色のガスを車体の底から噴き出すように設定されていた。

 この度も例に漏れず、バンは突然黒煙を上げた。男達は当惑し、身の危険を感じて再び走り出した。

 路肩に残されたこの濃いブルーのバンの中には、たった一人だけ女がいる。しかしその姿はマジックミラーよろしくの窓ガラス越しでは確認できない。

 彼女――ヘナ・サパラダランマは、自己の安全は車に組み込んだシステムに一切預け、車内である作業に没頭していた。車内は彼女専用のコンピューター・ルームと化し、窓ガラスは全てモニターとなっている。三列ある座席の中央のさらに一部を残して背もたれは寝かされ、腹の高さまで競り上がったテーブルとなり、そこに両腕が投げ出される格好となっている。手と指先は別々に動き、それぞれ複数のガラス・モニターと、宙に浮いて見えるホログラム・モニターに指示を与えている。

 さらに彼女の頭部はヘルメットで覆われ、車のルーフから伸びるいくつもの配線がそれと繋がれている。ヘルメットは彼女の脳裏に浮かんだ思考を文書化するもので、両腕とは別のプログラムを生成していた。また口も常に動き、その唇と舌の動きをキャッチした〈MT〉が、車のメインコンピューターにまた別のプログラムの作成を促していた。

 彼女はいわゆる《天才(ギフテッド)》である。本来ならば兵站部に配属されるところだが、フリッツに半ば強引に情報部へ勧誘されたようだ。しかしそれは非常に良い采配で、とりわけ第一諜報部隊の技術的サポートは万全を期することとなった。

 警報(アラート)が鳴った。それはこの地域一帯の電力が異常に上昇した場合に知らせてくれるものだ。


「来たわね」


 ヘナは頬に汗を垂らしながらも、口角を上げ、舌なめずりした。ここからが腕の見せ所、読みが外れればそれまで。一か八か、丁か半か、指で弾かれ舞ったコインは表と裏のどちらに返る。用意した無数のプログラムを一つのウィルスとして構築するや、インターネット上に散布した。

 浮遊するホログラム・モニター二つにバーグと思しき男と、〈LUSH-5〉こと早河誠の姿が映った。その映像は電波塔たるエンパイア・ステート・ビルのアンテナから人工衛星を経由し、全米、ひいては全世界へ生中継として放送された。

 頼む。上手くいって。

 二つのモニターのうち、一つがブラックアウトした。音声も途切れ、何も見えず、何も消えなくなった。

 彼女はヘルメットを脱ぎ捨てると拳を固く握りしめ、「よしっ、偉いぞヘナ!」と自画自賛した。汗で塗れた彼女の顔は美しく輝いていた。

 カウンター作戦は成功した。彼女の読みは的中したのだ。


『全世界のテレビ放映がブラックアウトしている。ヘナ、お前の勝ちってことだな』


 鼓膜、脳に直截届く男の声は、同僚のクートヘッドのものだ。彼のセンス《マルチ・テレパシー》は盗聴不可能、かつ一方通行のラジオ音声のようなものだ。二人はこれで仲間を殺したバーグ一派に一矢報いることができたことを喜んだ。

 ヘナはバーグの人となり、行動原理や目的を、各員が得てきた情報をもとに分析し、マンハッタンで起こす可能性のある行動を事前に把握していた。

 バーグは自らを情報屋と規定することに固執している節があった。自らを餌に組織や〈アルパ〉を誘き寄せ、殺害シーンをネット上に動画として公開させるなど、ヘレティックの存在を世界に広めようとしていた。

 アンディ・コープ宅で復活した彼は、コープ家に嘘の真実を植え付け、最も純粋な少女マーガレットを組織ネイムレスは悪であるとのレッテル張りに協力させた。彼女の発した情報は瞬く間にネット上に拡散され、今や人々はテロリストではなくヘレティックへの恐怖心で満ちてしまっている。

 さらにバーグは、〈ユリオン〉ウィルスと思しきコンピューター・ウィルスを用いてマンハッタンの電力供給を断ち、協力者たる隻眼男(サイクロプス)のセンスによって電波障害まで発生させ、完全なる孤立化を図った。ウィルスはビルの管理システムにも干渉し、火災用の防壁を作動させることで、中にいた無数の市民を人質に取った。

 人質にも役割はあった。“殺人を行なうヘレティック集団・組織ネイムレス”と一人対立する〈サイクロプス〉という構図を目の当たりにさせることで、偏った真実の目撃者としたのである。

 おそらくバーグの目的は、ノーマルとヘレティックの衝突だとヘナは結論付けた。しかも厄介なのは、それが絶対に成就するべきものではなく、バーグとしてもあわよくば程度の認識であることだと考えられた。

 バーグにとっては少しの不和があればそれ良いのだろう。ある意味、国境なき反乱者(REWBS)の名に相応しい。組織と〈アルパ〉の対立関係を、世界全土、人類全体に啓蒙しようとしているのだ。

 これが成されれば、ヘレティックはノーマルを守ることへの意義を益々失ってしまう。組織は存在意義を失い、文字どおり名ばかり(ネイムレス)となること請け合いだ。

 ヘナはその流れを絶たんと暗躍した。他の高層ビル同様、エンパイア・ステート・ビルに人を閉じ込めた理由。そのビルに取りつき市民を人質にするように戦う〈サイクロプス〉やバーグ。そして極めつけは突如現れながらも第一実行部隊を監視するように動くばかりの五一台の黒い立方体。彼女はこれらばら撒かれたピースから一つの解を導き出し、それに全身全霊を懸けたのである。

 エンパイア・ステート・ビルはマンハッタンが誇る電波塔だ。バーグ達はコレを利用し、世界に情報を発信させようとしているのだと考えられた。モニターに表示された映像はおそらく黒い立方体が撮影したものだろう。立方体を破壊すれば映像が送られることはないが、それを即座に行なえるほど第一実行部隊に余裕はない。

 しかもバーグは一手先を進んでいる。件の動画によって世界中に拡散されている〈ユリオン〉ウィルスという布石だ。彼がコレを利用し、自身がプロデュースする生中継を全世界に放映しない手はない。

 ウィルスの駆除には数日を要することは、組織本部からの情報で聞いている。なればとヘナが目をつけたのは、そのウィルスの性質だ。〈ユリオン〉ウィルスは侵入したコンピューターのプログラムを見境なく食らい、有用なものを吸収して肥大していく。特に物珍しく利便性が高く、さらには攻撃性や隠匿性の高いものは好んで食らうようだった。

 ヘナは釣りをイメージした。ニオイが強く、頬が落ちるような味わいの良い餌を撒いたのだ。それは大まかに言えば、“世界からテレビ映像の視聴権利を強奪する”ウィルスである。〈ユリオン〉ウィルスはすぐに反応した。ヘナ・ウィルスを食らい、その能力を自らのものとし、つぶさに拡散した。

 つまり〈ユリオン〉ウィルスは、ヘナによって体よく書き換えられたのだ。

 世界中は突然のメディアからの乖離に慌てふためいていることだろう。しかしそんなことはどうだっていい。しばらくは目を瞑ってもらい、次に光を得たときには変わらぬ世界を目にしてくれればいい。

 ヘナは大息をつき、背凭れに身体を預けた。〈ユリオン〉ウィルスが自らに起きた異変に気付き、修正を加える可能性はある。しかし彼女の試算ではすぐではないと思えた。きっとそれよりも早く、第一実行部隊が決着をつけてくれるはずだ。

 もうやれることはない。一〇年分の集中力を使い果たしたような疲労感が彼女を襲った。


「エリ、後は頼んだわよ」


 思わず零れた言葉に、彼女は苦笑した。

 友達なんて、できるとは思っていなかった。

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