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ネイムレス  作者: 吹岡龍
第四章【死を招く怪人劇 -The unstoppable Burge's puppetry-】
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〔七‐4〕 Hide and Seek

「〈望遠諜報特務部隊(サード・アイズ)〉より入電。〈LUSH-3〉が最重要保護対象を含めた〈アルパ〉構成メンバー全員を確保、現地諜報部隊への引き渡しを完了したとのことです。予定どおり、最重要保護対象と〈アルパ〉最高幹部以外には麻酔をかけ、沈黙させたようです。現在は廃墟に身を潜めている模様!」


 デヴォン島本部基地、作戦部統合指令室。逼迫した室内で、通信士が送られてきた情報を大きな声で読み上げる。

 メルセデスは即座に、「現地(プリマス)の放射線量が自然値を超えていないとの情報は本当か!」と先程駆け巡った情報の真偽について問いただした。

 彼らヘレティックは、姿形は人間とよく似ていて区別はつかないが、遺伝子レベルでは確かに異なっている。第三のゲノムである覚醒因子の発現により、センスと呼ばれる特殊な能力を発動させ、それを各々の個性――ほとんどが武器として、扱っている。さらにヘレティックは鍛錬を積めば人間よりも強靭な肉体を得られる資質に恵まれている。組織においては既存の毒やウィルスへの対抗処置として全ての構成員、とりわけ戦場で活動する作戦部実行部隊員には予防ワクチンが投与されている。

 しかし、大量の放射線を浴びて無事、無傷でいられるほど常軌を逸しているわけではない。被曝すれば、ただでさえ繊細な覚醒因子は残らず汚染され、時をかけずして死滅し、その箇所は間違いなく壊死してしまうのである。

 メルセデスは必死だった。モンタナから打ち上げられたミサイルに装備された核弾頭は確かに起動したと聞いていた。凄まじい爆光と短く劈くような爆発音がプリマス上空で瞬いて、現地ではそうした青天の霹靂、もとい夜中の太陽の出現に驚いた人々が家々から飛び出すほど騒然としてしまっているようだ。

 通信士は情報を受信するや彼女に伝えた。


「現地上空で待機している〈DEM-3-2〉、ならびに諜報部隊からもやはり、放射性降下物(フォールアウト)による放射能汚染を検知できないとのことです。〈LUSH-3〉をはじめ、保護・捕獲した者達いずれからも放射線被曝した様子はないようです」


 メルセデスは安堵した。立場上、そして性格上、公私混同は避けるべきだと肝に銘じてきた彼女だったが、やはり一度は娘として育てた子の安否には平静を装いきれるものではなかった。

 〈LUSH-3〉――エリ・シーグル・アタミ。血の繋がりなど決してないが、彼女には一人の女性として生きてほしかった。自分のように身を投げうつのではなく、優しく穏やかな世界に浸っていてほしかった。叶うならば、人並みの生活を送らせてやり、親となるまで見守ってやりたかった。

 帰ったら、話し合うべきだろう。きっとまたいつかのように喧嘩になるだろうけれど、そして今まで以上に嫌われてしまうだろうけれど、やはりこの想いは伝えたいのだ。

 彼女の肩に手が置かれた。優しく、温かな手だ。


「申し訳ありません。任務中だというのに……」

「涙を隠すな。母親ならば当然溢れるものだ」

「はい……っ」


 メルセデスは不覚にもボスの胸に顔を埋めてしまった。彼はそっと抱きしめてやった。

 立身出世することに固執するあまり得られなかった、揺るぎない信頼関係を見せつけられた作戦部長官シルド・ボ・ギャバンが彼女に代行して情報を求めた。


「〈ROWDY-1〉の消息は!」

「依然として行方が分かりません。核弾頭の爆発地点から南東の海岸沿いでボディアーマーが発見されたようですが、未だ本人の消息は掴めていない模様です」


 隕石のように砂浜へ落下したボディアーマーは、〈ROWDY-1〉こと第二実行部隊隊長カズンの物で間違いない。従来品よりも背面部の〈フロート・パック〉が大きいその形状は、今作戦のためだけに用意された急造品そのもの。しかもパックには、ミサイルから核弾頭を内蔵した再突入体と共に放出されたデコイの破片が突き刺さっていたので疑いようもない。


「兵站部、〈AE超酸〉が作動しなかった原因を説明できる者はいるか!」

『こちら兵站部。仮定の話ではありますが、端的に申し上げれば誤作動かと』

「何?」


 眉を吊り上げる彼に、ホログラム・モニター越しの兵站部研究員はやれやれといった具合に説明した。


『ボディアーマーの八五パーセントほどは、ご存知のとおり世界最高硬度の合金オリハルコンで作られています。その性能は一度の核爆発程度では曲がることも歪むこともないほど恐ろしく優秀です。今や組織の主要な建造物や兵器にはこの金属が用いられており、こと重要区画は五重の隔壁で全方位を完全防備しています』

「そんなことは分かっている!」

『圧力です。建造物や兵器には、外からの強い圧力を内へと届かせるまでに逃がすような設計が施されています。同じくボディアーマーも例に漏れないのですが、この度カズン隊長が使用したボディアーマーに関しては外圧を拡散させるための黄金比が崩れていることを確認しております。おそらくそれが原因で、内部に搭載された〈AE超酸〉起動装置が機能しなかったのやもしれません。しかし如何せん、喫緊でしたもので……』


 ギャバンは腕を組んで唸りながらも続きを促した。


『浜辺に打ち捨てられたボディアーマーは留め具が外れていたという話ですが、それが事実ならばカズン隊長の生存の可能性は有り得るのではないかとヘレティック研究部門の者が申しております』

「それは本当か!? その者と代われ!」


 モニターが別画面に切り替わり、ヘレティック研究室の研究員と繋いだ。


『《念動力》が未知数の能力を引き出すセンスである、ということを前提として話をさせていただきます』

「続けろ」

『カズン隊長はじめ、《念動力》者が発する波動というものは、流体力学における重力波の一種であります。発動者の自意識を起点とした波であり、それは時として質量を持った風として認識できます。ある実験データによれば、カズン隊長は一メートル先で起動したプラスチック爆弾に対し、爆発直後の光や熱、爆風や煙、破片などをも全てその場に抑え留め、圧縮し、鎮火させたとの情報が記載されております』

「その実験は私も立ち会った」


 メルセデスを宥め終えたボスがギャバンの隣に並んだ。


「確かに彼は爆発の瞬間、破裂する爆弾を捉えた一枚の写真のように、全ての現象をその場に抑制してみせた。そして何事もなかった……いや、まるでプラスチック爆弾などそこに初めからなかったように圧砕した」

「ではあの男は核に対しても同様のことをやってのけたと?」

「現状を鑑みるにその可能性が少なからずある、そういうことだな」

『はい。ボディアーマーは核爆発の直撃を受けたことで〈AE超酸〉起動装置が故障し、さらに留め具が外れてカズン隊長は宙に投げ出されたと考えられます。もちろん、カズン隊長が命と引き換えに爆発を圧縮、鎮火させ、自らは塵と化してしまったとも――』

「分かった。もういい」


 言われなくても想像できる。

 今回のミサイルに搭載されていたのは、俗に3F爆弾と呼ばれている種類である。内蔵された三種類の爆薬がそれぞれ、核分裂(Fission)核融合(Fusion)核分裂(Fission)を起こすことで強力な爆発を生む、超ウラン型爆弾である。大量の放射性降下物(フォールアウト)を拡散させることから、未だ机上の空論である純水水爆と対比して“汚い爆弾”などと呼ばれている。

 カズンはTNT換算で三〇〇キロトンというそれの爆発に直撃し、目と鼻の先で強烈な熱線と放射線に暴露された。組織が誇る最高の《念動力》使いであっても、状況から推測できる答えが悲壮感を伴うのは至極当然だ。

 しかし彼の遺体は上がっていない。時間の無駄は承知の上だが、捜索を打ち切るのは時期尚早だった。

 ホログラム・モニターが切断されるや、室内に暗澹とした空気が垂れ込めた。


「〈DEM-3-2〉が着陸できないという話だが?」

「プリマスには人が溢れ返っています。予定していた着陸地点(ランデブー・ポイント)も同様で、いかに〈DEM〉と言えども、完全に人目を忍ぶことは不可能とのことです」

「では、現地諜報部隊は今しばらくその場に待機。〈DEM-3-2〉も上空の旋回を続けろ。追加で諜報部隊を派遣し、プリマスの市民を眠りにつかせろ。ソフトであるなら手段は問わない。日が昇るまでには解決しろ」

「はい、通達します」

「〈LUSH-3〉にはマンハッタンへ向かわせろ。いいな、参謀長官」


 ボスの目には気遣うような優しさは内包されていなかった。メルセデスも涙を拭うや、私情を押し殺して、「問題ありません」と怜悧な顔つきで答えた。


「また、医療部隊を派遣する。|第一医療部隊《チーム〈NECTAR〉》はプリマスへ、その他はマンハッタンへ急行し、最後方に展開しろ」


 清芽ミノル率いる第一医療部隊ならば、必ずしもカズンを救えるというわけではない。可能性が、救命の確率がわずかに上昇する見込みがあるというだけだ。


「朗報です! リストに記載されていた人質全員から脅威を排除できた模様!」


 喝采が上がった。

 ホログラムには〈アルパ〉が見せしめとして公開していた人質の名簿と、そこから割り出した人質の個人情報が表示されている。彼らの顔写真上に赤丸が描かれ、“任務完了ミッション・コンプリート”と表示された。

 人質に差し迫っていた脅威の大半は、マフィアや軍人崩れ、アンダー・グラウンドなどの闇の界隈で名を売っている腕利きの暗殺者だった。その中にヘレティックの存在は確認されておらず、実行部隊と表世界で人々に混じって生活を営む特別外部協力者(コラボレイター)の活躍により難なく完遂できた。

 暗殺者達は何かしらの弱みを握られていた節があるようだった。特にアメリカン・マフィアにおいては、黒い用紙に白い手形を押された手紙が送りつけられていたようで、家族や恋人を理由に脅迫されていたようだった。

 〈アルパ〉本部を捜索したところ、ゴミに紛れて手紙の現物らしき物を押収してあるので間違いないと見られる。


「リストの作成経緯についてプレマンから情報を引き出そうと試みておりますが、未だ口を割る気配がないとのことです」

「時間はいくらでもある、続けさせなさい。吐かなければ、私が訊き出します」


 メガネのブリッジを押し上げ、メルセデスが名乗りを上げた。

 春の暮れ、早河誠に使って以降、彼女のセンス《メモリー・ハック》は一度も使われていない。年に一度以下とドクターストップがかけられているこのセンスを使う彼女の決意は揺るぎないものであり、誰にも止められるものではなかった。


「〈サード・アイズ〉から緊急入電! マンハッタン南西、ニュージャージー州の港に停泊していたタンカーが突然消滅したとのこと! その反応から、〈AE超酸〉によるものだと考えられるようです!」

「何だと……!?」

「〈DEM-3-1〉による空撮映像が送られてきています!」


 映しますと続けた通信士の声をきっかけに、ホログラム・モニターに夜の港の俯瞰映像が表示された。港の一部が半円状に抉られており、そこに海水が流れ込んで渦を巻いている。さらに爆風によるものか、綺麗に並んでいたはずのコンテナが散乱している。

 また、ここもやはりと言うべきか、近所の住民がその光景を目の当たりにしており、さらなる情報統制の必要性を訴えていた。


「タンカーを見張っていた諜報部隊との連絡が途絶えているとのことですが、如何いたしましょう」

「最寄りの部隊でいい、部署は問わない、すぐに捜索に当たらせろ」


 別の通信士がさらなる情報を伝えた。


「マンハッタンに展開中の諜報部隊より入電。ビルに閉じ込められたノーマルの救出を試みているが、警備システムをハッキングされている都合上、隔壁の破壊を必要としているようです」

「派遣中の実行部隊全員に〈ヒュプノス〉を携帯させろ。隔壁の破壊方法は問わない」


 〈ヒュプノス〉とは無色無味無臭の催眠ガスを噴出させる、組織独自の兵器である。ビル内の隔壁を破壊すると同時に起動させることで、市民に余計な情報を与える必要がないまま、安全に運び出せるだろうというものだ。


「ペイブ・ホークに搭乗していたデルタ・フォースの生存を確認しました。基地との通信記録から、電波障害の解消に気を許し、内陸に入り過ぎたものと見られます」

「テロリストに撃ち落とされた、隊員の安否は不明としてフェッド(FBI)には報告しろ。隊員は全てコチラで回収し、偽情報(カバー・ストーリー)を移植する。ワシントンには沿岸部からの上陸を強く打診しろ、二度目の安全は保障できない」


 連保捜査局(FBI)に送られたこの偽情報は、瞬く間にワシントンへも届けられるだろう。それはさらにペンタゴン、ラングレー(CIA)とも共有され、確たる映像証拠もないままに独り歩きしていくはずだ。

 大統領ミリードはそうした情報を組織による創作だとすぐに看破できるに違いない。内向きに的確な判断で対処し、実際は組織の手で解決を図る。彼が選んだのはそういう道だ。


「緊急入電! 先程のタンカーの件で追加情報が上がりました!」


 再び映像が流れた。それは爆風で気絶していた諜報部隊が〈MT〉で取得していた映像のようだった。


「コレは……」

「何だ……?」


 室内の全員が注目し、絶句していた。

 タンカーに積載されたコンテナにホームレスが吸い込まれていくや、次にコンテナから現れたのは五〇台近くの黒い立方体だ。それは球状のタイヤで走り、フード男の号令を合図に海へと飛び込んでいった。


「人が乗り込んで操縦しているのか?」

「このタンカーの航行履歴は分かるか!」

「それが、大西洋上に突然出現したようで……」

「〈DEM〉を搭載していたとでも言うのか……!?」


 情報部長官コイルが柄にもなく、額に脂汗を滲ませている。

 組織が誇る複合ステルスシステム〈|デウス・エクス・マキナ《DEM》〉。視覚、聴覚、嗅覚など、動物の五感で認識できないばかりか、レーダーなどの電波による探知も完全に回避できるこのシステムは、組織の重要機密の最たるものの一つだ。

 しかし、春の暮れ。事態は一転してしまった。もしかするとそれ以前から、このシステムや〈AE超酸〉は組織だけの技術ではなかったのかもしれない。


「十中八九、メギィドの研究データが漏洩しております」


 メギィド。二〇年ほど前、組織兵站部に参入した老齢の研究員である。非常に真面目で、優秀な白頭翁だった。オリハルコン、〈AE超酸〉、〈DEM〉、熱核融合炉、様々な兵器を次々開発した、まさに天才科学者だった。

 しかしその正体は、かつて《ギフテッド》を名乗り、〈ユリオン〉による世界統治を画策していたREWBSの一人。組織と戦い続け、英雄・雪町セイギが道連れにしたはずのマッド・サイエンティストだ。

 春の暮れ、組織の将来有望な科学者三人と、護衛二名を殺害して離反するや、早河誠によって追い詰められた。そして体内に爆弾でも仕掛けられていたか、破裂し、壮絶な死を遂げた。

 もしも彼が何かと理由をつけて表世界へ出ていくたびに、組織での研究成果をREWBSへ横流ししていたとすればどうだろう。その情報がバーグの手元にも届いていたらどうだろう。よからぬ兵器を積んだタンカーが〈DEM〉を搭載し、人目を忍びながら海を渡ってくることも不思議ではないはずだ。

 現に、タンカーは〈AE超酸〉を起動させた。


「……この話は後だ。今は、海に飛び込んだという積み荷の行方の捜索を最優先とする」


 ボスも焦っているだろうに。

 一同は彼の内心を慮りながら、後手に回らざるを得ない現状を耐え忍んだ。

「まるでかくれんぼだ」と漏らした誰かの声に沈黙を余儀なくされた。

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