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ネイムレス  作者: 吹岡龍
第四章【死を招く怪人劇 -The unstoppable Burge's puppetry-】
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〔四‐4〕 十字架を背負う者

「無線が使えない。夜も更けてきた。想定してきた中でも最悪の事態だ、各員抜かるなよ」


 ニューヨーク市警所属の緊急活動部隊(ESU)は総員でマンハッタンに出動していた。ニューヨークへの送電が途絶え、タイムズ・スクエアを中心に大規模な電波障害が発生し、突如起きた爆発で死傷者が出たとの情報を得てすぐのことだった。

 真っ先にテロの可能性が疑われ、出動の承認はすぐに得られた。しかし、状況は想像を絶するものだった。おそらく、あのテロに匹敵する混乱だ。

 ESUチーム・ブラボーの隊長は声を潜めて背後の隊員らの気を引き締めた。出動前、長官から軍の出動も考えられると言われた。SWATのような戦闘訓練だけでなく、レスキューのような救助も行なえる彼らは、避難誘導の際にテロリストの存在があるとの市民からの報告を聞いていた。自分達だけで鎮圧、あるいは射殺できれば儲けものだが、叶うことなら正規軍に役を代わってもらいたいという気持ちがないわけではなかった。

 そんな自分の臆病風をも吹き飛ばすための先の一言だったが、細い路地を抜け、横転したイエローキャブを盾にタイムズ・スクエアを眺めると、そこで起こる異様な光景に胃が痛くなってしまった。

 署から徒歩六分、自分の庭だとさえ思っていたこの場所は、世界どころか異世界と交わっていた。男が一人、長い棒を振り回しては電撃を放ち、ネオンが落ちた巨大なビルボードを木っ端微塵に破壊していた。


「何ですか、アレは……?」

「知らんよっ」


 アレがテロリストとでも言うのか。想像とまるで違う。

 黒人やアラブ人で、“神は偉大なり(アッラー・アクバル)”と唱えながら銃を放ち、爆弾を起動させ、対立する者達に死を齎す。そのためならば自分の命さえ容易く投げ打つ。それがテロリストというものだ。

 しかしアレは何だ。棒術にしては型が崩れていて滑稽だし、ダンスにしては芸術性に欠けている。そんな奇妙で奇抜な行動を一人で行なっては、銃も爆弾も使わずに周囲に破壊を齎している。

 いや、「おい、サーマル!」隊長は部下から赤外線(サーマル)スコープを受け取り、目標に絡みついては離れてを繰り返す白い光を確認した。テロリストと思しき男はその光を棒で弾いては、電撃で仕留めようとしているようだった。


「隊長?」

「アイツ、何かと戦っているのか……?」


 小首をかしげる部下にスコープを返し、六名の隊員に伝えた。


「相手はまだ俺達には気付いていない。別働隊が避難誘導から手を離せない今、俺達がアレを仕留めるしかない。各員、迂回してアレを包囲する。以降の行動はハンドシグナルとアイコンタクトで行なう」


 先走るなよと釘を刺す彼の肩に手を置き、スコープで状況確認を行なっていた隊員が慌てた様子で言った。


「女性ですっ。女性が逃げ遅れているようです。足を引き摺って……!」

「何だと!?」

「救出に向かいます!」

「よし、ウィルとパムは救出に向かえ。残りはスモークでアレの視界を奪い、注意を惹きつけろ! 行動開始は一五〇秒後だ、行け!」


 了解と告げると、若い二人の隊員が逸早く輪から離れていった。路地を迂回し、大通りを挟んだ向かいの歩道で匍匐然とした格好で、懸命に戦場から逃げようとしている十代後半の女性の救出に向かった。

 他の隊員も隊長をその場に残して散開した。二人はすっかり空き家となったビルの階段を上って屋上から狙撃位置につき、それぞれ狙撃手(スナイパー)観測手(スポッター)としての役割を担った。また一人は捨て置かれた無数の車の陰に、一人は落ちた看板を盾に隠れた。

 リミットまであと一〇秒。コンクリートジャングルとはよく言ったものだが、僻地のように無線すら使えない戦場ではこのような手段しか講じられない。信じられるのは自分の判断と部下の技量、そしてチームとしての熟練度くらいだ。

 隊長は手に用意したM18発煙手榴弾(スモークグレネード)の栓に指をかけ、投擲の準備に入った。コレを投げればウィルとパムが少女を救ってくれるはずだった。

 しかしあと五秒というところ、テロリストが遠方の少女に手の平を向けた。男の右腕は青白い光を帯び、それが手の平で収束されると、地面と水平に走る(いかずち)のように空間を駆けた。禍々しいその光は一路、少女の背後に迫り、彼女を閃光の中に掻き消した。

 気付けばリミットは過ぎていた。あれは少女の悲鳴か。彼女がいたはずの場所が、何らかを燃料に轟々と燃えていた。不快感が腹から喉まで駆け足で上って来て、思わず衝動的にライフルの銃口をテロリストに向けた。

 しかしそこで更なる異変が起きていることに気付き、引き金を引けずに固まってしまった。不審な男がもう一人増えていた。全身黒ずくめで、縁の広い帽子から癖のある長髪を伸ばしている不気味な男だ。しかも、彼らは揃って炎のほうに目を向けて佇んでいた。




「ごめんなさい。こんなことになるなんて……」


 東洋系の少年はそう言って悲しげな眼差しを向けた。彼に抱きかかえられていた少女は駆けつけた特殊部隊の男達に預けられた。彼女はガラスの破片で右足の脹脛を深く損傷させていた。

 少年は底のないボロボロのスニーカーと靴下を脱ぎ捨てると、およそ一六〇フィート先にいるテロリストのほうへ歩いていった。


「お、おい、キミも逃げなさい!」

「さっきどうやって彼女を助けた!?」


 少年は応じなかった。ウィルは彼の肩を掴んで制止を呼びかけたが、胸を突き飛ばされた。普段なら向かっ腹を立てて強引にでも拘束するのだが、このときばかりはその気さえ起きなかった。少年の眼球が真っ赤に染まっていたからだ。まるでルビーのように。

 少年――早河誠は一歩、また一歩と、アスファルトの上を進んだ。その視線は、この地獄のような屍の山を築いた首謀者に違いない隻眼の男から離れることはなかった。


「またアナタか……!」

「しばらくだな、マコト・サガワ」

「黙れ」


 ほうと、隻眼男ジオは彼の態度に左目を大きく開き、やがて細くした。


「アンタの主義も主張も、オレは何の興味もない。黙ってオレにやられていろ」

「随分な言い草――」


 ジオの視界がぐるりと回転し、気付けば電柱に腰を打ちつけていた。痛みを感じない身体故に、何が起きたのかはたった一つの目でのみ判断しなければならなかった。どうやら一瞬で間合いを詰められ、横っ腹に高速の蹴りを打ち込まれたようだ。飛距離はおよそ一〇〇フィートか、相変わらずのポテンシャルに吐血しながらも苦笑してしまった。


「黙れって言っただろ」

「怖いねぇぃ。久々だよぉ、その眼を見るのわぁ」


 肩を揺らしながら、累差絶は彼の瞳を覗き見た。瞬間、誠は右足を目にも止まらぬ速さで振り抜いた。絶さえも蹴り飛ばすそれだったが、あえなく空を切ってしまった。

 絶は視界から消えており、次に現れたのはビルボードの上だった。


「オレのサポートをすると言ってこのザマか! それでも組織の一員か!?」

「そのハズだったんだがねぇぃ、戦場の空気は刻一刻と色を変えるものだからねぇぃ」

「それが答えになってると思っているのか!」

「おいおいぃ、仲間割れは止そうじゃないかぁぃ。私だってそいつらに手玉を取られた可哀想なパペットだったんだからねぇぃ」


 絶が指差すほうに目を向けると、ジオが肉薄していた。電気を帯びた世界最高硬度の合金オリハルコン製の棒を両手で振り翳していた。

 すぐさま飛び退いて不意打ちをやり過ごした誠は、着地と同時に《韋駄天》で彼の背後へ回り込んだ。拳を握り、後頭部に放った。しかし不可視の障壁がそれを弾き、誠は反動で宙に弧を描いた。


「最高だ。今日は最高の一日だっ! これだけの戦いを続けられるなら、バーグっ、俺は貴様の僕となってもイイ!!」


 人間の砲弾と化した誠は、歩道で横転したイエローキャブに直撃し、細い路地へと投げ出された。ジオの狂った嗤笑が空間に響き渡った。

 車の陰で待機していたESUの隊長は、地面に打ちつけられた少年の傍に駆け寄ったが、解放しようとしたその手を止め、ライフルを構えた。


「どうなってんだ、こりゃあ、なぁっ!?」

「…………」

「お前ら何なんだよっ!? 何をやってんだよっ!!」

「……ごめんなさい」

「お前ら――え、何だよ、その顔は……?」


 ボロボロになっても起き上がろうとする少年はバツが悪そうな表情を浮かべた。まるで全ての罪を一人で背負い込み、ゴルゴタの丘で処刑されることに何の抵抗も示さない聖人君子の顔だ。

 隊長は引き金を引けないまま、大通りへ戻っていく少年の背中を見送った。どうして引けないんだと震える手と固まって動かない人差し指を見つめていると、「正しい判断だったよ」と背後で声がした。振り返ろうとすると首に何かを打ち込まれた。

 汗だくになった優男がそこにいたように見えた。




 イエローキャブを乗り越えて戻ると、夜の帳が下りようとしていた。このままでは沈黙した大都市は闇に包まれる。

 そう思ったが、多くのビルが停電用の予備電源が作動しており、オフィス内の電灯を灯しているようだった。しかしよくよく見ると窓ガラスには人影がチラホラ蠢いており、目を凝らすと誰も彼も不安げな顔でこちらを見下ろしている。

 どうして逃げないんだと眉をひそめていると、「戦いに観客は必要だろう?」とジオが挑発してきた。

 誠はこめかみに青筋を立てるとパーカーのポケットからナイフを取り出した。


あの獲物(エッジレス)の代わりがそんなオモチャだとはな。〈アルパ〉とやらはつくづく余計な真似をしてくれる。やはりノーマルは百害あって一利なしだ」

「何喋ってるんだ、お前の話なんか興味ない」

「そうも言ってられんぞ、マコト・サガワ。これから起きる――いや、俺が起こすことになる現象を前に、お前は問わずにはいられない」

「何もさせやしない!」


 今度は――

    早河誠は音速を超えた―彼の行く手を阻む空気の壁に肉体は破壊と再生を繰り返しつつ抗い遂には突き破り周囲に衝撃波を輻射―両者の間にあった空気は一息に圧縮されすぐさま膨張―ジオの身体は木の葉のように浮かびつつ左腿にひしゃげた金属の塊を捻じ込まれた

  ――正面かっ!

 ジオは全ての意識を左腿に集約し、強固な電子障壁(バリアー)を構築した。一瞬でも気を抜けば左足が捥げる。そうなれば立てないばかりか戦うことすらできない。そんなことはあってはならない。戦えないのなら死んだほうがマシだ。同じ死ぬなら、心臓や脳を失って即死してやる。惨めな死に様は必要ない。だからここは凌ぐ、生きて戦い、完膚なきまでに死ぬために。

 聴いたこともないような鈍い音が一帯に弾けたのは、誠から放たれたドーナツ状の衝撃波が、周囲に待機したままのESUの隊員を襲ってからだった。


「ゾックゾクさせてくれるじゃないかぁぃっ、早河誠ぉおおぉっ!!」


 瓦礫をも巻き上げる凄まじい突風の中、ビルボードから飛び降りた絶は嬉々とした様子で地面を蹴り、跪くジオに接近して拳を振るった。左足の神経がイカれていることを咄嗟に知覚できないジオは棒で彼の攻撃を防いだ。彼が握る、見えない武器をだ。


「お前もイイぞおおぉっ、隻眼のぉおおぉぅっ!!」

「フフッ」

「ひゃっはっ」

「フフハハハッハハハハハハハッ」

「はっひゃははひゃあっははははははははっ」


 他者の命。それを刈り取る快感という禁断の果実に魅入られた二人は、息を切らす少年を捨て置き、再び一進一退の戦闘に興じた。

 ボロ雑巾を纏ったような誠は、何が面白いんだと唾棄した。地面を力一杯蹴り、砕き割って、両者の間に割って入った。絶は寸前で飛び退き、ジオは棒で弾き飛ばした。

 しかし転がる誠の姿は消え、視界は彼の拳で塞がれた。まだ甘い彼のパンチは亜音速に乗せても、タフネスの権化たるジオを昏倒させるに至らなかった。連続して蹴りを放っても、やはり雪町ケンのそれに比べると温く、《韋駄天》を頼りに振るったほうが随分マシだった。

 ジオは高揚した。いずれ彼が《韋駄天》を駆使し、技術を、戦術を、戦略を獲得し、場数を踏んでいけば、まだ手の内のほとんどを見せていないだろうあの累差絶をも圧倒するだろうと考えられた。

 そのときマコトを殺せるかと自問すると、直感から否という恐怖心が全身を粟立てた。


「口惜しいなっ! 愉快な時間ほど早く過ぎてしまうっ!!」


 さも悔しげに、ジオは唇を噛み締めた。怪訝な顔を向ける愛すべき好敵手達を交互に見ながら、足下に電子の層を構築させた。すると彼の身体は浮力を得たように宙に浮かんだ。徐々に高度を上げ、三〇フィートほど上空で固定した。


「飛んだ……!?」

「そう言えばあの小娘、エリ・シーグル・アタミの報告にあったねぇぃ」

「エリさんの?」

「ほう、あの女剣士はそういう名前か」

「飛んだところで、何だっていうんだ!」


 誠は瞬時に後方五〇フィートほど退くと、助走をつけて大きく飛び上がった。さらに腰をぐいと捻って振り抜いた足に遠心力を加えた。

 しかし、「当たらんなぁっ!」ジオは地面を蹴るように宙でステップを披露すると軽々とやり過ごした。

 両手両足で着地する小さな獣を尻目に、ジオは飛び石を渡るように北西に向かって跳ねていった。


「さぁ、追ってこい! 新たな時代の目撃者となれ、マコト・サガワ!!」


 時刻は一八時を回ろうとしている。

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